面影めぐり
『リバティちゃんは、お父さんにそっくりだね』
そんな言葉を、聞き飽きるくらいには聞いてきた。
だけど今の私には、それを確かめる術はどこにもない。
そもそも私の過去を辿っても、触れ合った記憶すらないのだから、そんなことを言われてもどう反応したら良いのかわからない。
『次のレースに勝ったら、お父さんの忘れ物を取りに行けるね』
私自身に、そんなつもりは無い。
ただ私は、"私"を応援してくれる人たちにとって、自分自身にとって良いレースをしたいだけだ。
"それ"を重ねられることは、本意では無い。
だが、ブラッドスポーツと呼ばれるこの世界においては、ある意味仕方のないことであり、それが夢を乗せる、と言うことでもあるのだ、と前に教えられた。
「…君は、お父さんのことが好きかな」
「…好き嫌いを決められる程…私の中に父親と言う物自体が存在してないです。…あ、父親と言うのはドゥラメンテ…さん、です。お師匠さんのことじゃないですよ」
「わざわざ言わなくても分かっているよ。君は良い子だからね」
妹が生まれた。
妹とは言っても、父親は別の人だ。
父親が別だなんて、私たちにとってはなんら珍しくない光景。
今日はその"父親"の中の一人、コントレイルさんと話をしていた。
「お師匠さんには、自分のお父さんの記憶はありますか?」
「そうだね…父の記憶そのものはあると言えばある、程度だよ。まあ、君と同じく…記憶より、記録で知ることの方が多いかな」
縁あって、私はこの人のことを師匠、と呼んでいる。
…既に居ない父親の陰、父親が果たせなかった記録への期待…そして、落胆。
まるで私が今辿っている軌跡を、文字通りなぞっているかの様な人。
それ故か、はたまた別の理由か。
何かある度に、私はこの人に相談するようになった。
「…嫌じゃなかったですか、比べられるの」
「まあ、嫌な思いをしなかったと言えば嘘だよね。何処に行っても、僕は父親の名前から逃れられなかった。でもね」
「でも?」
「月並みな言葉になるけれど、僕の父親があの人で良かった、と思うこともあったんだよ。どちらの意味でもね」
「…そうですか。…そう思えない私は…やっぱり子どもなんでしょうね」
「子どもであることを恥じることはないよ」
「気にしてるんですよ、これでも」
「子どもが甘えられる時と言うのは限られているんだから、ね」
「……本当に、そうですね」
「…僕で良ければ、甘えてくれて良いからね」
「…それは…出来ませんよ」
今ですらお世話になっているのに、と言う遠慮と、何を持って甘えることになるのか、と言う経験の空白。
この人は良い人だ。
だからこそ、何かが違う。
「…代わりに、と言っては何ですが」
「何かな」
「先輩ともお話してあげてください。あの人、最近横にしかなってないので」
「…変わった現象に見舞われているんだね、彼女は」
「いつも変ですよ、あの人は」
"父親"。
それに私は何を求めているのか。
私の中の"答え"を、一旦身内に放り投げた。
その身内もまた、同じ問題を抱えていることは想像に難くない…のだが。
こんなにモヤモヤするのなら、いっそのこと、私の中から。世間の記憶から。
──居なくなれば良いのに。
──帰ってきてくれれば良いのに。
やっぱり、答えは出そうにない。