面と面

面と面


※なんでも許せる人向け&方言は許してくだせぇ



「よしっ。こんなもんか…」


ほぼ形になった"面"をあらゆる角度から眺めて、おかしなところや着色や細工が足りていない箇所がないかを確認する。祖父や歴代の技師達の技術や作品にはまだまだ程遠いが、完成間際のこの"面"は自分が形にしたものの中では最高傑作といっていいできだった。よかった。なんとか祭りまでには完成しそうだ。ひと息いれようかと椅子から立ち上がりかけた時、「入るよー」の一言と共に妻が盆を手に部屋を訪れた。

盆の上には茶と茶菓子が置かれており、それは今まさに一呼吸いれようとしていた自分宛てなのだろう。あまりのタイミングの良さに、彼女はもしかしたらみらいよちでも使えるのではとそんなことをぼんやり考える。


「少し休憩にしない?スグさん作業に集中しちゃうと飲まず食わずになっちゃうもの。ちゃんと水分補給もしないと!ね?」


さぁどうぞと差し出された茶を受け取り一口。さっぱりとした冷茶が喉を潤す。二口三口とあっという間に飲み干してしまった。水分を欲っしていたのであろう自分の体に少し申し訳なく思う。


「ん。ご馳走様。アオイの淹れてくれる茶は相変わらず美味しいな」

「いえいえお粗末さまです。あっ!お面がもう出来上がってる!見ていい?うわぁ〜すっごく可愛い」


作業台に置いてある面を、きらきらした瞳で見つめ感嘆の声をあげる彼女に少し照れ臭くなる。


「あと少しの仕上げで完成じゃ。祭りまでに間に合って良かったべな」

「ふふっ。このお面ポンちゃんにそっくりですごく素敵だね!あの子がこれをつけた姿早くみたいなぁ」

「あぁ。きっと似合う」


おに様の"素顔"を模したその小さな面は、おれとアオイの大切なおひぃさまのためにと作ったこの世でただ一つしかない特別な面。


「わたしのほうもね、あと少しで完成なんだ。あの子がお腹にいた時に肌着をたくさん縫った経験がいきたのかな?おばあちゃんに少し手伝ってもらった箇所はあるけどほぼ1人で縫い上げたのよ。こっちも楽しみにしててね!」


ふふんと誇らしげにこちらを見つめる彼女を眩しく思う。彼女のことだ、我が子のために一針一針丁寧に繕ったのだろう。彼女が繕った甚平を纏い、自分が作り上げた面を被り笑うあの子を想像するだけで、頬が緩み胸が温かくなった。

そういえば我が家のおひぃさまはいまどうしているのだろうか?


「今はおじいちゃんとおばあちゃんの3人でお散歩に行ってるよ」


おれが疑問を投げかける前に彼女がそう答えた。思考を読まれているのだろうか。長らくご無沙汰している彼女とのポケモンバトルをふと思い出した。おれのポケモンが出す技を先読みしたかのように、彼女のかけ声と共に翻すポケモンたちと幼い自分を焦がし続けた少女の頃の彼女の姿を…。


「どうかしたの?気分でも悪い…?」


心配そうに自分を覗き込む顔をじっと見つめる。晴れ渡る青空のような少女が、全てを包み込む碧い海のような女になっていま自分の目の前にいる。相棒である翼を持つ竜のように自由にどこまでも羽ばたくことができる彼女が、この地に留まり寝食を共にし、心も身体も自分に預けて次に繋がる生命を慈しみ育てているのだ。あの"少女"が、おれの"女"としてここにいる。充足感、優越感、罪悪感…色んな感情がごちゃ混ぜになって腹の奥に渦巻く。


「いや…なんも」


手を伸ばし彼女を腕に閉じ込める。温かく柔らかい体と甘い彼女自身の匂い。

全部、全部おれのだ。

おれのアオイだ。

今だ心配そうにこちらを見つめる彼女に悪いと思いつつも、握りしめられた彼女のこぶしの中に自分の人差し指を潜り込ませ緩く抜き差しすれば、何かを察したのか少し硬くなる身体。


「もうっ…!心配して損した。もう少ししたら帰ってくるからダメ!」

「めんこいひ孫を見せびらかすのに忙しいべな。すぐには帰ってこん」


抗議の声を封じるため、彼女の口を己れのそれで塞ぐ。舌を柔く吸って上顎をくすぐれば、抗議は無意味と諦めたのか彼女のほうから舌を差し出してきた。静かな作業場に互いの吐息と湿った水温。時折漏らす彼女の声に更に腰が重くなる。

とんとんっと胸を叩く彼女になんだ?と視線を寄越せば、瞳を潤ませた彼女と目が合う。名残惜しげに重ねた口を離せば銀色の糸が2人を繋ぎぷつりと切れた。


「こ、ここじゃ嫌だしだめだよ。お面作る場所でしょ?神聖なこの場所でこんなことしちゃいけないよ。せめて寝室にいこ…?」


確かに。じぃちゃんにバレたら大目玉をくらうだろうし、おに様の面に見つめられながらは流石に罰当たりすぎる。


「ごめん…。アオイの言う通りじゃ。おれたちの部屋さ行こう。そんで続き、しよ」

「うん…」


面に埃や傷がつかぬよう柔らかい布に包み、使っていた道具類を定位置に片づけて作業場の電気を消す。ひと足先に台所に茶の片付けをしに行った彼女を迎えに行こうとすれば、玄関先から自分を呼ぶ愛らしい声が聞こえた。どうやら続きは夜までお預けらしい。少し残念に思いながらも、めんこいあの子が呼ぶのならそちらが最優先事項だ。それは彼女も同じらしく、玄関に向かう途中で彼女とかち合った。おひぃさまのお帰りだねと彼女があんまりにも優しく母親の"面"で笑うから、さっきまで彼女に抱いていた劣情を脇に追いやり、自分も父親の"面"を慌てて被りなおす。数秒見つめ合い、ふふっと笑う彼女の手を取りおひぃさまのお出迎えに向かう。


あの頃のおれに教えてあげたい。いまこんなにも幸せなのだと。ほしかったものはここにすべてあるのだと。




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