青鳥の回顧録
???記憶が、意識が、少しずつ戻っていく。
高校生、中学生…そして、“事件が起こったあの日”の小学生の時のへと。
あの日は、確か──
*
──十年以上前、オーストラリア。
「幾ら宿題が早く片付いたからって、遊びに行っていいもん?」
「まあ、せっかくバーベキューの誘いが来てたからね。行かないのも勿体ないでしょ」
“記憶の中の母”がそう言って笑う。
“記憶の中の父”も呆れたような様子をしてはいるが、ついてきてくれているので、乗り気ではあるのだろう。
夏休み明けの学校ではどうするかとか、友人との関係はどうなのか、みたいな他愛もない話をしながら、親戚の家へと向かう。
その、途中で。
……知りもしない、あり得ない凶器(光る薄い羽)が、両親の胸を貫いていた。
「…ぇ?」
一瞬だった。
ほんの少し前に話していた両親は、見る影もなく灰になっていた。
「Didn't have the qualifications?」
声のした方を見ると、隼のような灰色の怪人──“その時の私”にとっては『怪物』でしかなかったが──が、私の近くにまで降りてきていた。
「Why are you doing this?!」
思わず私はそう尋ねてしまった。
だって、こんなのあんまりにも…突然で、理不尽だったから。
それに対して、隼の怪物は。
「Because I thought you had hope.」
「I have no idea what you're talking about!?」
何を言っているのか、まるで分からなかった。
だったら、なんで…2人は死ななきゃならなかった(灰になった)んだって。
「…Look forward to the next life.」
突然殺された2人みたいに、それを避ける余裕なんて無かった。
──そして、光る羽が私の心臓を貫いた。
*
「ん、ぅ…?」
目が覚めた時、いたのはあの時の道じゃなかった。
ひたすらに白くて、広い部屋。
1人で使うにしても持て余すレベルの大きさだ。
「お目覚めになりました?」
透き通る声が、耳を突く。
ピーコックグリーンの目に、明るい茶色のロングヘアー。
着けているドレスも同系色だった。
「え、と…」
「怖がるのも無理ないですわ。私はオリュンポス社副社長を務めております、檻葉らんかと申します」
「甘夜春…」
「春さんですね、よろしくお願い致します」
「…は、はい…」
どこか異質さを覚えつつも、ふと過ったのはあの隼の怪物の言葉だった。
「……あの、私今…どうなって」
「貴女は“進化”したのですわ」
「しん、か?」
「えぇ。短命ながらも人以上の力を持つ存在…オルフェノクに」
「な、に…それ」
知らない、聞いたこともない。
「貴女のご両親はその資質を有していなかったようですわね。…ご冥福をお祈りいたしますわ」
「っ!」
思わずらんかさんに殴りかかろうとした──その時。
「〈ニンフドール・ハル〉、止まりなさい」
「…ぇ、あ?」
同時に動きが止まって、力が抜けていく。
まるで、人形みたいに。
「眠っている間に仕込んでおいた暗示はちゃんと効いているようですわね。…〈ニンフドール・ハル〉、目醒めなさい」
「──は、い…ハルは目醒め…ます」
意識が、“ズレて”いく。
違うところに自分の意識があるのは分かるのに、体も口も何も思い通りに動かない。
「──貴女に一つ、“仕事”を与えますわ…」
──……
──……
…それから、少しして。
「平気ですか?」
「ぁ、はい…」
らんかさんに声をかけられて“目が覚めた”。
何か言われていたような気がするけれど、よく思い出せない。
「貴女の今後と日常生活に関しては此方で便宜を測りますわ。なので、お気になさらず」
「分かり、ました」
この人の言葉は疑ってはいけない、何故かそう思ってしまう。
「あぁ、あと此方を」
「?」
らんかさんから渡されたのは金属製の2枚のカードだった。
「まだ何も描かれていませんが…時が来れば、きちんと描き込まれますから」
「分かりました」
「貴女も精神的に参っているでしょうし、暫くは此処でお過ごし下さい」
「うん、そうする」
いつの間にか、あの怪物の事は忘れてしまっていた。
…どう、だったっけ?
*
──暫くしたある日。
「春さん、せっかくですし“人形”を作ってみませんか?」
「人形?」
所謂ドールというやつだろうか。
本格的にやるなら、それなりにかかると聞いたけど。
「でも、作る…って?」
「えぇ。…こういう事です」
らんかさんが指を鳴らすとそれなりの身なりをした女性が数人現れる。
「「「「お呼びでしょうか、らんか様」」」」
「っ?!」
「驚くのも無理ないですわ、これは秘匿された部分ですもの」
つまり、“人形”の元になっているのは“人間”…下手すればオルフェノクもそう。
らんかさんが私の耳元で囁く。
「大丈夫、1人2人作ってしまえば直ぐに慣れますわ…貴女には“人形”を持つだけの素質がありますもの……」
「“人形”を持つ事は悪い事ではありませんの。彼女ら…彼らは主が命令さえすれば忠実に動いてくれます。それに罪悪感を持つ必要なんてないのです」
らんかさんの言葉が、黒い塗料が白いキャンパスに広がるように染みていく。
意識が、記憶が、曖昧になっていく。
ダメだと頭では分かっているのに、拒否出来ない。
「──さぁ、作りましょう。貴女の“人形”を」
「はい…ヘラ、様」
*
私が“人形”を作りたいと“ゼウス様”に申し出た時、ゼウス様は愉しそうにそれを承諾してくださった。
誂え向きの“人形”候補がいる、と言って今度用意してくれるらしい。
「んん、ぁ…っ」
“デメテル様”に教えて貰った“自己深化”の方法をしながら、人形化の仕方に想いを馳せる。
薬品?快楽?それとも装置?
考えるだけで体に熱が溜まってしまう、これも大体はヘラ様のせいなのだけど。
「っ〜!!」
絶頂の感覚を覚えながら、ベッドに倒れ込む。
ふと、脳裏に過ったのは日本にいる友達(沙紀)の事だった。
「…今、何してるんだろ」
流石にこっちに来る、なんて事は早々ないだろうけど…。
それでもやっぱり気になってしまう。
「…あ」
ベッドから起き上がってシャワーを浴びてる最中にある事が思いついた。
…これなら、“ヘルメス様”と“ゼウス様”に頼めばいけるかもしれない。
*
「それで、この子が人形候補?」
「ええ、貴女の“人形”に相応しいと思います♪」
目の前で眠る金髪の、凡そ同い年くらいの少女を見ながら、雪音さんがそう言って悪戯っ子のように笑う。
確かに私はニンフだけど、何もそこまで楽しそうにする事はないだろう。
「それに貴女が“人形”を作れた、となれば──」
「?」
「いえ、此方の話ですわ。お気になさらず」
雪音さんがいなくなったのを見てから、私は人形候補のその子に声をかけた。
声に気づいたのか、その子も薄らと目を覚ます。
「…初めまして、ニフルちゃん」
「……はじめ、まして」
*
「コンセンテスの食事会?」
「あぁ、正確に言えば懇親会だ」
「でも、私コンセンテスじゃないし。なんでそんなところに?」
アオイさん──ポセイドン様から、今度コンセンテスが集まる会があるので一緒にどうか、とは誘われていた。
「今回ばかりは君も無関係じゃないんだよ」
「?」
「まあ、ともかく余力があったら来るといい。私達も待っているから」
「分かり、ました…?」
*
──懇親会当日。
「結局、他の人達にも押されて来ちゃったなあ…」
一応身なりに関しては〈彫像人形(スタチュー・ドール)〉の子達に手伝って貰ったし、問題ないとは思うのだけど。
「あら、春さん。来て下さったんですね」
「あっ、らんかさん…どうも」
「そんな緊張なさらなくても大丈夫ですよ。肩の力を抜いて楽しみましょう?」
「は、はい」
「ふふふ」
「揶揄ってる?」
「そんなつもりはないですよ。では、向かいましょうか」
らんかさんにリードして貰いつつ、私は会場に入った。
*
エースさんの挨拶が終わり、そろそろかと思ったところでエースさんがある一言を告げた。
「Now, let me introduce the new members of our Concentes team.」
新しいコンセンテスのメンバー?
そんな事を考えていると普段から“肌身離さず”持っているあのカードが僅かに熱を持った。
「っ?!」
慌てて取り出すと片方にはタロットの“隠者”、もう片方にはタロットの“太陽”が描き込まれていた。
『まだ何も描かれていませんが…時が来れば、きちんと描き込まれますから』
脳裏にらんかさんの言葉が過った。
「ぁ、あぁ…!?」
更に自分がニンフとして何をしていたのかを思い出す、思い出してしまう。
混乱しながらも、他のコンセンテスの面々を見る。
そして、らんかさんがそっと私の手を引っ張って私を壇上に連れ出した。
「──歓迎致しますわ。コンセンテス第五位…“秘匿”と“成功”、“祝福”の美の女神…“アフロディテー”として。改めてよろしくお願いしますね、春さん」
「は、い…っ」
その時に出ていた涙は歓喜だったのか、悲壮故だったのか、分からないままだった。
*
──意識が、記憶が、進んでいく。
中学生、高校生、大学生へと。
浮上するような感覚と共に、意識が現実に引き戻される。
意識も記憶も戻ってきた、帰ってきた。
…あれから十年以上、先の世界に。