青空は遥か遠く

青空は遥か遠く

光寄りさっちゃんの人

その日、久々にキヴォトスへ雨が降った。

最近曇り続けていた空がようやく決壊したのだろうか。勢いよく降りしきる雨に、差している安物の傘が耐えれるのかが少し心配になった。


「“本当に酷いことになってるな”」


鬱蒼とした気分から出された言葉はいったい何へ対しての言葉だったのか。

頭上の空模様か、それとも生徒たちが今置かれている状況なのか。言った自分でも理解できなかった。

すっかり寂れてしまった街並みに目をやりながら、避難所から独りトボトボとシャーレへの帰路を歩いていく。


(“私は何をしているんだ……”)


空模様のせいなのか、思考がマイナス側に引っ張られていく。


(“いつからだ? どこで私は手を間違えた?”)


今、キヴォトスは滅茶苦茶になっていた。

ゲヘナは重要な臓腑をいくつも抜き取られ、血が流れ続けている。このままでは出血死は免れない。

トリニティは権威も正義もぐずぐず崩れ堕ちた。多くは甘い夢の奈落へ落下している。無事な生徒たちも確かにいる。しかし無事なティーパーティーは冷静な仮面の裏側に怒りが煮えたぎっていた。

ミレニアムは冷静さと愛嬌を失いつつある。大切な者を汚された憎悪と殺意で空気が張り詰めていた。

三大校の全てが膨大な傷を負っていた。しかもハイランダーの一部までが堕ちていた。

かつてのサンクトゥム攻略戦や色彩との闘いとはベクトルは違うが、その脅威は決して劣ることはない。

しかし立ちはだかるのは外からきた脅威ではない。

“砂漠の砂糖”、悪魔のごとき恐ろしさを持つそれは瞬く間に広がった。

気づけばあちこちで暴動が起き、人々が消えていった。

その流れを辿る中、一人の生徒が持ってきた情報で全てが発覚した。

この騒動の中心には“砂糖”を用いて『新生』を果たしたアビドスがいたのだ。


(“ホシノ……ヒナ……ハナコ”)


三人の生徒たちの姿が頭によぎる。この騒動の渦、その中心にいる生徒たちの姿が。














「先生? こんなところで何をしているんだ?」














「“……アズサ、それは私のセリフかな?”」


気づけば、考えに没入して道の真ん中で突っ立っていた。

かけられた声に振り向くと、雨具に身を包んだアズサが防水性のケースを持って立っていた。


「私は、ただモモフレンズのグッズを買いに行ってきただけだ。…………ブラックマーケットに」

「“……もしかして、ヒフミのために?”」


小さく言われた購入場所に思わずぎょっとしてしまうが、行動の真意はすぐに分かった。私の言葉にアズサの顔へ動揺の色が現れた。どうやら図星のようらしい。


「“……ヒフミやコハルの様子はどうだい?”」

「今のところは二人とも大丈夫だ。……表向きにはな」

「“やっぱりハナコのことが……”」

「ああ、だから少しでも喜んでほしいから、限定品を買ってきたんだ。

それに私たち全員は諦めるつもりなんて毛頭ないぞ。必ずハナコを連れ戻す。それは先生も同じだろう?」

「“そうだね、私も諦めないよ。絶対に皆を止めて見せる”」


せめて生徒の前ではと、己の弱さを押し殺す。

本当に強い子だと、心の内で思う。今もっとも辛いのは彼女たちのはずなのに。













つい先日、三大校が襲撃された。新生したアビドスにだ。

ゲヘナにはアビドスの風紀委員会を率いたヒナが。

ミレニアムには単独でホシノが。

そしてトリニティには親衛隊を引き連れたハナコが。

砂糖の中毒者たちをアビドスへ迎え入れるための陽動だったらしい。ただでさえボロボロになっていた各学校に、この襲撃は大打撃を与えていった。

風紀委員や正義実現委員会は相手の戦力にボロボロに、C&Cはトキのパワードスーツまで引っ張り出しての応戦で引き分けに持ってかれた。

救護騎士団や救急医学部は負傷者の手当てや中毒者のケアに追われ、決壊寸前になっている。

そんな中、補修授業部はハナコと対峙したらしい。


『これでっ!! これでっ!! ホシノさんに!!! ヒナさんにっ!!! 顔向けができるっっ!! 並べられる!!! 二人と肩を並べられるっ!!!!!! もう足手纏いじゃないんだっ!! ホシノさんとヒナさんを引っ張る足手纏いじゃないだっ!!! 私もお二人の隣に立てるっ!! 一緒に立つことが許されるんだっ!!! 武力も無い!! 戦闘力も無い!!! 知力もないっ!!! 砂糖に溺れお二人よりもたくさん砂糖を食べてるのに同じくらい役に立てない極潰しじゃない!! あははははははははははは!!!!』


すっかり変わり果ててしまった仲間の姿に全員が一瞬固まったらしい。

そんな光景を見ているのに、アズサは――補習授業部の皆は傷つきながらも諦めていない。

















(“生徒たちは諦めていないのに、大人の私は何を”)


そんな彼女の光に当てられて、己の弱さに気が滅入る。

そんな時、路地裏から大きな物音が耳へ飛び込んできた。


「先生、今のって」

「“ああ、行こう”」


アズサにも聞こえたようで、顔を見合わせて共に路地裏へ進んでいく。

人が減ってしまった街で路地裏から大きな音が聞こえてきた。もしかしたら、猫がゴミ箱をひっくり返しただけなのかもしれない。だが、もしも誰かがいるかもしれない。そんなことを考えなら、路地裏へ入る。
































そこには、路地の壁に背中を預けながら倒れ、虚ろな眼で空を見上げているサオリがいた。





























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