青森結界⓪

青森結界⓪



違和感──

それは、長い殺し合いに身を置いていた事で培われた、野性の勘とでもいうものだったのだろうか。

突発的に起きた呪力の減少、明らかな第三者の働きに攻撃であった。肉体の強化による消費は把握している。術式もまた。そもそも今の今まで使おうとすら考えていなかったというのに勝手に起きるなどありえない。この術式は、いや、己の使うこの術式では使おうと思ってすぐ使えるものでもないのだ。

ならば何が起きたか?減少した呪力はどこに向かっていっているのか?

その突破口は思った以上に簡単に見つかった。一つだ。自分の呪力は、感じる自分以外の人間、呪霊からの呪力はみな、一方向、いや、たった一点に向かって集められていた。ただ減っているのではない。元凶は呪力を吸収しているのだ。

ならば話は早いとそこへ探知を集中させる。そして、舐めた真似をしてくれた者を点にしてやろうと足を踏み出した。







・・

それを感じ取った時、自分の内から込み上げてきたのは何だったのだろうか。

だがそれを無視した。彼我の圧倒的な呪力差を、それでも冷静に分析した。

・・

それの呪力は間違いなく、こんな手品だけで成り立つような小さなものではなかった。

延べ10秒未満、呪力の減少を察知してから見つけるまで間違いなくそれ以上はなかった。それでも、自分が例え万全であろうと遠く及ばない圧倒的な呪力量がある事を、微塵も疑うことは出来なかった。

巨大な眼球に蟹の足という余りにも珍妙なその見た目、1メートルもないであろう小さな呪霊から立ち上る呪力はそれほどまでに大きかった。

それに対して─






一も二もなく駆け出した。気付いていたのか、いなかったのか、恐らく気付いていなかったのだろうそれ、呪霊に吸収され続ける呪力を上回る肉体強化の全霊の攻撃を叩き込んだ。

それでも圧倒的な呪力の壁か、半ば不意打ちのこの攻撃にすら耐えてみせていた。それでも5メートルほど殴り飛ばされながら体勢を立て直しかけていた呪霊に素早く二撃目を打つ。

同時に反撃で打とうとしたか、繰り出された足を片手で掴み、もう片手で関節に三撃目を繰り出す。メキ、という音が聞こえるも流石に一発では砕けない。それでも攻撃の連続は確かに効いている。そして、足ごと呪霊を振り回し、5周目か6周目というとこで投げ飛ばす。


術式は使わない、いや、使えない。ただでさえ術式の対象まで通じているか不明の硬さを持つ上、呪力を吸われ続けている状況でホイホイ呪力を多大に使うことは出来ない。

だからこそ、呪力を放出し、思い切り呪霊を吹き飛ばした。即座に追跡し、転倒から復帰する前にガラ空きの足に全力の蹴りを繰り出す。蹴り飛ばされた呪霊に、また呪力を放出し吹き飛ばした。追跡する。しかし今度は、更に先に回り込み、ジャンプし、着地地点に落ちたと同時に全体重をかけたプレスを無駄にでかい眼球に落とした。

メコォと音が鳴り、呪霊の眼球は大きくへこむ。それでも流石の耐久力は完全に潰れることを防いだ。


しかし、そこから生まれた隙の連続は美雛に攻勢を許すには充分すぎるものだった。

一撃目──攻撃の方向からある程度位置を予想したのだろう、真っ直ぐ突き出された足を避け、再度眼球へ攻撃、より大きく広げた掌を叩きつける。

二撃目──先刻自分がやったように呪力の放出が呪霊からやや上気味に放たれる。すぐさましゃがむことで避け、そのまま水面蹴りで転ばせる。

三撃目──方向感覚を失ったのだろう。訳も分からぬ方向に出されている足を無視して蹴りを何度も振り下ろす。

四撃目──来ない。連撃の隙を作るために防御に徹している。だがそんなものは作らせない、好都合とばかりに攻撃させてもらう。


殴る、蹴る、打つ、叩く──

眼球と足のどちらかをランダムに、ひたすらに攻撃を繰り返す。再生を繰り返したからか呪力も減ってきている。ギアを上げる。

蹴り上げ、殴り飛ばし、すぐさま追いかけ追撃に走ろうとしたその時─ズガッ!

空振りした?違う、追い抜いていた。走りすぎたのだ。

吸収されていた呪力がなくなった。それを振り切るように強化に全神経を注いだために多すぎた呪力が、本来の動きの認識を狂わせたのだ。

完全な転倒を防ぎ、すぐさま後ろにいるはずの呪霊を見失わぬよう振り返る。1秒にも満たぬ僅かな時間で立て直してみせた手腕はこの青森結界でも上位に位置する泳者として流石と言うべきだろう。並の呪霊ならこの程度の隙が出来たところで何も出来なかったであろう。だが、今美雛が戦っているのは並の呪霊ではない。同じように青森結界でも上位に入る泳者の一角なのだ。

振り返ったと同時、目に入ったのは莫大な呪力を撃とうとしている呪霊の姿。反撃を諦め、防御体勢に入る。そして

───膨大な呪力の塊が大鶴美雛を襲った。












ガラン

「…………もう感じれないわね。」

あれほどの呪力を保持しながら結界が出来、死滅回遊が始まって数日、その間全く感じ取る事が出来なかったあの呪霊は今までも隠れていたんだと言わんばかりに一切の気配が断たれていた。

「後の手強い敵は不死身のような男と不細工な狸だけだと思っていたんだけど。」

本来受肉した目的は宿儺と戦う事なのだ。死滅回遊はそのために羂索に付き合わされる下らない遊びだと思っていたが、遊びにしては些か楽しすぎる。宿儺どころかこの結界だけで満足してしまいそうではないか。

「面倒な事をしてくれたわね、羂索。」

手を翳しながら言葉をこぼした内側で






好物の獲物を前にした猛獣のような、玩具を与えられた子供のような笑みが浮かべられていた。


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