青春活動(前)

前編
目の前に全身を厳重に縛られたレンゲが横たわっている。
背中側でまとめられた手首は縄によって限界まで持ち上げられ、控えめな胸の上下を挟む縄に繋ぎ止められている。激しい動きに不釣り合いなその華奢な体には幾重にも縄がかけられ、結び目で模様が作られている。
全身を締め付ける縄は呼吸を制限し、身じろぐたびに縄同士のこすれる音とともに肌に食い込んでいく。特徴的な髪の色のように顔を赤くしながら少し荒い息を繰り返し、拭う手が縛られていることを忘れているのか口からはよだれが垂れている。とろんとしたその瞳からは額から伸びる角と下半身から生える立派な尻尾のこともあり、まるで酒に酔った龍を思わせた。
その姿になるきっかけは彼女の目指す青春活動という目的がそうだが、それに付き合う師匠役、先生の行動も問題だった。
”やりすぎた…”
先生としての自身の立場と縛られたレンゲを見つめつつ、ため息とともにつぶやいた。
「師匠!これを見てくれ!」
青春活動の連絡を受けてからしばらく、その言葉とともにやってきたレンゲは手持ちの風呂敷から数冊の本を取り出しながら先生に見せつけてくる。
「いつもの活動ももちろん王道でいいものだけどたまには別のところにも目を向けなきゃいけないって思ってさ。それでいつも読んでるのとは違う本を参考にしてみようと思ったんだ!今回は適当に目についたものを買ってきたから師匠も一緒にこれを研究して、より刺激的な青春を体験しよう!」
”…えーと、ジャンルは確認した?”
そうやって渡された本はあらすじだけでかなり刺激的なことが描かれていることがわかる。内容は主人公とヒロインとのSMものだった。もちろん正規に発売されているものだから加減はされているが、特に縄などを使ってヒロインが縛られる場面なんかはとても刺激的だ。作者の執念のようなものが伝わってくる。しかし表紙はまともそうな学年青春物だったのは購入者のための擬態かなにかか。
そんな表紙だけ見て決めたのか一緒に内容を確認したレンゲは目を丸くして唖然としていた。あらすじまでは見ていなかったらしい。
「…し、師匠、これは、いやこれも青春…なのか…?」
”うーん…こういう青春も、あるね。非日常感を味わう刺激的な青春としては…あると思う”
顔を赤らめて本に釘付けになっているレンゲにこのことを言うかは先生として迷ったが青春師匠である立場からはこのような青春もあるということは伝えないといけないと思い口に出す。
”まぁ、せっかく買ったんだし読んでみようか?レンゲの言う通り王道とは違うものに目を向けるっていうのはいいことだと思うし、刺激にはなるよ”
「…う、うん」
そうして始まったレンゲとの読書会。読んでいる内容に目をつむればこれも立派な青春活動だ。彼女が来るまでにできるだけ減らしたとはいえいまだ残る仕事のことは今は忘れて読書に没頭する。
”あ、これ巻末に縛り方とか載ってる。へぇ、あそこってこんな感じなんだ”
「こんな青春があるなんて知らなかった。…でもヒロインの心情描写とかも丁寧でおもしろいなこれ」
おもしろかった。作者の強い意志の表れか緊縛シーンはどこも長めなように感じるが、主人公がそれほどヒロインのことを想っているのだという証だと考えれば納得できるもので、ヒロインとの関係がより魅力的に感じることができた。巻末のおまけなのだろう作中に出てくる縛り方のわかりやすい図解はぜひやってくれという作者からのメッセージだと受け取れる。
そんな内容の本が数冊、つまり感動的な場面で手を替え品を替え差し込まれるその時の登場人物の感情を読者にぶつけるような刺激的なシーンをレンゲとともに読み終わるまで繰り返し目にすれば。
「…なぁ、先生。アタシこのヒロインみたいに少し、縛られてみたいと感じちゃったんだけど…その…うぅ」
”うん。これは気になっても仕方ない、と思うよ”
山あり谷あり縛りありの物語の読後感から物語中の体験に興味を持つのは当たり前のことで。
レンゲの為、そして自分の興味の為に。
後日、質のよさそうな縄を先生は秘密裏に注文した。