青い果実
暗く染まる外で、灯りも点けずに温室の入口にぼうと座る彼女を見つける。
「やあ、スレッタ。こんなところで、どうしたの」
声をかけても返事がない。
「スレッタ?」
様子がおかしい。さっきまでは、あんなにはしゃいでいたのに。先ほど帰ってきたらしい花嫁と何かあったのだろうか。
「エランさん」
「となり、座るね」
触れるか触れないかの位置で彼女の隣に座る。
「ミオリネ・レンブランとなにかあった?」
ピクリと跳ねる肩に、本当に何かあったのだと知る。
「わたし、いらないんだそうです」
今にも泣きそうな震えた声。
「ミオリネがそう言ったの?」
「……はい。ここを任せてもらえて……ミオリネさんの役にたてるって……すごくうれしかったのに……」
嗚咽まじりで紡がれる言葉。目からは、涙がいくつも溢れている。
「ひどいね。ミオリネは」
「ミオリネさんのこと……悪く言わないで下さい」
可哀想なスレッタ。泣くほど酷いことを言われたのに、まだ彼女を慕っている。
まるで生まれたばかりの雛だ。
「ごめんね。君の大切な人のことを悪く言うつもりはなかったんだ」
取り出したハンカチで、彼女の涙を優しく拭いながら頬を包む。
「どうしてエランさんは、私に優しくしてくれるんですか」
「さっきも言っただろう。君が好きだからだよ」
囁く言葉とともに、最後に残った涙を唇で拭う。
「……!」
しまった。流石にやり過ぎただろうか。
彼女が身を強張らせた瞬間、コトリと何かが落ちる音がした。
「これは?」
雲のような顔をした二つのキーホルダー。たしか名前は、クールさんと、ホッツさんだっただろうか。
「はい」
軽く汚れを落とし、スレッタに渡す。
「かわいいね。それ」
「実は、ミオリネさんとお揃いでつけられたらいいなって……」
「それも、やりたいことリストのひとつ?」
「はい。でも迷惑ですよ……ね。私なんかじゃ……」
記録にある彼女は、こんなに卑屈だっただろうか。
よほど、ミオリネに言われた言葉がこたえているらしい。
「じゃあ、僕が貰ってもいい?」
「え?」
「やりたいことリスト。僕にも協力させてほしいな」
「でも……」
何かを悩むようにしながらも、ぎゅっと大切そうにキーホルダーを握りしめる彼女を見て、諦める。
これは、引いた方がいいな。
無理に押して、距離を取られたら厄介だ。
「ごめんね。君を困らせるつもりはなかったんだ。残念だけど諦めるよ」
「はい……」
あからさまに安心したような顔に、少しだけイラッとする。
押せば落ちると思ったが、攻め方を変えた方がいいかもしれない。
「もう暗いし、寮まで送るよ」
「ありがとうございます。エランさん」
差し伸べた手にスレッタが手を重ねた瞬間、そのまま引き寄せる。
「ええ、えランさん!?」
慌てる彼女を逃がさないように抱き締め、そのまま首筋に唇をのせ軽く歯をたてる。
ドンっと胸を押され、離れた彼女はその髪の様に顔を真っ赤に染めあげ首筋を押さえている。
「なななななななにゅを!!」
呂律が回っていない。されたことの意味を分かっていないのだろうか。正直、平手打ちの一つでも貰うかと思ったが、どうやら大丈夫なようだ。
「ごめんね。スレッタが、あまりにも美味しそうだったから」
「わた、わわたしはっ、食べ物じゃないです!」
「ごめん。ごめん」
慌てる彼女はとても可愛らしい。まあ、小動物的な可愛さではあるが。
「じゃあ、帰ろうか」
今度こそ本当に手を差し出す。
「変なことしませんよね……?」
「大丈夫だよ」
嘘だけど。
おずおずと重ねられた手を握り返す。
うまくやれば時間はある。
先代の残した土壌と、雇い主から与えられる堆肥。
この青い果実を摘み取るために、上手く使わせてもらうとしよう。