青い春一番

青い春一番


*ちょっとツバっさんがめんどくさい

*色んなことが積み重なった結果アオイちゃんに本気になるツバっさんの話

*ヘルガーは書き手の趣味



───



「──カキツバタさんが好き、です」


 頬を朱に染めたアオイから、唐突にそう告げられた。

食べかけの菓子を消費していた放課後、色気の欠片もないリーグ部の部室で。


 窓から差し込むのは人工的な夕映えで、トレーニングに勤しんでいたバルキーが小休憩を挟んでいて、何の変哲もない時間のはずだった。

 強いて言うならポケモン以外には自分たち二人だけという点だろうか。

誤魔化しきれないほどに真っ赤になったアオイは俯きがちで、小さく震えていた。

 妹みたいで、きっと彼女にとっても自分は兄のような存在なのだとばかり思っていた。

アオイのことは可愛がっているし、そういう目では見れないといえば嘘になる。


「そんじゃあ、オイラとお付き合いすっかい?」


 三つ編みを揺らしながらアオイがこちらを向く。一瞬、間の抜けた顔をして、こくこくと頷いた。

年相応にきらきらした恋愛に夢見るお年頃か、まさに青春だ。



「よろしくな、キョーダイ」




───




「カキツバタさん! 食堂デート! 行きませんか!」


 男女の仲になってもアオイは相変わらずだった。

相変わらず、とはいったが、前までならば強引に連れていったくせに、最近は一応こちらの許可を得ようとしてくる。


「かわいーカノジョの頼みなら大歓迎。んじゃ行こうぜぃ」

「やった! 行きましょう!」


 アオイは言葉から態度まで、全身で『あなたが好き!』と伝えてくる。

良くも悪くもまっすぐぶつかってきて、目を逸らしたくなっても強く焼き付いて離れない。

 何度も何度も好きだと言われて、示されて、何も感じないでいられるほど無頓着ではない。

こちらからは好きだとも返していないのに、健気なことだ。

それに、返したとて、だ。


(どうせアンタも愛想尽かして、オイラのこと置いて、行っちまうんだろ?)


 アオイにはこんなひねくれ屋ではなく、もっとお似合いの男がいるはずだ。

それならば尚さら好きにならない方がいいし、嫌われた方がまだ楽だ。


「わたし昨日すっごいブルレクしてきたんでBPいっぱい溜まってるんです! 奢らせてください!」

「おっ、いいのかい? んじゃあお言葉に甘えっかい」


 前を歩くアオイの動く三つ編みを見ながら、この関係がいつまで続くか、考える。

きっとすぐに自分を見限って、彼女から別れを告げられるだろう。

いつだってそうだ。


「カキツバタさん、早く早く!」

「はいよ。んな急がなくても学食は逃げねえって」


 ぐいぐい引っ張られる腕は、小さな身体からは想像もつかないほど強い。

だが少し力を入れて引き寄せてしまえば、彼女はいとも簡単にこの腕の中に収まるであろう。

 もちろんそんなことはしない。自分の意思で触れてしまえば、逃がせなくなるだろうから。

こんなろくでなしの元で潰えて欲しくないのだ。




───



 ”オイラ今日風邪引いちまってよ、見舞いにゃ来なくていいからな”と連絡を入れたものの、既読はついたが返事はなかった。

付き合い始めてから一応は自室の番号は伝えてあるし、あの珍しいライドポケモンを走らせて、きっともうすぐ来る、はず。



こん、こん。


 控えめなノック音のあと、スマホロトムに『はいっていいですか』とだけメッセージが来た。

ドアが開く音がして、ひょこ、と顔を出したのはやはりアオイで。


「カキツバタさん? 大丈夫ですか……?」

「……おう。来んなっつって来ないアンタじゃねえわな」


 形の良い眉を下げて、自分が寝そべるベッドへと歩み寄ってくる。


「風邪ひいたって聞いたら……すみません、来ちゃいました」

「んー? 心配して来てくれたんだろぃ? アオイからの深ぁい愛情感じてツバっさん的に嬉しいわー」


 風邪で頭が働かないが、ぺらぺらと軽い言葉は次から次へと出てくる。

こう言えば彼女が喜ぶだろうと知っているからだ。現に少し頬を赤くして、唇を結んでいる。


「あの、これ。スポーツドリンクとかゼリーとか色々入ってるので、良かったら使ってください」

「悪ぃなあ、気ぃ遣わせちまって。この埋め合わせは絶対すっからよ、何がいいか考えといてくれーい」

「いえ! わたしが勝手にやったことなので!」


 キッチンカウンターに袋を置き、アオイがベッドの縁に腰掛けた。慈愛に満ちた表情はポケモンに向けるそれとはまた違って初めて見るもので、熱も相まって少し見とれてしまった。


「寒いのが好きって言っても無理しちゃダメですよ」

「へっへ、違ぇねえ……」


 力なく投げ出していた手にアオイの柔らかく小さな手が重ねられる。


「手ェ握るなんて、子どもじゃねえんだからよぉ……」

「あ、ごめんなさい。ママがこうしてくれたの思い出しちゃって」

「やっぱアンタ、おふくろみたいだねぃ……」


 えも言われぬ安心感を覚えて、うとうとと眠くなってくる。

アオイの傍は居心地が良い。もう少し、あともう少しだけ、と何やかんや理由をつけて、隣にいたい。


 熱で頭が働かないようだ。目を閉じると、アオイの柔らかな声が全身を包む。


「おやすみなさい、カキツバタさん。……早く元気になってくださいね」




───


 大事をとってベッドで大人しくしていたのが良かったのだろう、身体のだるさが嘘のように無くなっていた。

部室にいるであろうアオイに改めて礼を言って、食堂デートとしゃれこもうか。


 アオイは居なかった。リーグ部の連中に聞いても「分からない」と返ってくるだけ。

ドーム内をあのライドポケモンで駆け回っているのだろうか。


 スマホロトムを呼び出し、アオイへと電話をかける。数回コール音が鳴って、か細い声が聞こえてきた。


『……カキツバタさん』

「おーす、キョーダイ。こないだは見舞いありがとな。ちゃあんと礼言いたかったんだが、部室にいなかったからよ」

『…………ごめんなさい』

「アオイ? ……なんかあったか?」


 いつもはもっと溌剌とした口調なのに、何だか覇気がない。


『……ポーラエリアにいるんですけど、吹雪が止まなくて……今日は行けない……です』

「ポーラエリアのどこだ?」

『えーっと……洞窟……です』

「……分かった。近くになんのポケモンがいる?」

『……あ、アチャモがいます。可愛いです』

「確かにアチャモは可愛いよな。ちょいとそこで待ってな、すぐ行くからよ」

『えっ。か、カキツバタさ──』


 返事を待たずに通話を切る。

普段は腰が重いというのにこういう時に限ってフットワークが軽くなるなんて、アオイに影響されちまったかと誰にでもなく嗤ってみる。

 アチャモが出現する洞窟なら場所は限られている。

ポーラスクエアの奥の、崖を登った先にある洞窟だ。中にテラスタルするメタングがいるから分かりやすい。


「フライゴン。お姫様を迎えに行かなきゃならねえんだ、頼めるかい」


 任せろと言わんばかりに頷いた頼もしい背に飛び乗る。

フライゴンはそのタイプゆえに雪に滅法弱いが、己の手持ちなら吹雪などに怯むまい。


 アオイは、砂嵐だろうが豪雨だろうが、モトトカゲに似たポケモンに平気そうに乗ってドーム内を駆け回っている。吹雪だって例外ではない。であれば、別の理由がある。

最悪の事態を想定して、杞憂に過ぎないと慌てて振り払った。


 前が見えない猛吹雪の中、指示を出す。赤いカバーが雪から目を守ってくれているフライゴンは、迷うことなくすいすいと飛んでいく。


 フライゴンから飛び降りて、狭い洞窟の中に向かって吹き荒ぶ雪に負けじと声を張り上げる。


「アオイ! そこ居るな!?」

「…………カキツバタさん……?」


 洞窟の奥から弱々しい声がした。アオイだ。無事……のようだ、ほっと胸を撫で下ろす。


「来てくれたんですね……」

「当たり前だろぃ」


 この間パルデアで捕まえたというヘルガーにしがみつき、白い息を吐き出しながら、かたかたと震えていた。

目を閉じていたヘルガーがその双眸を開く。


 湾曲した角としなやかな身体を主人にぴたりと寄り添わせ、血のように赤い目でカキツバタに視線をやる。

威嚇こそしないものの、警戒心と敵愾心を一気に纏わせる。

アオイを守っているらしい、主人に近づこうものなら毒素が混じった炎を浴びせられそうだ。

ダークポケモンの名に相応しく、一睨みだけで背筋が薄ら寒くなる。だが気難しいドラゴンポケモンを手懐けているカキツバタは臆することなく、一切視線を逸らさずに、一歩、また一歩と歩を進めた。


「ほんとにカキツバタさんだぁ……大丈夫だよヘルガー。この人はわたしの……っくしゅん!!」


 張り詰める空気の中、のんきなアオイの声が響く。

最後まで聞けはしなかったが、排除すべき相手ではないと理解したヘルガーから敵意が消え去る。どうやら近づいても構わない許可を得たらしい。


 腰に巻いていたマントを取り、アオイの肩に掛ける。


「うう、あったかいぃ……ありがとうございます……」


 安心したのか、無防備そうなふにゃっとした笑顔になる。


「ドームで遭難とかシャレになんねえよ?」

「えへへ、すみません」


 笑っているが、自分が電話をしなかったら、吹雪が止むまでここでじっとしていたんだろうか。アオイならやりかねない。


「ありがとうございました! 復活しました! それじゃあ、はやく帰りましょう!」 

「アオイ」


 不自然なほどそそくさと帰ろうとするアオイを呼び止め、こっちに来いと招き寄せる。


「はい? なんですか?」


 人懐こいポケモンさながら駆け寄ってくるアオイの手首を痛くない程度に掴み、長袖を捲りあげた。

ヘルガーが一気に牙を剥くのをフライゴンが止める。相性不利の相手でも果敢に立ち向かおうとしてくる姿は、まさにアオイのポケモンだ。


 細い腕に巻かれた白い布──包帯だ。

やや不格好ながらも、きっちりと、痛々しいほどにアオイの腕を覆っている。

 先ほどから妙に腕を庇うような仕草をしていると思っていたら案の定だった。

人の機微には気づける方なのだ、隠し通そうとしたとておみとおしである。

動揺を浮かばせる目は右往左往して気まずそうだ。


「……なんで黙ってたんでい」

「ここって医務室ないし、いつも自分で手当てして慣れてるし……大したことないですよ?」

「ツバっさんは頼りねえってかい」

「っそんなわけないです! カキツバタさんに心配かけたくなくて……」

「お、っ……」


 オイラ、アンタの彼氏だろ──と、言いそうになってしまった。

こんな都合のいい時だけ彼氏面なんて、烏滸がましいにも程がある。


 ずっと誤魔化し続けていたのに、欲しくなってしまった存在。それが目の前にいても、好きだと言われても、恋人同士になっても、手を伸ばしては駄目だと自制していたのに、無理だ。


「……大したことねえっつって、悪化したらどうすんだ? 手持ちたちに悪ぃと思わねえの?」

「う……」

「キョーダイがちょいとがんじょうなのは……まあ、認めっけど、少しくらい労ったらどうよ」

「うぅ~……」


 ほのおタイプのポケモンで暖をとっていたとはいえ、あまりに無謀すぎる。

ポーラエリアは生息するポケモンたちに合わせて、酷く寒い気候に設定してある。

不定期に吹雪が起こるのも、できるだけ自然に近づけている為だ。


「そ……そういうカキツバタさんだって! 体調悪いのに来なくていいって連絡してきたじゃないですか!」

「あ、あれは、アオイなら絶対来ると思ってよ……」

「そりゃあ来ますよ! わたしカキツバタさんのこと好きだもん!」


 アオイに連絡をした時、『きっと彼女なら来る』と思っていた。


 そうやってアンタの気持ち利用して、オイラのことがまだ好きなんだって実感しちまいてえんだ。

同時に、アンタは誤解してんだって思っちまう。


 やれ食堂デートだやれ四天王チャレンジのBPを立て替えただ、そんなちっぽけな出来事が積み重なって、好意と勘違いしてるだけだと。



「……いったいオイラのどこに惚れたよ」

「……え?」

「話も聞かねえで仮入部させて、リーグ部のゴタゴタに巻き込んじまったろ」

「わたしポケモン勝負好きだから、カキツバタさんの勧誘なくてもたぶん入ってましたよ?」


 利用したことを詫びた際、『気にしてない』と言っていたが、アオイには嫌われてもおかしくない言動を自分は行ってきているのだ。


 元チャンピオンの圧政で空気が重くなっていたリーグ部を何とかしたくて、交換留学で来たアオイを言いくるめて、ブルベリーグに半ば強制的に参加させた。

スグリの友達だから、アオイだってブルベリーグに参加するのを望んでいる筈だ、親睦を深めるチャンスだのなんだの言って。

楽するのが板についた自分には出来なかったことを、新参者の彼女に押し付けたといっても過言ではない。


「あと……そうだな、部長業とか勝手に押し付けようとしたっけか。まあタロにどやされてオイラがやるはめになっちまったけど」

「そこはタロちゃんに感謝ですね。でもわたしもやりますよ、チャンピオンなので!」


 冗談めかした言葉すら真正面に受け止めてくる。だから調子が狂わされるのだ。

たらふく引っ掻き回してくれそうな彼女に一番乱されてるのは自分自身だ。


「カキツバタさん」


 ずい、と顔を近づけてくる。


「わたしに嫌われようとしてます?」

「…………事実言ってるだけなんだがねぃ」

「むう……」


 拗ねた表情をしたアオイは、不意にカキツバタの手を握ってきた。ひんやりしている。


「なに言っても好きです。カキツバタさんが、ほんとに好きなんです」

「……おう」

「好きな人と付き合うって、こんな気持ちなんだなって。……カキツバタさんに会えて、よかった」

「あー……ちょい待ち。こっちまで照れてくらあ、へへっ」


 面と向かって一点の曇りもない目で見つめられて、首の後ろが燻る感覚に陥る。


 自分がこうしたいから行動する。伝えたいから言葉と態度で示す。

見返りなんて最初っから求めちゃいねえんだ。

本当に物語の主人公、そりゃ誰も彼もアンタに影響されちまうわけだ。


「わたしからの深ぁい愛情、感じてくれてます……?」

「……そりゃあもう。溺れっちまうくらいな」

「えへへ、嬉しいな」


 三つ編みをくるくると指に絡めて照れる姿がなんとも可愛い。ここにいるのがオイラだけで良かったと心底思っちまうくらいには。





「──好きだ」

「えっ」

「あ」


 もっと雰囲気を大事にしたかったが、勝手にそう言ってしまっていた。

外は吹雪だし、薄暗いわ狭苦しいわ、埃っぽい洞窟内で、何を格好つけることがあるだろうか。


「ええっと、つまりだな…………オイラも腹ァくくったからよ」

「は、い……」

「オイラで良けりゃあ……これからもよろしくな」

「……いいんですか……?」

「言ったろぃ。……もう迷わねえよ」


 アオイの顔は、いつぞやの部室の告白よりも真っ赤になっていた。

とうに吹雪は止んでいて、星空に変わっている。


「そんじゃあ、部屋まで送らせてくれや」

「あ、ありがとうございます……ヘルガー、もどっておいで」


 ヘルガーは最後までこちらを品定めする目で睨みつけていたが、大人しくボールへともどっていった。

 待機していたフライゴンに乗り、アオイの手を取って前に座らせる。

あれだけあちらこちら駆け回っているというのに、彼女からは仄かに甘い匂いがした。

 柔らかな雪を舞い上がらせながらフライゴンが空を飛んだ。


「……えへへ」

「なんだい、さっきからニヤニヤして」

「わたし達、恋人同士ってことでいいんですもんね」

「…………おう。改まって聞かれっと照れっからやめてくれーい」

「カキツバタさんモテるから、わたしなんてすぐに飽きられるんじゃないかって正直、不安でした」

「……お互い様、だったんだな」

「はい? すみません、今なんて……」

「何でもないよーん」


 こんなに小さな彼女を落としてたまるかと、更に抱き寄せる。

フライゴンの歌声のような羽ばたきが空を支配する。

満点の星、澄み渡った空気の中、アオイが腰に回した腕にぎゅっとしがみついた。



「わたし、カキツバタさんのことが大好きです!」

「……オイラもアオイのこと好きだぜ」




───


 消灯時間が過ぎているため、酷く静かな廊下を、お互い手を握り合いながら進んでいく。


「送ってくれてありがとうございました」

「ちゃんと手当てして、夜更かししねえで寝るんだぜ?」

「カキツバタさんもですよ!」

「へっへ、そうだな」


 男が部屋に泊まるのは、さすがにアオイでも許さないだろう。彼女は押しに弱いといえど、がっついて怖がられるのだけは避けたい。


「また明日な、アオイ」

「あ……」


 踵を返して自室に帰ろうとしたが、アオイの指がジャージの裾を摘んでいる。


「ん? どうしたよ、怪我痛むかい?」

「えっと……その、あの……」


 もじもじしてらしくない。


 ジャージの襟を掴まれてぐいっと引き寄せられる。

ちゅっ、と頬に柔らかな感触がした。

何が起こったか分からなかったが、首まで真っ赤なアオイに、ついつい笑みが零れる。


 可愛いが、カキツバタとしては少々不服だ。


「……ここだけでいいのかい?」

「そ、それはまた今度で! おやすみなさい!!」


 バタン!! と勢いよく閉じられた扉をしばらく見つめ、今ごろ羞恥で悶えているであろうアオイの姿を思い浮かべる。


 また今度……って、次もしてくれんのかね。


 許してくれるなら、これからは堂々とアオイの隣に立っていたい。

まあ許す許さない以前に、アオイなら無理やり傍に居させるんだろうけど。


 もしずっと手を引っ張ってくれるんなら、こっちだってもう離すまい。


 どんどん前へ進んでいく未来ある少女に選ばれたのだから、いつまでも淀んでいる場合ではない。



「──アオイ。もう逃がさねえよ」





おわり

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