キラー(露出)
昨日から降る雨が弱まる頃には、夜も遅くなっていた。
この島のログは二日後に貯まる。明日の夕方には出発準備を終えていなければならない。つまり、決行するなら、今だ。ぽつりぽつりと雨の落ちる暗闇の様子を宿の一室から窺いつつ、キラーはごくりと唾を飲み込んだ。
キラーには十年来の付き合いになる相棒のユースタス・キッドにすら言えない秘密がある。性的嗜好に関する事ではあるのだが、賞金首として顔や名を知られている手前、女を買う時にもあまりに一般的なものから逸脱した行為は避けていた。
しかし考えてもみろ。そもそも自分の顔など知られていないのではないか。そして船に積んだ衣装箱にはワノ国で(不本意ながら)手に入れた着物。笑い声でロロノア・ゾロには正体を知られたキラーであったがそれはコンプレックスでもある笑い声によるものであり、新聞記事や手配書からは得られない情報だ。
やるならば出港のなるべく迫った日。夜の──念のため、人出が無いならなお良い。
キラーは停泊した船の中で思案し、そして鞄へ着物一式を押し込んだ。それが今日の昼すぎのことだ。
宿の鏡の前に向かい、相変わらず慣れない手つきで帯を締めてから羽織を肩にかける。ひとつひとつの動作の度に長襦袢が陰茎を掠める。下着の類は身につけていなかった。
髪結い紐で癖のひどいブロンドをひとつに纏めたところでふと思い立ち、いつも腰に巻いている青いサッシュを手にとって口元が隠れるように首に巻く。履物はこのままいつもの革靴でいい。
「行く、か」
誰もいない部屋の中でひとり呟き、キラーは窓枠に足をかけた。
○○○
町の石畳は先程までの雨で濡れていた。月明かりの下、歩くのは人気のない路地だ。
時折、民家の中から聞こえる人の声に、思わず身を硬くする。
(落ち着け……)キラーは自分に言い聞かせた。
どうせこんな町外れ、夜に出歩く人間も元からいない。誰に会うこともないはずだ。
そう思ってはみるものの、やはり不安な気持ちは拭えない。そして焦燥とは裏腹にむしろ襦袢に触れるキラーの陰茎はわずかに熱を持ち始めていた。口元を緩く覆う布の中で息が荒くなる。
犬のようだと思った。目の前に餌をぶら下げられ興奮しきった犬──
ヴィクトリアパンク号での立場上、キラーの行いは船や船長であるキッドの評判、名声に直結する。
そう、相棒のためにも"キッド海賊団戦闘員・キラー"が所謂羞恥プレイや青姦、野外露出などに対する憧れがあることは死んでも隠し通さなければならない。
が、今はどうだ。世間に顔を知られていないのをいいことにマスクを外し、着物の下には何も身につけず町を歩いている。
夜風がうなじを撫でた。冷たさがぞわぞわと背中を伝う。
気づけば、広場に出ていた。歩くうちに町の中心に来たようだ。
(しまった)
恐らく船員のうち何人かは今日もどこかの店へ飲みに行っているだろう。素顔を知られてないとはいえ目撃されるのは避けたい。キラーは踵を返そうとした。その時
「キッドの頭~!次どこ行く~?」と、大きな笑い声と共に声が聞こえた。瞬間、キラーはとっさに積まれた資材の陰に隠れる。キッド!?キッドだと?
どっと汗が吹き出す。心臓が跳ねる。叫んでしまいそうな口を震える手で押さえ、キラーはレンガ積みの外壁に立てかけられた木材の後ろから広場の様子をうかがった。
一番、遭遇するのを避けたいその人物は、幸いにも十分酔っている様子だった。
「ん?いやぁおれは。キラーもいねえし」
「頭、キラーさんがいないと露骨にテンション上がらないもんなあ」
隣は──ヒートだろうか。後の何人かは開けっ放しの酒場のドアからの逆光と喧騒に声が掻き消され、判別が難しい。
早くこの場を離れた方がいい。そう頭で考えるのに、しゃがみこんだままキラーの手は下腹部に伸びていた。
着物の合わせ目から触れるそこは既に芯を持ち始めている。先走りを零す亀頭が夜の空気に触れた。
(こんなところで、すぐそこにキッドがいるのに……、俺は何を……)
キッド達の声を聞きながら、キラーは己の陰茎を上下に擦り上げる。
(駄目だ、止まらねぇ……)
強い快感。羞恥心が拍車をかける。
店先からは死角になっているはずだ。しかしそれでも、キッドがもしこちらを見たなら──。そう思うだけでキラーは興奮を抑えきれない。
物陰で声を殺して自慰を続けるうち、いつしかキラーは片手で竿を扱きながら、口元の押さえていたはずのもう片方の手で胸元を探るようになっていた。
指先が乳首に触れた途端に甘い痺れが走る。
(もっと、もっと強く……)
さらに刺激を求め亀頭に触れようとした時
「じゃあキラーさんに連絡入れてみます?」と船員の一人が言った。
「~~~~ッ!?」びくりとキラーは肩を震わせ、反射的に陰茎を握り込む。「ひっ♡♡♡」強く握りすぎてしまったらしい。快楽による悲鳴が上がる。
電伝虫は?いや、宿に。まさか持ってきては
「やめとけ、アイツも船下りて女でも買ってんだろ」
キッドの声。どうやらあちらには聞こえていかったらしい。
「ぁ……はっ……ッ……♡」
ほっとすると同時に、キラーの陰茎からはどぷりと精液が溢れ、小麦色の掌を白く汚した。
(今のは……、さすがに焦った)
遠くなっていく酔っぱらいの声を聞きながらキラーは一人、その場にへたり込んだ。
夜風が火照った体に当たる。
「はぁ……」
安堵も束の間。
深く息を吐き、キラーは己の出した精をじっと見つめる。キッドに見られるかもしれないという妄想で射精してしまった。しかもそのせいで再び下半身に熱が集まりつつある。我ながら変態だと思う。
(ああ、まずいな。本当にまずい)
そう思いながらも、キッドへの罪悪感と快楽の余韻から、キラーはしばらくその場から離れることができなかった。