電脳ガールの冒険
ソーシャ暇だったのだ。新しくできた友達と話すのはとっても楽しいけれど、皆いろんなものを飲み食いしてて。自分はそれに混じれないことに疎外感を感じたとかじゃない。ただ、暇だっただけ。それと、ほんの少しの出来心と冒険心、好奇心。
先程の戦闘が終わって、変な回線に巻き込まれて変な所に飛んでしまった。そこのPCには随分と強力なアンチウイルスソフトが搭載されていて、危うくデリートされてしまう寸前まで陥ってしまった。あのソフトウェアが自己制作された物だということくらいは私にも分かるし、何よりあそこまで追い詰められたのは初めてだったのだ。だから興味が沸いた。あんな高度なソフトウェアを作るような奴の顔と、そこまでして守りたいPCの詳細に。
電脳空間を渡り歩き、先程のPCの入口を探す。なかなか見つからないな、と隅々まで探してみると随分分かりにくい場所にあった。本当に、ここまでして隠したいものって何なんだろうか。倫理的にアレで他人に見つかるとヤバいドギツイ性癖ファイルでもあるのだろうか。もしそうなら絶対暴いてやろう。ネットの海に放流しようかな、なんて仄めかして反応を見るのだ。全世界に公開は流石にしないけど。
そんなことを考えているうちに辿り着いたのは、一台のPC。先程辿り着いたPCと同じ端末の様だ。
先程のソフトウェアに検出される前に先手を取ろう。そう考えた瞬間、画面の向こうに誰かが居るのに気が付いた。
あ、やば。見つかった。持ち主に見つかったらソフトウェアの対処が出来ても仕方ないじゃん。せめてここに来た目的の1つ、「あんなアンチウイルスソフトを作るような奴の顔を見てやる」だけでも達成しようと思い、私は画面の向こうに目を向けた。そこにいたのは――
「――――先生?」
そう呟いた瞬間、例のアンチウイルスソフトに私の存在を検出された。早く逃げないとデリートされてしまう。それだけは避けなければ。そこまで考えてから、いや考える暇もなく、私は体を全速力で動かしそのPCから逃げ出した。
「……さっき、の…………」
黒い髪を後ろでひとつに纏めた、くすんだような翠の目の男。ついでに顔面偏差値が高い。要素だけ抜き出しても、抜き出したりなんてしなくても、どう考えても先生だった。担任教師だった、黒澤先生。最後に見てから十年は経つのに、全く見た目変わってなかったな。
会いたい。会いたくない。そんなふたつの思いが交差する。青柳セカイの頃の友達に、どこかお父さんみたいに思ってた人に、もう一度でいいから会いたい。会って話をしたい。
でも、でも。私が誰か分かってもらえなかったらどうしよう。先生が私のことを覚えてなかったらどうしよう。元々の肉体とは見た目が大きく違うし、結構似通っているこの姿に帰る前の電脳体とだって今の姿は結構違うのだ。しかも私が死んだのは十年くらい前なんだから、電脳体の姿を覚えていない可能性だって十分にある。寧ろその可能性の方が高い。それに、それに。
――私は「青柳セカイ」という人間を殺して生まれた、「ソーシャ」というエネミーなんだから。
そりゃ元の肉体に戻れるなら戻りたいけれど、いやだからこそ。それまで私は、「青柳セカイ」に戻っちゃいけない。だから、だから。
今のことは忘れろ。自分の肉体に戻れるようになるまで、思い出してはいけない。会いに行っていいのは、元の肉体に戻れるようになってからだ。
そう自分を納得させ、帰路についた。こんなモヤモヤ、他のことで埋もれさせて忘れてしまおう。誰に言うこともなく、忘れてしまおう。
嗚呼、さっきのソフトウェア強力すぎない!? この手錠みたいな奴全然解除出来ないんだけど!! 頭可笑しい!!
――電脳ガールの冒険は、散々な結果で終わってしまった。その冒険が後の事件を引き起こすことなど、ただ一人以外は誰も知らない。