雪の"10人目"

雪の"10人目"


地が割れ、歪み、抉られ。

"鳥カゴ"の影響で建物はどこもかしこも半壊状態。

ヒトは怪我人でない人間を探すほうが難しく、そこかしこに立てられた海軍・リク王家設営の避難所へ集まっていた。

マトモな国家運営などできるはずもない、まさしく滅んだ国だったが、人々の顔は晴れやかだった。

きっと、人々が愛を自由を取り戻したからだろう。醜悪さと傲慢さを、忘却で覆い隠した国に、未練などない。

そしてそれは、カタギに限ったことではなく。

海賊たちも生き生きと、勝利からの再起に励んでいる。


「牛一頭、燻製処理の豚肉一頭分、鶏七羽、食パン20人前、フルーツ各種50kg、ビールと果実水にコーラがそれぞれ二樽、干し魚50kg、調味料一式‥‥モネランド、ホントのホントにこの量でいいんれすか?」

「ええ。私も最初は驚いたんだけど、このくらいでないとルフィは足りないのよ(モネランドって何かしら‥‥?)」

「了解れす、明日もなんとかルフィランドたちの食料を確保するれす!」

「忘れないで、一番大切なのは退路の確保よ。バルトロメオ達との連携を密にね(ルフィランドって何かしら‥‥?)」

「はいれす!!」


再び市街地へと戻るレオを見送り、モネはリヤカーをひいて元レベッカの家・現キュロスの家へと戻る。

潜み隠れること自体はモネにとって、パンクハザードにいたときとそう変わるものじゃない。

今も以前も、無法者。

違うことがあるとすれば‥‥。


「ほう!ほはよう、ほね!!(おう!おはよう、モネ!!)」

「ルフィ!!目が覚めたのね!!」

「戻ったか、モネ」

「お帰りなさい」

「ただいま」


仕え甲斐のある船長と仲間たちがいることだろう。

怨敵と戦っていたときの修羅の如き形相から一転、年相応の青年らしく笑い・海賊らしくド派手に食い散らかすルフィの姿に、モネも憑き物が落ちた笑顔を浮かべていた。


「ん?スンスン‥‥おいモネ、もしかして酒があるのか?」

「ええ、樽ごともらってきたわ。外で、樽ごと雪で冷やしてる」

「そいつはいい!祝杯に酒くらいは飲みたかったところだ」

「‥‥ゴクンッ!!!!なあモネ!肉、肉はあるか?!」

「ええ、あるわ。ルフィの好物だけじゃなくて、皆の好物も"用意"してもらったから、今晩は宴にしましょ」

「ぃやったァァァ!!!!にーく♪にーく♪」

「お、おいルフィ、あんまりはしゃぐんじゃないぞ?まだ海軍が同じ島にいるんだし‥‥」


トンタッタ族に"用意"してもらうということはつまり、島のどこからか"拝借"してきたということなのだが。

そこはそれ、海賊なので気にしない。

キュロスも「恩人をもてなすためであれば」と、食材の調達に駆け回ってくれたレオ達に感謝すらしていた。


「今のうちに準備することが色々あるから、ルフィはゆっくりしてて」

「おう!任せた!!」

「手伝うわ、私もそれなり程度でなら料理はできるから」

「おれも突貫で食事台を用意させてもらうぜ!」

「ありがとう、みんな」


今日をまた楽しく迎えられたことへの喜び、それをわかちあう宴。

祭りは準備のときも楽しいように、モネはルフィたちと手をとりあって宴の準備をすることが、モネはとてもとても楽しかった。


(けど‥‥)


「‥‥レベッカも‥‥兵隊だって………だろ?」

「‥‥‥いや、彼女は………」

「………ビビも…………」

「そっかー、なら………」


(なんでだろう、すっごく、私、不安になってる……)


モネは、言い様のない不安にも襲われていた。


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雪夜には静寂がおとずれる。

複雑で精緻に組みあがった六角形の結晶が、音の振動を吸収しきってしまうからだ。

冬島の豪雪は死の静寂として謳われることもあるのだが、今のルフィたちには一時の安息を与えるものになっていた。

フランキーとウソップが突貫で仕上げた骨組みに、モネが雪壁で外壁部分を埋め、即席の宴会場ができあがった。


「雪というものは初めてみたが、なかなかに興味深いモノだな。冬島では、この砂のように足を取られるモノが年中降ってるのか?」

「おう、屋根も地面も山も、ぜーんぶ真っ白になっちまうほど積もるんだ。まー、あんときは苦労したなー。ミンゴの白絨毯みてェな雪が、いっぺんに流れてきたこともあったんだ」

「それは、なかなかに恐ろしい光景だな‥‥どうやって打開したんだ、ルフィランド」

「あんときは‥‥」


ルフィとキュロスのように雪について想い出や冒険話に華を咲かせたり、ゾロはフランキーと飲み比べをしたり。ウソップは酒が入りすぎて謎の独演会をはじめたり。

雪に閉じ込められた音の反響が、騒がしくも外に喧噪が漏れない、不思議な静寂をもたらしている。

モネはというと、ロビンとフルーツをつまみながら、未知の冒険話をおしえてもらっていた。


「あなたも豪雪の冬島にルフィと一緒に上陸したの?」

「いいえ、その頃はまだ仲間じゃなかったわ。ただ、雪じゃない一面真っ白な景色は初めての冒険で体感したわね」

「雪じゃない真っ白‥‥塩湖がある島?」

「空島。雲の島と雲に浮かんだ島に行ってきたの」

「空島‥‥!!すごいところに行ってきたのね、もしかして2年間は空島で雌伏のときを伺ってたの?」

「あ、知らないとそう見えちゃうのね。結果的にはそうなったんだけど、そもそもは‥‥」


まさに波乱万丈。海風気まかせ、波まかせ。

夢のようで血生臭い冒険話にモネは目を輝かせて聞き入り、ロビンも今までの人生でなかった「同年代の女性に学識深い冒険譚を話す」という体験に、心躍らせていた。

だからこそ、だろうか。


(この人達についていけるように、頑張らなきゃ)


宴前に感じていた不安は形になり、焦燥感になってモネを追い立てる。

言うだけのことは、彼らはやってきたのだと。

だから自分も、自分ができる役割で必死に貢献しなきゃいけない。


「頑張るわね、私。今からでも、みんなの役に立てるように」


悲壮な決意を固めたが──。


「‥‥ダメね、これは。重症だわ……」

「え?えぇ??」


ロビンは額と鼻筋に手をあてて、頭を抱えた。

失望であれば、モネも心を引き締めるだとか反省する方向になったかもしれないが、「心配」されてしまった。

モネは何がなんだかわからない。


「ルフィ!!モネが落ち込んでるみたいなの、励ましてあげて!!」

「え?まってロビン、別に私は、きゃっ!!」

「ん?モネが??」


止める間もなく、モネはハナハナバケツリレーでルフィの元へと運ばれていく。キュロスは「私は席を外したほうがいいな、ゾロランドと剣の話でもしてこよう」と席を外してしまい、見事ルフィと隣同士になってしまう。

ばつが悪そうにするモネに、ルフィはしかめっ面で様子をうかがう。


「モネ、大丈夫か?なんか辛そうな顔してんぞ?肉くうか??」

「いやモネに鶏の丸焼きやるってどーゆー神経してんだお前」

「いただくわ、好物なの」

「好物なのかよ?!」


自分が鳥になるほど鳥が大好きである、ウソップの見立ても正しいが。それはそれとして鶏肉に忌避感などない。

その日たべるモノすら怪しかった日々を過ごせば、大抵の好き嫌いは言ってられなくなる。

そして、「誰かから食べ物をもらう」ことの恩義も、身にしみてわかる。

モネは昔を思い出すように、野蛮な獣のごとく肉を食いちぎった。


「しししっ、いい食いっぷりだなァ」

「ほうふぁしら?ふぁふぁりふぉへられふぁはっらんらへほね(そうかしら?あまりほめられなかったんだけどね)」

「海賊だからな、そんなこと気にしなくていいぞ」

「ありがと、ルフィ」


ドフラミンゴに拾われるまでの生活は地獄じみた生活だったが、それでも妹と一緒に鶏を盗み、腹いっぱい食べて笑顔になったのは、かけがえのない人生の一部。

その道のりを肯定されて、モネは少しだけ心が軽くなる。

しかし、ルフィや仲間たちが心配しなくなるほどかといえば、違った。

まだ、表情に影がある。


「お前、何に悩んでるんだ?腹いっぱい食っても悩むってのは、すんげー落ち込んでる証拠だぞ」

「え、と、その、確かに悩んでるんだけど‥‥あなたに言っていいのかどうか‥‥」

「仲間の悩み一つ解決できねェなんて、船長じゃねェ。いいから言ってみろ」


断言しきるルフィの言葉に引っ張られるように、モネは泥を吐き出す。


「こんな私でも、皆の役に立ててるかどうか不安で‥‥"海賊王"のクルーになるっていう女なのに、地味な仕事しかできなくて‥‥」


「「「「何いってんだお前」」」」


「え?」


麦わら一味の男子たち、全員が真顔で突っ込んだ。

キュロスですら、絶句してブリキ人形めいてアゴをカクカクさせている。


「メシの準備して」「酒も持ってきて」「レオとの仲介役やって」「トラ男くんのカルテみながら皆の怪我をチェックして」「オマケにスゥーパーな雪屋敷を作るときた」

「「「「お前、すんげー皆の役に立ってるぞ??」」」」

「そ、そうなの??」

「絵に描いた有能秘書だぞ、お前」

「やだ、有能秘書だなんて‥‥ウソップったら‥‥ウソもほどほどにしてよ……」

「おい照れるな!!雪が溶ける!!」

「やっぱコイツ、アホコックの同類なんじゃねェか‥‥?」


惜しみない賞賛と真っ当な評価に、モネはくねくねと身をよじらせて、頬を染める。

人の感情の機微は、思った以上に無意識の影響が大きい。

平穏から地獄へと叩き落とされ、ドフラミンゴから「命を懸けて奉仕するのが当たり前」という支配と窮屈さに縛られていたモネにとっては、「十全に己の役目を遂行し、他のクルーの働きを尊重する」という船乗りたちの誇りが、あまりに眩かった。


「それにな、モネ。おれがお前を仲間にしたのは、色んな仕事をできるからじゃないぞ?もちろん、色んなことをやってくれて嬉しいけどよ」

「そ、そうだったの??だったら、なんで私を仲間にしたの??」

「あ、やべ。ちょっと待てルf」


「お前、ユキユキの鳥だろ?スノウバードみたいでカッコイイと思ったからだ!!」(どーん)


再び、男子全員が絶句した。

「ココはそういうことを言う場面じゃないだろ?!?!」と顔面でうったえ、固まっている。

キュロスは「私より酷い口説き文句をみるとは思わなかった……」と、人形時代より無表情になっていた。

モネがぷるぷると身体を震わせ、八つ当たりのロギア攻撃を全員が覚悟したのだが──。


「ほんとに?!私、スノウバードっぽい?!!?」

「ああ、色はちょーっと違うけどよ。ドラム島でみたスノウバードそっくりだぞ、意外と根性あるとことか」

「ああ、うれしいわルフィ‥‥!!ずっと言ってもらいたかったの!!『雪の鳥みたいにキレイだ』って!!そのためにトラファルガーにオペオペ手術してもらったくらいだもの!!」

「しししっ、やっぱお前気合い入ってんなー」


モネはまるで恋人のような抱擁で──今度は信頼たっぷりの──ルフィを羽で抱き包む。

当人に恋心は全ッッッく無いのだが、仲間からの全身でアピールした信頼に、ルフィもまんざらではなさそうだった。

もしもここに金髪の料理人がいたとしたら、嫉妬の炎で雪を溶かさんほどに、モネは熱をあげている。

大人の女が見せた弱みのようでもあり、童女のような天真爛漫な笑み。

ずっと秘めた感情の鬱憤を、モネはようやく解放することができた……「スノウバードっぽい」という口説き文句で。


一見、バカげたソレに聞こえるし、実際他人から聞けば鼻で笑うような褒め言葉だったが。

子供の頃の夢を捨てきれず、悪逆に堕ちても泥水を啜っても得た姿を讃えられるのは、モネにとって"今"を肯定する福音だった。


「ああ、こりゃダメだ……やっぱりモネは、"おれたち"向きの人材みてェだ……」

「だな……感性サンジどころか感性ルフィだぞコイツ……」

「いいじゃねェか、今更破天荒が一人増えたところで問題ねェ!!むしろもっとスゥーパーな旅になるぜ!!」

「ふふっ、また楽しくなりそうね」

「器が大きいのだな、ルフィランドたちは……」


夢の果てまでぶっとんだ思考の船長と、その船長についていけるだけの覚悟を決戦で示し、そして夢までもが夢じみた秘書が。

今日この日、"麦わらの一味"に加わった。


「一生ついてくわルフィ!!あなたを"海賊王"の姿にするために!!」

「おう!!よろしく頼む!!!!」


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「ところでモネ、あなた航海士って出来る?」

「できるけれど、新世界だと本職には及ばないわよ?」

「いいのよ、それなりにでも出来るなら。すごく助かるわ」

「??」



数日後、ゴーイングルフィセンパイ号にて。


「サイクロンだべええええ!!!!助けてモネせんぱぁあああああい!!この船航海士乗ってないんだべぇええええええ!!!!」

「うそでしょおおおおおおおォォォ?!!?ね、ねえゾロ!!あなた航海士できる?!できるって言って!!ルフィの最初の仲間なんでしょ?!!」

「できねェ、だから迷ったんだ」

「聞いてないわよおおおおおおおおおォォォォォ!!!!!」

「そりゃ話してねェからな‥‥zzz‥‥」

「寝るなあァァァァ!!!!不寝番のシフト倍にされたいの?!!!?」

「すまんモネ!!お前が頼りなんだ!!!!!」

「頼りにされすぎてるんだけどおおおおおォォ?!?!?!」


ルフィはドフラミンゴのように、クルーを支配もしなければ使い捨てもしない。

しかし‥‥"海賊王"になる一味の仕事は、とてつもなく激務であり、船長は仲間に頼らざるを得ないのだ‥‥‥。


「違う!!このしんどさは海賊王ぜったい関係ないわ!!?」

「諦めろ‥‥zzz‥‥」

「だから寝るなああああァァァ!!冬眠させてやるーーーーーー!!」


TO BE CONTINUED......

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