雨上がりに出てくるアレ

雨上がりに出てくるアレ


「ねえ?スレッタは、どれが一番す・き?」

エランくんが瞼を伏せて長い睫毛を震わせながら悩まし気な吐息が混じった声音で聞いてきた。それは耳にべったりとこびりついて簡単に離れそうにない、端的に言えばねっとりとしている。

「ひいいぃぃ……えっと、全部、です」

「全部?それも嬉しいけど、やっぱり君の一番が知りたいな♡」

ねっとり度が増した。声に粘度があるならさっきのがオクラならこれはかき混ぜた納豆くらいねっちゃりしている。

「お、おおぅ……サ、サ、サーモンが、好き、です……」

「そっか♪じゃあ、スレッタのダイスキ♡なサーモンで、色んなネタを作るから楽しみにしててね♡」

ねっとり度が最高潮に達した。たぶんヌタウナギのぬたくらいねっとりしているだろう。息が詰まって窒息しそうだ。

息が詰まりそうでプルプルと震えている姿をエランくんはジッと湿度のこもった眼差しで見つめてくる。

「アウト、退場」

エランさんがぺしっとエランくんの頭をはたいた。こちらを捕らえてがんじがらめにする視線から逃れられて、ほっと息を吐く。

「これのどこがアウトなんだい?僕はただスレッタに好きな寿司のネタを聞いていただけじゃないか」

何やらいかがわしい雰囲気が漂っていた気がしたけど、していたことと言えば、エランくんが寿司を握る練習をしていて私が試作品を食べていただけだった。そしてその流れでどのネタが好きか聞いていただけだったのだ。

「単純に気持ち悪い」

「文系担当とは思えない語彙力の無さだね!」

直截すぎる物言いのエランさんにエランくんは食ってかかっている。

「……雨上がりに大量に湧いて出るナメクジみたいだよ」

「言い直して単語を増やせばいいって訳じゃないんだよ!」

概ね同じ意味合いのことを言ったエランさんはエランくんのことを気にもとめず、寿司を口に運んで頬張っている。とてもマイペースだ……

「うん、寿司は美味しいね」

「そりゃ、どうも」

さっきのねっとりはどこへやら、すっきりとした印象だ。

「スレッタはサーモンでどういうネタが好き?大根おろしをかける?山わさびをつける?炙り?チーズを乗せて炙る?それとも、ナ・マ♡」

「ひょええぇぇ……」

またねっとりとしてしまった。どうして私と話しているとたびたびこうなってしまうんだろう。

「……」

バシィとさっきより強い音がした。エランさんが無言でエランくんの頭を叩いたのだ。たぶんさっきより力を込めて。

「いきなりなんだい!?」

「キモい」

「もうちょっとオブラートに包んでくれない?」

更にエランさんから語彙が減った。凍てついた温度のない目で睨まれてもエランくんはめげない。

「……街灯の灯りに惹かれる大量発生したカメムシみたいだね」

「包めてないんじゃないかな!漏れ出てるんだけど!」

兄弟で言い合ってるときはねっとりも湿度もない、むしろカラっとしている。言い返しているエランくんを無視して、エランさんは残っていた寿司を食べている。

「寿司は美味しいんだから、黙って作ってよ」

「はいはい、分かったよ」

エランさんの注文に面倒くさそうに返事をして、それきりエランくんは黙々と寿司を握り出した。


黙っている彼の顔をジッと見つめる。居酒屋で働いているときも調理中はこうやって黙って作っているし、接客しているときは笑ってこそいるけれど、ねっとりはしていなかったはずだ。

学校ではどうかは分からないけれど、私の知る限りではねっとりしている方が珍しい気がする。そして、ねっとりしているときは決まって私と話しているときだ。本当にどうしてだろう?

あのねっとりが無ければなと思う。今だって黙々と作業をしている姿はその……素敵だと感じる。

「あの、どうしてエランくんは私に対してこう、ねっとりするのか分かりますか?」

隣に座っているエランさんにエランくんに聞こえないようにこっそりと聞いてみる。本当に理由が検討もつかなかった。

「どうして?簡単な話だよ。君の前でいい恰好をしようとしているんだ。空回りしてるけど」

「え……?そうだったんですか?全然気づかなかったです……」

予想外の返答だった。てっきりからかっているものだとばかり……

正直に言うと格好つけようとしているときより何でもないときの方が好きだと思う。

「空回りしてる上に気付かれていないなんて、哀れだね」

エランさんがフッと鼻で笑いながらつぶやいた。平坦な口調だけど、何となくバカにしている響きが感じ取れる。

「僕の悪口が聞こえた気がするなあ」

「気のせいだよ」

耳ざとく聞きつけたエランくんが割り込んでくる。

「まあいいや。サーモン握り出来たよ、どうぞ」

エランくんが置いた皿の上には、大根おろしが乗ったものと山わさびが乗ったもの、炙りとチーズ炙り、何も無しの生サーモンが乗っている。

皿の上の鮮やかなオレンジ色を眺めていると、エランさんが醤油を炙りサーモンにかけてパクリと食べてしまった。

「中まで火は通ってないけど、表面は香ばしい風味で美味しいよ」

「君のために作ったんじゃないんだけどねえ……炙りサーモンは新しく作るから、スレッタは気にせず召し上がれ♡」

やっぱり私に声をかけたエランくんはねっとりしてしまった。

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