離苦

離苦



※軽度のグロ&死ネタ

※本編以上のストレス環境下な悠仁が本編の数倍お兄ちゃんに懐いたルート

※宿儺は小僧と二人きりの渋谷廃墟ルートを邪魔した上に小僧に懐かれたお兄ちゃん絶対許さないマン

※以上OKの方は稚拙な幻覚でよければどうぞ!



脹相は笑っていた。


己のうちに巣食う怪物の、その不気味な静けさに気づかずにいられた己の浅はかさをどれほど呪っても尚足りない。

荒れ果て閑散とした渋谷の姿が眼球を通して臓腑を殴り、静寂が鼓膜を超えて脳髄を刺す痛みから逃れたくて努めて意識を止めていた。

男はそんな世界の中に浮き上がる異物だった。

「悠仁」

奇妙な出立は廃墟に馴染まず、穏やかな声は束の間静寂を掻き消して心の臓に溶けるように響いた。

夜に押し潰されそうで、陽に焼き尽くされそうで、そうなってしまいたいのに怖くて、怖くて、怖いと思う自分の恥知らずぶりが何よりも怖くて。

気づけば男の姿を探して、意味もなく話しかけては変わることのない穏やかな声に耳を澄ませていた。

悪夢を見たとウソをついた、大きな手が頭を撫でてくれるから。

意味もなく立ち止まった、慌てて駆け寄ってくる足音を聞きたかったから。


「お兄ちゃんは、ずっと悠仁の味方だぞ」


救われていた、心から、全てが。

ただそこに居てくれた。


それが、何を意味するかなんて、わかっていたはずなのに。



×××××



「嫌だ、嫌だ、そんなの、俺はっ…!!」

何一つ言葉なんて通じやしない、わかっていても俺の口は馬鹿みたいにおんなじ言葉を吐き出していてそれをコイツは花畑でも眺めるみたいに目を細めてジッと見て見つめて見下ろして悍ましくて恐ろしくて吐き気がする。

日に日にこの顔を伏黒のものだと思えなくなっていく、この世の悪意の全てを煮詰めた酷薄がにぃと歪んで俺を見据えている。

「何故だ小僧、ようやく有象無象どもから逃れて二人きりの旅路だったと言うのに」

「アレは度し難い罪人だ。小僧もそう思うだろう?」

「業腹であろう、許せぬだろう。俺も同じ気持ちだ。故に小僧、お前に問うているのだ」


さあ、どんなふうにアレをころしてほしい?


「い、やだ…宿儺、やめてくれ……」

一週間と、少し。脹相と過ごす放浪の最中、呪いの王は沈黙を保っていた。俺はその意味を考えなかった。この化け物が何を考え何を思うのかなんて俺には想像出来っこないと、どうせいつもの気まぐれだろうと。

そんな風に自分を甘やかして、その結果がこれだ。

突き付けられている、脹相の死を、その過程を、決定しろと。

喉の奥がヒリついて唾液がこびりついてうまく飲み込めずにむせ返った。

頭が真っ白になる、どうしてもっと早くあの優しさを突き離さなかったんだろう、だって宿儺は何も言わなかった、マルもバツも、なんで急に、違うきっと急じゃなくてずっと、ずっと怒ってた、俺が怒らせた、俺が脹相に一緒にいて欲しいってそう思ったから、だから宿儺は、

「疾くせよ、小僧。遠慮はいらん、望むままを言ってみろ」

「いや、だ……」

「もう一度聞く、あの痴れ者を、どう殺して欲しい?」

「嫌だって言ってんだろ!!!」

ビリ、と空気が震えるほどの大声をまだ自分が出せることに驚いた。

考えられるはずが無かった、生きていて欲しい、アイツから弟を奪って、奪った分際で浅ましくアイツの優しさに縋って生き延びてなんでそんなことが出来る。

生きていてほしい、望んで良いのなら、出来ることなら幸福であってほしい。

「宿儺、頼むから…」

瞬間、許してくれとその膝に縋りつけばなんて幻想を掻き消すように快活な声が響き渡った。

「そうか!小僧には決められぬか!ならば俺が案を出してやる、小僧はそこから選ぶだけで良い」

全く俺も甘くなったものだと宿儺が笑う。


最悪の間違いを犯したのだと、その時ようやく気がついた。


「膾にしようか、焼き尽くそうか、一息に終えてはつまらないものな、そうだな例えば……」


ヒュウヒュウと自分の呼吸ばかりが聞こえてくる、この世界に、そんな苦痛が存在すると想像さえ出来なかったような残酷がいくつもいくつも並べ立てられてゆく。

「どれがいい、小僧」

「ぁ……え、……?」

「ケヒッ、そうかそうか、【全て】か」

「す、べて……?」

「反転術式はタダではないのだぞ?ここまで俺をコキ使おうとは、裏梅が聞いたら卒倒するぞ」

「すくな、なにを…」

「良い、小僧は特別だ。お前のためなら俺はなんだってしてやろう」



ごめんなさい、脹相。ごめんなさい、みんな。

おれが、いきていて、ごめんなさい。



×××××



脹相は笑っていた。

その口が動く限り、穏やかな声が響き続けた。


大丈夫だ、悠仁。

——足を潰されながら笑っていた

お兄ちゃんは強いんだ、こんなのは全然へっちゃらだ。

——目を抉られながら笑っていた

優しい弟を持てた、兄としてこんなに幸せなことはない。

——腹を裂かれながら笑っていた

悠仁、お前は自慢の弟だ。

——俺は多分、叫んでた


気づけば脹相の首に両の手を絡めて渾身の力を込めていた。数えきれない死、数えきれない蘇生、数えきれない苦痛。苦痛。苦痛。

俺の目からボタボタと落ちる雫が脹相の顔を汚していく。

ずっと終わらないのならせめて、可能な限り静かに、痛くないように、

脹相の唇が動いた。

ありがとう、と、聞こえた気がした。

きっと幻聴なのだと思う。俺にそんな言葉をもらう資格はないから。


ゴキリとひどい音がして、

俺の頭を撫でた手が、ぱたりとおちた。


「なるほどな、趣味が良いではないか、小僧」

すくなのこえがする、

「コレはそもそも九相図であったな、確かに刻んでしまっては惨めに腹が膨れあがることも無い」

おれがころした。

「時間はいくらでもある、コレが蛆と畜生に食い漁られる様を心ゆくまで眺めると良い」

もういたくないなら、それはきっとよいことなんだとおもう。


一息に首を落とせとでも言っておけばこうはならなかったのになぁ、小僧も全く贅沢な。

まあ良い、そんなところも可愛らしい。


大きな手が、俺の頭を撫ぜた。

酷く耳障りなおとがきこえた。

俺は叫んでいた。俺は叫んでいた。俺は叫んで。そして。


呪いの王は嗤っていた。


Report Page