離れていても、お前は一生…前編

離れていても、お前は一生…前編


​───────​───────​───────​───────


『みんなー!!やっと会えたね!!ウタだよ!!!』


……なんだ…これは……?


『海賊よりも歌手になりたいって思ったから!』


どこだ、ここは…?


『みんなはさー!海賊をどう思う!?』


何が起こっている…体が思うように動かない


『あんた新時代には………いらない』


あれは……ウタ…なのか…?モヤがかかってよく見えない


『シャンクスは私を捨てたんだよ、来るわけない』


おれがウタを…?何の話だ


『もう…引き返せない…!!新時代を!!!』


おい!!何だこれは!?何が起こっているんだ!!?


『歌わなきゃ……みんなを元に戻してあげないと』


喋るなウタ!!早く薬を…!!


『ただ一つの…ゆめ……けっしてゆずれ…ない……』


ウタ!!待て、それ以上先にいくな!!待ってくれ!!おれはまだお前に何も…!!!ウタ!!!!


​───────​───────​───────​───────



「待て!!!……………ここは、おれの部屋…か」


レッド・フォース号船内にあるシャンクスの部屋。その中で片足半分のみをベッドに乗せ右腕を天井へと届くように伸ばして目を覚ましたシャンクス。何かを追いかける、引き留めようとしてたであろう天高く伸ばした右腕を眺めて何を引き留めようとしてたか思い出そうとする。

何か酷く胸騒ぎがする悪夢のようなものを見ていた気がするが全く思い出せない。それでも断片的な記憶でも掘り起こせないかと胡座をかき必死に頭を捻るシャンクスだったが、いよいよそんな事を考える事も出来ない程の頭痛が襲いかかってくる。


「痛たたた!!……はァ、これ以上頭を働かせると割れちまいそうだ……昨日の酒がまだ残ってやがる」


先日失った左腕の部分を見下ろしながらそう呟いたシャンクスは一旦水を飲もうと立ち上がりおぼつかない足取りでキッチンへと向かう。

その道中、そこかしこでぶっ倒れいびきをかいて寝ている野郎共を見て昨日は大騒ぎだったなァ…とシャンクスは思い返す。友達を救う為に左腕を失った後に船医であるホンゴウから治療を受け絶対安静としてベッドに寝かされ、昨日ようやく治療終了の宣告を受けたお頭の快気祝いだと海賊団全員で飲み明かしたのだ。

手始めにマキノが営む酒場に集まりそこの酒を飲み尽くし、それでも飲み足りず船に置いてあった酒をありったけ飲もうと船の上で二次会を開き飲み倒し、みんな仲良くぶっ倒れたのだった。

キッチンへと辿り着き水を飲み、いくらか頭痛も和らぎバカな事をしたなと冷静な思考を巡らせるシャンクスだったが、そもそも船の上での二次会を提案したのは他でもないお頭本人なのだ。後悔先に立たずとはこの事だ。

だがまァ、過ぎたことはしょうがない!と持ち前の前向きさを発揮し既に天高く昇っている日差しに当たろうと甲板へ上がると、そこにはちょうどいいサイズの樽に腰かけタバコをふかしている頼れる副船長の姿があった。


「ようベック!朝っぱらから随分と辛気臭いツラしてんなァ」

「もう朝って時間でもねェだろ……しかし意外だな、あんたが一番に起きてくるとは…てっきり今日は夕べまでは酔い潰れると踏んでたが」

「随分な言い草だなおい!まァおれもそうなるんじゃねェかと思ってたが…あんまり目覚めの良くねェ夢を見ちまってな……内容はもう覚えてねェんだが」

「悪夢みてェなもんか?そりゃ災難だったな」


軽い雑談を交えたところで辺りをキョロキョロと見回すシャンクスは部屋からここまで来る途中にも探していた人物が甲板にも居ないことを不思議に思う。一瞬でも視界に入れば見逃すことのない紅白頭が見つからないのだ。


「なァベック、ウタはどこだ?ここまで来る途中も探してたんだが見つからねェんだ………まさかまた山賊か何かに!?」

「落ち着けお頭…昨日はここで飲み倒そうって前にマキノんとこにルフィ共々預けただろうが……あいつらは着いていきたがってたがな」

「あァ!そうだったな!!マキノさんに預かってもらってたんだったな!!いやァ良かった……ルフィばかりかウタまで攫われちまったらどうしようかと…!!さて、それじゃあおれは迎えにでも……」

「待て」


愛娘を迎えに行こうと船と港を繋ぐ階段を渡ろうとするシャンクスをベックマンが制止する。一体どうしたのかと振り返ったシャンクスは先程までの和やかな雰囲気とは正反対のベックマンの真剣な眼差しに気圧される。


「どうしたんだベック…?なんかあったのか……?」

「……さっきあんたはおれに辛気臭いツラだとか言ってたな……おれの中で一つ決めたことがある…それを思えばそんなツラにもなるだろう」

「決めたこと…か。一体何を考えてたんだ…?」

「ここじゃ話せねェ。他の連中が起きてきたら色々と面倒だからな…出てきたとこ悪ィがあんたの部屋で話そう。そこなら勝手に入ったり聞き耳立てる不逞な輩はこの船にはいねェしな」


起きる気配のない船員達をそれでも起こさないように慎重に歩を進めシャンクスの部屋へと入る二人。その部屋の主はベッドに腰かけ、副船長は椅子を引っ張り出し座り込む。向かい合った二人の内、先に口火を切ったのはベックマンの方だった。


「さて……話そうか。おれが決めたことっていうのは、ウタの話だ」

「……ウタの?ウタがどうかしたのか?」

「とぼけるなよお頭。これはあんたの……いや、おれ達全員がどうするか考えなきゃいけねェ事だったはずだ。あんたも一応、それなりに考えてはいたんだろうが……」

「……それならもう結論は出ただろう!!あいつはおれ達の家族で、この船の音楽家だ!!あの日の夜、そう言っただろう…!?」


あの日の夜、それはエレジアでシャンクスがウタに音楽の都に残って歌の勉強をしないかと問いかけた日の事だ。だがウタはそれを頑なに拒みシャンクス達といることを選んだ。

それから最後の機会だとエレジアの音楽院の者達がウタに色々な歌を歌わせようと集ったパーティーの時にシャンクスは仲間達にウタは赤髪海賊団に残ると話したのだ。シャンクスの言う結論とはその事だったのだが…


「それはあの時点での話だ。その後に起きた事件を考えればいくらか改める余地はあるだろう…」

「………あれか……あまり思い出したいものでもねェが…」


シャンクス達赤髪海賊団を、エレジアに住む人々を、何よりウタを襲ったあの日の事件。それは誰にとっても気分の良い思い出などではなかった。



​───────​───────​───────​───────


エレジアに残されていた"Tot musica"という伝説的存在。魔王とも呼ばれるそれがウタを誘い取り込み、その有り余る力を奮い始める。

その圧倒的な驚異に対して赤髪海賊団が奮戦し、船長である赤髪のシャンクスの一撃により魔王が仰け反り、この世のものとは思えないような悲鳴を上げ霧散すると取り込まれていたウタが降りてくる。それを受け止め抱えたシャンクスは必死にウタへと声を投げかけていく。


「ウタ!ウタ!!目を覚ましてくれ!!ウタ!!!……ッ!ホンゴウ!!!」

「ああ!!今行く!!!」


どれだけ声をかけ揺さぶっても目を覚まさない愛娘を見て自分が診るよりも確実だと判断し、少しばかり距離をとっていた船医のホンゴウを呼びつけウタの容態を確認させる。

脈はある。呼吸もしている。しかし目を覚まさない。先刻まで魔王が暴虐の限りを尽くし焼け野原となったこの地ではまともな診断も治療も出来ないとホンゴウは判断する。


「ここじゃダメだ!!一度船に戻って様子を…!!」

「その必要は…おそらくないだろう……」

「…ゴードンさん!!?何してんだあんた!!安静にしてろって言ったろ!?」

「大丈夫だ……少し歩くくらいならばな……そんな事より私にもウタの様子を見せてはくれないか…?」

「あ、あァ…構わないが……わかるのか?今のウタの容態が…」

「あァ……この娘は能力を使うとすぐ眠ってしまうのだろう?呼吸をしているところを見るにおそらくそれと同じ状態だ。何をしても反応がないのは体力を使い果たしているからだろうな…」


今はただ眠っているだけ。体力を使い果たしているという点が気がかりではあるがとにかく大事には至っていない事を知りシャンクス達はホッと胸を撫で下ろす。

いくらか冷静さを取り戻したシャンクスがそういえばと、魔王が出現した直後の出来事を思い出す。

魔王が現れた時、周囲にいた赤髪海賊団とゴードンら音楽院の者達は激しい風圧に晒され吹き飛ばされてしまった。近くにいたことで何とかゴードンだけは守ることに成功したシャンクスだったが、その場にいた他の者達は赤髪海賊団を除いて息のある者はいなかった。

そして魔王が暴れ回り、大きな火の渦が立ち上る度に崩壊していくエレジアを目にしたシャンクスは何が起きたのかを知ろうとゴードンから話を聞こうとしたが「なぜ魔王が……まさかウタは……しかしなぜ……」とうわ言のように言葉を発するのみでとても話を聞ける状態ではなかったのだ。

とにかく目の前で暴れ回ってる化け物がウタを取り込んでいるのならばぶっ倒す他ない。そう考えたシャンクスは頼れる仲間達と共にウタを救う為決死の戦いを挑み、今に至る。


「……ゴードンさん。ウタを取り込んでいた化け物が出てきた後、あんた魔王がどうとか言ってたよな?……あれは何だったんだ?ウタと何か関係があるのか…!?」

「…………先程までは話す暇もなかったが、そうだな……全て話そう。君達には知る権利がある」


そうしてゴードンの口から語られたのはエレジアに遺された"Tot musica"の話。それがウタウタの実の能力者と深く関係している事や、その性質と凶悪さ、代々エレジアに伝えられてきた全てがシャンクス達へと語られていく。


「………そうだったのか。すまん……こいつがウタウタの実の能力者である事を伝えていればこんな事には……」

「いや…君達は何も悪くない。悪いのは私だ……最後の機会だと国中にこの子の歌が届くようにしてしまったのが災いしたのだ……まさか楽譜自ら地下に施された封印を解くとは思いもよらなかった…!!」

「あァ…しかしだな……いや、これ以上過ぎたことを話していても仕方ないな。とにかくウタを安全な所へ移そう!……城のあの辺りは比較的まだ綺麗だな」


シャンクスが目をやった先には他の建物が軒並み崩壊している中その形をかろうじて残しているエレジアの城があった。あそこには天蓋の付いてるベッドがある。

ウタはその部屋を目を輝かせて見ていたな…と思い出したシャンクスはウタを抱き上げ赴こうとするがそこへ風雲急を告げる報せを赤髪海賊団の狙撃手・ヤソップが知らせてくる。


「お頭ァ!!海軍の軍艦が一隻こっちに向かってきてやがる!!!おまけにあちらさんには今追い風が吹いてやがる…!!すぐにここまで来ちまうぞ!!」

「何だと!!?いくら何でも早すぎる…!!スネイク!!追い風があったとしてもここから一番近い海軍基地からこれだけの速度で来れると思うか!?」

「いや、まず不可能だ!!だがこの近くを巡航してた軍艦が通報を受けて来たってんなら説明はつくが……!!」

「そうか……だが軍艦が見間違えって線は……いやないか。ウチの狙撃手が船を見間違えるはずがねェ」


これまでの航海の指針を打ち出してきた航海士の憶測と追撃者と呼ばれる程の狙撃手の目測に間違いはないとシャンクスは結論付ける。

それは他の船員達も同様で、逃げるか戦るかどうするかと動揺が広がる中、副船長が喝を入れる。


「狼狽えてんじゃねェお前ら!!おいお頭、早く指示を出せ!!……これはおれの予想だが今来てる軍艦はスネイクの憶測通りたまたま近くにいたのが来てるだけだろうが、エレジアがこんな惨状なんだ。そう遠くない内に海軍基地から軍艦が押し寄せて来るはず……魔王とやらと戦っておれ達の消耗は激しい。一隻や二隻ならどうにかなるがそれ以上となると厳しいぞ」

「あ、あァ…そうだな……ここはさっさと逃げるべきところだよな…わかってはいるんだが…!!」

「ん…?何だ、何か気になる事でもあるのか…?」

「そんなんじゃねェんだが………!!クソッ!!」


何でだ!?なんでこうなる!!!おれはただこいつに、ウタに自由に歌って欲しかっただけだ!!その為にエレジアにまでやって来て歌の勉強をしてもらおうと……!!そりゃあウタにはおれ達と一緒がいいと突っぱねられちまったが、それならそれでやりようはいくらでもある!おれ達が今フーシャ村でしてるようにエレジアに留まればおれ達と共にいながら歌の勉強をさせてやれるし他にも……とにかくやりようはあったんだ!!

ここにはウタに良くしてくれる音楽を愛する人達が沢山いた。国を挙げて歓迎してくれる王もいた。だがそれももう、王一人を除いて誰もいない。この焼け野原と化した地に埋もれて誰もいない。何もかもが消えてしまったのだ。

この地ならばウタに海賊以外の生き方を導けてやれると確信に近いものを持っていたシャンクスはやりきれない思いを抱かずにはいられなかった。

だが感傷に浸り続けることを迫り来る軍艦が許してはくれない。もはや一刻の猶予はないと城へ向かおうとしていた足をレッド・フォース号へと向き直す。


「すまないゴードンさん…どうやらおれ達はもう行かなきゃならねェらしい……もっとちゃんと治療してやりたかったんだが」

「君が気に病む必要はない。それに海軍に頼めば治療くらい受けさせてもらえるだろう……………時にシャンクス、この惨劇をウタにはどう伝えるつもりなんだ?ここから出ていく君達の船を見れば海軍はこの惨劇を君達の犯行だと断定するだろう……私がやった事にしてもいいのだが、私一人では国を失った王の妄言だと捉えられかねん」

「そうだな……何かいい言い訳でも考えとかねェとウタに幻滅されちまうだろうな…こいつが目を覚ますまでには考えとくよ」

「それならば私から二つ提案がある。一つ目は今回の事件は表向きでは君達がやった事になるが実際にはこの国を狙った凶悪な海賊の手によって壊滅させられた。君達赤髪海賊団はそれを阻止しようと戦い、後に出航していく君達を見た海軍が犯人は赤髪海賊団だと決めつけた……というのはどうだろうか?この認識を私と君達で共有したいのだが…」

「………まあ、構わねェが…どうしておれ達とゴードンさんが同じ認識でいなきゃならねェんだ…?」


ウタに対するちょうど良い言い訳を考える手間が省けはしたが、それをなぜゴードンが提案してくるのかが分からないと疑問を投げかけるシャンクスにゴードンは頷き、その意味を露わにする。


「その理由が二つ目の提案にある。これを君に渡したい」

「これは……数字の並び…電伝虫の番号か?」

「その通り……それは私の電伝虫の番号だ。二つ目の提案とは先程の認識を互いに持った状態で電伝虫越しにウタに音楽の指導をつけさせて欲しいというものだ」

「…ウタに……音楽の指導を…!?それは一体どういう……」

「………君はその娘に音楽の、とりわけ歌の勉強をさせてやりたかったのだろう…?」


ウタに音楽の指導。それに至る事がシャンクスにとってこの国に訪れた最大の理由であった。それを音楽家としても一流であるゴードンから提案されるのは願ってもない話ではあったが何故それらをゴードン自ら提示するのかがシャンクスには理解出来なかった。

何かを企むような男では無い事は国中を案内されている時に分かった事でもある上に、この惨状で謀りも何も無い。純粋に疑問ばかりが浮かぶシャンクスにゴードンは助け舟を出していく。


「………すまない。あまりにも突然の提案で混乱させてしまったな……確かに君からしてみれば突拍子もない事だったろう……だが、私が以前ウタに対して言った事を覚えているだろうか…?」

「…あァ覚えているとも。こいつの歌声は世界の宝だと、そう言ってくれたな。あんたほどの男にそう言われておれも自分の事のように嬉しくなったもんだ…」

「………その思いは今でも変わらない。たとえこんな惨劇が起きようともその歌声を腐らせるわけにはいかない…!!私はこの国の王として…いや、一人の音楽家として!!その歌声を花開かせねばならない!!!……それがこの国でたった一人生き残った私の使命なのだと…そう、思うのだ……」

「そうか…そういう理由が……だが、おれ達は海賊だぜ?こいつの歌が上手くなってもおれ達と一緒なら結局……」

「構わないよ……その娘は君達の船の音楽家なのだろう…?別に君達の関係に首を突っ込もうという訳ではない。ただ単に私がウタへ指導をつけたいというだけの話なのだからな……」


ゴードンの決意が確かなものだと悟ったシャンクスは手渡された一枚の紙を懐にしまい、ウタを抱える腕に力を込める。


「……あんたの決意、確かに受け取った……………そうだよな…海賊だろうが魔王を呼び出そうがなんだろうが、こいつの歌声に罪はない…………それじゃあ改めて、おれからも頼む!こいつに…ウタに音楽の指導をつけてやってほしい!!こいつは音楽の神様にでも愛されたすげェ才能を持った自慢の娘なんだ…!!頼む!!!」

「あァ…!!承知した!!エレジアの王ゴードンは音楽を愛していた全ての国民に誓おう!!必ずその娘を世界中を幸せに出来るような最高の歌い手に育て上げる!!!」


海賊団のお頭であり一人の父親でもある男と一国の王であり一人の音楽家でもある男が約束を交わす中、お頭を呼ぶ声が響き渡る。追い風となっている事で通常よりも早くエレジアに着港するであろう海軍の軍艦が目と鼻の距離にまで差し迫っているというのだ。


「出航の準備はあらかた出来てる!!早く来てくれお頭ァ!!」

「わかった!!今行く!!…すまねェゴードンさん、もうこれ以上ここには留まれねェみたいだ。お互い落ち着いた頃合いを見計らってまた連絡する!」

「あァ…気をつけていきたまえ」


別れの挨拶もほどほどに小走りで船へと向かったシャンクスはウタを自室のベッドへと寝かせるとすぐに出航の合図を出す。当然、間近に迫っていた海軍は逃げるように船を出していく赤髪海賊団を追いかけ砲撃していく。

ビルディング・スネイクの手腕により巧みに海軍の追跡を撒いた赤髪海賊団は長らく拠点にしているゴア王国・フーシャ村へと帰還していく……


​───────​───────​───────​───────

Report Page