離れていても、お前は一生…中編
エレジアでの一件後、海軍の見立てと状況証拠からエレジアを滅ぼしたのは赤髪海賊団とそれを率いる"赤髪のシャンクス"であると世間に大々的に報じられ、それから紆余曲折を経て今に至る。
ゴードンとのやり取りはともかく、基本的には思い出したくない記憶を思い起こしていたシャンクスは現実へと意識を戻し、目の前にいるベックマンへ向き直る。
「……確かに、お前の言う通りいくらか改める余地はあるのかもしれねェ……それはおれもわかってはいる……なら聞くが、お前はどうしたいベック?決めたことがあるとか言ってたが、まずはそれを聞かせてもらおうか」
「あァ…まず選択肢を二つ考えた…ウタをこの船に残すかフーシャ村に託すかの二択だ」
「…………まァ、そんなとこだろうとは思ってた……それじゃあ残す場合はどうするかを聞こうか」
ウタをこの船に残すかどうか、その内シャンクスが最初に聞いたのはウタ本人の希望でもある残留となる場合だ。
それに対しベックマンは背もたれに寄りかかったまま自身の考えを示していく。
「…大前提として、おれ達は次の出航でフーシャ村へは帰ってこない。つまりウタを託すに値する場所にはもう戻ってこないことを意味している。そうなりゃもうウタをどこかに託そうなんて話はあいつが望まねェ限りは二度と起こらねェ……今まではあいつを海賊船に置きながら娘だなんだと甘やかしてきたがそうはいかねェ。おれはウタを本当の意味で"海賊の娘"として扱うことにする」
「本当の意味での"海賊の娘"……か…そりゃあ一体どういう…」
「それはあんたが一番わかってるはずだろう…ウタぐらいの歳の頃には見習いとして海賊船に乗ってたんだろ?それと同じだ」
「同じって……!!まさかあいつに戦闘でもさせる気か!?」
かつて海賊王ゴールド・ロジャーの船に見習いとして乗っていたシャンクスは自分がウタと同じ歳の頃に何をしていたかを思い返し、背筋が凍る思いがした。
まだ見習いで子どもでもあるために戦場の中心にまで向かう事はなかったが、それでも戦場の端っこで同じ見習い仲間と共に敵と一戦交えていた過去を持つシャンクスは自分にとって何にも代え難い存在であるウタに同じ経験はしてほしくはなかったのだ。
戦えば当然傷つくし、その上相手の命を奪う事もあれば下手をすれば自らの命をも落としかねない戦場にウタを連れていきたくない。だからこそこれまでは戦闘が起これば船番をさせるし、それが出来なきゃウタの安全を確保する為に脱兎の如く逃げる事も厭わなかった。
それらを言葉にせずとも痛いほど伝わるような表情で訴えかけるシャンクスだったが、ベックマンを物怖じせずに淡々と言葉を続けていく。
「まァ…いきなり戦闘をさせやしねェが、一般的な海賊見習いくらいのことならすぐにでもやらせるつもりだ。砲弾やら大砲、デッキを磨くのは当然として帆を畳んだり広げたり……見習いがやるようなことは船上にはいくらでも転がってる」
「そうか…それくらいならまだ……いやしかし、そんなことさせたらあいつの服が汚れちまう!おれ達のと違ってあいつの服は少しばかし値が張る上に嫌がるぞ?」
「海賊が服の汚れなんざ気にするか?んなもん洗えばいいだろ……だがおれが一番やらせたいのはそんな雑用仕事じゃねェ…戦闘訓練だ」
「戦闘って……!!それはさっきさせねェって…!!」
「いきなりはさせねェと言ったんだ。そうだな…目安としちゃ、あいつが10歳になる頃には銃の一つも撃てるようにさせておきてェな。剣…はまだ振れねェだろうがナイフの振り方くらいは仕込んでおきたいところだな。それから……」
「……いい加減にしろベック!!!……なんで……なんであいつにそんなことをさせようとするんだ…!!あいつは……ウタは…おれ達の娘で……!!」
ウタに銃を、ウタにナイフを、などと聞きたくもない言葉が羅列されていき、シャンクスは思わず声を荒らげてしまう。
だがそれにも一切動じる姿勢を見せないベックマンは必死な表情のお頭にむしろ呆れたように目を細める。
「………確かにウタはおれ達の娘だ。だがその前に海賊…おれ達赤髪海賊団の"音楽家"だろう。それにさっき挙げてったやつらも多少はウタの護身に役立つはずだが…?」
「それはそうかもしれないが……!いや待て…そうだ!ウタはウチの"音楽家"じゃないか!!音楽家ってのは基本的には非戦闘職…だったら音楽家であるウタに戦わせる必要はねェじゃねェか!!そうだろうベック!?」
「……パンチとモンスターは?」
「あいつらは例外だ!戦う音楽家ってやつだな!!それに対してウタは戦わない音楽家だ!!これでどうだ!?」
「それはウチに戦わない"何か"がいりゃあ成立する話だな…」
戦わない"何か"。その言葉に一瞬頭を捻るシャンクスだったがその意図するところがなんなのかがすぐに分かり反論しようとするも、それより先にベックマンが口を開く。
「コック…船医…航海士…どれも戦闘職ってイメージはねェがウチにいるそいつらは随分なやり手揃いだ。ルウは巨体を利用した肉弾戦や早撃ちが得意で、ホンゴウは敵の武器を速攻でバラしちまうし、スネイクは刀二本を巧みに操ってる。さっきの音楽家コンビも然り…ウチの基本方針は、戦闘は全員でこなすものだったはずだ。そこで一船員を娘だのなんだのと言って船長自ら贔屓すればいつか瓦解する……おれはそう考えてるが、違うか?」
「…!!……ッ!!…違わねェ……船員の意見を船長が意に介さない海賊団はいつか必ず綻びが生まれる…今まではお前もウタを甘やかしてたが、もうそうじゃねェんだもんな……」
「そういうことだ。とりあえず残す場合についてのおれの考えはこんなところだな。さて、次は託す場合の話だ」
話は次の段階、ウタを船から託す場合の話へと進んでいく。それをシャンクスは無言のままベックマンに続けるよう促す。
「ウタをこの船からフーシャ村に託す場合だが…さっきも言った通りここ以上に適した場所はねェとおれは考えてる」
「…その点については同意見だ。ウタにとってここ以上に良い場所はない」
彼らの言う通り、ウタにしてみればフーシャ村以上に定住するのに適した場所はこの広い海の中において他にないだろう。
東の海の辺境に位置する事で厄介な外敵に晒される可能性も低く、その上政府加盟国であるゴア王国に半ば忘れられた形とはいえ属する事で海軍による安全も保障されるのだ。
「だろうな。立地や政府加盟国だとか色々あるが…一番デカいのはウタがここに馴染んでるってとこだ」
「あァ…ルフィやマキノさんはもちろん、村長や他の村民達にもおれ達含めウタには良くしてもらってるからな。今までの島じゃこうはいかない…」
「あんたが『この街は気に入らねェ』だの『次の島の方がいい』だの駄々こねた結果でもあるがな」
ウタを船に迎えてすぐの頃は「港に立ち寄った時にでも海軍に預けよう」などと無難な結論のもとウタをどうにかしようと一応動いてはいたが、何かと理由をつけて先送りにしてきたのだ。
「これについてはおれも言えた口ではないな」とベックマンが自嘲気味に笑ったところを見て反論しようとした口を噤んだシャンクスはフーシャ村に住む馴染みの人達を思い浮かべる。
「だが本当に……ウタが定住するならここが一番なのは疑いようがない……それに今はこれがある」
「そいつは…エレジアで渡されたやつか」
「あァ…こいつに書かれた番号に連絡すりゃ音楽の都の王直々に指導してもらえるってんだ。政府や海軍に傍受されねェように前にゴムゴムの実と一緒に奪った白電伝虫を使えば奴らに妙な疑いをかけられることもない……」
「…おれが言おうとしてたことが次から次にあんたの口から出てきやがる…随分と乗り気だな?ウタをここに託す方向に……」
ベックマンから思いもかけない言葉を投げかれられシャンクスはハッとする。
自分がウタを託すのに前向きだと言われそんな事はないと振り切ろうとするが、でなければ先程の自分ですら驚くほどにスラスラとウタを託す場合の行動を言葉に出来た理由の説明がつかない。
「………分かってはいるんだ……ここには歳の近い仲の良い友達も、面倒を見てくれるだろう人も、場所も…才能を伸ばす手段もある…!やっと辿り着いたんだ……あいつがおれ達みてェな無法者なんかと過ごさずに生きていける場所に……!!だが……」
「…だが?」
「ウタは……赤髪海賊団の"音楽家"だと……おれ達と離れるのは嫌だって言ったんだ……!!こんなに嬉しいことがあるか!?」
シャンクスは葛藤していたのだ。
エレジアでウタからはっきりと示された自分達と離れたくないという意思。それを尊重してやりたい気持ちはあったが心の中ではウタをフーシャ村に託す方向に傾いてもいる。
それは何もウタにとってフーシャ村が定住するのに適しているからだけではない。
「だがなベック……今回のエレジアでの事件…表向きにはおれ達がやった事になっちゃいるが政府や海軍の上層部はトットムジカの存在を疑うだろう。おれ達がエレジアを襲ったのはそれが目的だったと邪推されるかもしれねェ……そうなりゃ次に始まるのは犯人探しだ。ウタウタの実の能力者が誰かを探るはず…」
「……そこで女っ気のない海賊団の中に一人歌の上手い女の子がいりゃ真っ先に疑われるだろうな」
「あァ……そうでなくても国を一つ滅ぼしたって悪名が轟いちまったんだ。今まで以上に海軍の追っ手や挑んでくる海賊の量も質も上がる……今後の進路も考えりゃ今までみたくあいつを乗せて気ままに航海、なんて出来ねェだろうとも……おれは思う」
「……ならあんたはどうしたいんだ?あいつの意思を尊重するのか、自分の望みを叶えたいのか……」
「それが分からないんだ……おれはあいつの意思を尊重してやりたい…!!だがそうしたらウタの身に危険が迫っちまう!!だからここに託していきたいがそれはあいつの意思を無視することになる……!!なァベック、おれはどうしたらいい?どうするのがあいつの親として正しいんだ…?」
お頭から二律背反する思いを吐露されたベックマンはふかしていた煙草を口元から離し、煙と共に一息吐いてからゆっくりと口を開き始める。
「…答えなんてモンはどこにもねェ。だが一つだけ言えることがある。それはおれ達は万能じゃねェってことだ」
「万能…?間違う時もあるとかそんな話か?」
「それもあるが……あんたの左腕。それはどうしても失わなきゃならねェやつだったのか?」
「…そりゃあお前、失わないに越したことはねェがルフィを助けるためだったんだ。友達を助けるのに腕一本くらい…」
「安いもん…か。正直なところ、ルフィの命とあんたの左腕が天秤にかけられたらおれはあんたの左腕を選ぶ。苦渋の選択ではあるが…副船長としては当然の選択だ」
ベックマンの言う事は正しい。副船長としては最近仲良くなった友達のガキよりも船長の腕を守ろうとするのは当然だ。シャンクスもそれは理解しているために特に反論などせずにベックマンの話を黙って聞いていく。
「そう…副船長として取るべき選択はあんたを守ることだ。だが実際はどうだ?あんたを守れないばかりか、そもそも選択することすら出来なかった……これを力不足と言わずになんと言う…!」
「まァいいじゃないか…腕を失いはしたがおれもルフィも生きてるんだ。別に問題は…」
「…今回はそれで良しとしても今後はどうなる?あんたのさっきの話を考慮すれば次に危険な目に遭うのはウタだ。友達を救うのに腕を差し出すようなあんたは…娘を助けるために今度は何を差し出すんだろうな…?エレジアの件も然り、その左目の傷も然り…守るべきものを思うようには守れねェと今回の件でおれは確信した……だからこそ何にも代え難い娘をここに託すか、自分の身は自分で守れるようになってもらうかの二択におれは…!!」
ウタをどうするかの結論に至ったベックマンの背景をシャンクスは唖然とした表情で聞いていた。普段は激しい感情など見せないベックマンが声を荒らげ、その手に握る煙草が潰れんばかりに握りしめ灰が落ちるのも気に留めないのだから。
ひとしきり思いの丈を語ったベックマンはいくらか落ち着き、はァ…とため息を漏らし頬杖をつく。
「……らしくねェなおれとした事が……だが最終的にどうするかを決めるのはあんただぜ、お頭。これ以上おれ達で話し合っても仕方ねェ…肝心の当事者がいねェんだからな」
「…そうだな……とにかくベック!お前の考えはよく分かった。おれやウタの事をそこまで考えてくれてたんだな……ありがとう!やっぱりお前がいなきゃウチは成り立たねェな!!」
「今に始まったことじゃねェだろ……まァいい、それならさっさとマキノんとこ行ってやれ。あいつらもそろそろあんたに会いたくなってる頃だ」
「あァ、行ってくる!!」
副船長の思いを受け取りいくらか迷いが晴れたシャンクスは部屋を後にし、ウタとルフィの待つ場所へと歩を進めていく。
途中すれ違う村民達と軽い挨拶を交わしながら村の中心に近い場所に位置する酒場「PARTYS BAR」に到着したシャンクスはスイングドアを開け中へと進入する。その先で出迎えてくれる者の中に愛する娘と親友の姿はなく、若い女店主一人だけだった。
「あら船長さん!おはようござい…は、もう遅いですね。こんにちは」
「こんにちはマキノさん。今朝は散々だった…寝覚めは悪ィし頭は痛ェし、野郎共はそこら中に転がってるしでよ」
「飲みすぎなんですよ揃いも揃って。今日はお酒は控えてくださいね?」
「そいつァ出来ねェ相談だな。飲みたい時に飲むのが海賊さ…よっと」
自堕落な海賊の流儀を語りながらいつも自分が陣取っているカウンターの席に座るシャンクスを見てマキノは「まったくもう…」とため息をつく。
だが、呆れられてるのを気にも留める様子のない赤髪の船長はずけずけと自分の望みを要求していく。
「いやァしかし腹が減った…ウチのコックもぶっ倒れてやがったから起きてから何も食べてない……昨日の後片付けをしてるとこ申しわけないんだが、なんか作ってもらえないか?ピラフとかがいいな」
「申し訳ないと思ってるなら少しくらい手伝ってくれてもいいんですよ?それと今はご飯の用意が出来ないんです。昨日の大騒ぎでお酒だけじゃなくて食糧までほとんど食べちゃうんですから…」
「なに…!?メシまで全部食っちまったのかおれ達は!?……まいったな、今日は昼飯抜きか…」
昨日の自分達のバカっぷりに腹を立てるがそこから出てくるのは腹の虫が鳴く音のみ。またしても後悔先に立たずだ。
しかし過ぎたことは仕方ないと持ち直したシャンクスは本来の目的である探し物を探そうと周りを見渡すが、影も形もそれらは見えなかった。その様子に気がついたマキノは掃除の手を止めシャンクスに近づいていく。
「…ウタちゃんとルフィのこと探してます?」
「よくわかったなマキノさん。あいつらはおれのことが大好きだからな…そろそろ会いてェんじゃねェかと思って来たんだが、もしかしてまだ寝てるのか?」
「まさか!どこかの酔っ払いさん達とは違って、朝早く起きて残ってた材料で作った朝ごはんを食べたら店の前で仲良く勝負してましたよ」
「なるほど…まァ大方察しはついてたが……それで今日もそのまま山にでも登って勝負してるのかあいつらは…飽きないもんだな………なんで笑ってんだマキノさん?」
いつものパターンか、と分かりきっていたと言わんばかりのシャンクスの言動にマキノは少し微笑み、隣の席に座り「実は…」と話し始める。
「ウタちゃんとルフィですけどね…今日はおつかいをしてきてくれてるんです!それも自分達から進んで買って出てくれたんですよ!!」
「なに!?そいつは本当か!!?あのじゃじゃ馬共が進んで!?……なんか変なもんでも食ったか…?」
「さて、どうでしょうね〜…備蓄の補充に店内の片付けで忙しくしてる私のとこへまず先にウタちゃんがお手伝いを申し出てくれたんですよね〜…それに続いてルフィもなんかやるぞ!って言ってくれたので、色んなとこに足りない分を二人に買いに行ってもらってるんですよ。……危なかっしいところはあるけど、なんだかんだでいい子達ですよ、本当に…」
そのおつかいを生み出した元凶が昨日の自分達のバカ騒ぎじゃなければもっと素直に喜べたのにとボヤくシャンクスだったが、ふとこれはチャンスなのではないかと頭に過ぎる。
ウタをこの村に託すならば託し先であるマキノとの相性はもちろん、他の村民達と上手くやれるかどうかもとても重要な事である。マキノとの相性の良さは既に疑いようがないが、他の村民達と不和があるようであれば託すには不安が残ってしまう。
今まで培ってきたウタを他所に託さない理由付けの能力や勘がここ一番で冴え渡り、これまでの積み重ねも決して無駄ではなかったなと感慨に耽っていたが、ならば自分のすべき事は一つだと思い直す。
二人のあとをつけてウタと村民達がきちんと交流が出来ているかどうか確かめねば。
二人の様子を見に行くためと言い、今どの辺にいるかをマキノに聞くと、おそらく魚屋さん方面までは進んでるだろうと言われ、すぐに魚屋付近の身を隠せる場所まで辿り着いたシャンクスは二人を探し始める。
「さて…どこだあいつら………いた!魚屋で何か買ってる最中だったか」
気前のいいおっちゃんと人の良さそうなおばちゃんが切り盛りする魚屋でウタとルフィはおつかいの真っ最中。それをシャンクスは持ち前の見聞色と聞き耳をたてて誰にも気取られぬよう注意深く、彼らの会話と様子を伺っていく。
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「魚くれっ!!魚屋のおっちゃん」
「魚だけじゃないでしょルフィ!ここに書いてあるやつください!!魚屋のおじさん!」
「ようルフィ!ウタちゃんも!二人で仲良くおつかいか!!どれどれ…あいよ!!今用意するからちょっと待っててな!…しっかしマキノちゃんも羨ましいなァ、二人に手伝ってもらえるなんて」
「ええほんとに。それにしても随分と大荷物ねェ…ちゃんと運べる?」
おおよそ子供二人が運ぶ量ではない荷物を見て魚屋のおばちゃんは心配するが、二人はなんてことはないと言った様子だ。
「これくらいどうってことねェ!おれはきたえてるから一人でだって運べるぞ!!なのにウタのやつが自分も行くって言うからしかたなく一緒におつかいしてんだ」
「ハァ!?私が最初にマキノさんにお手伝いを買って出たんでしょうが!!しかたなく一緒に行ってあげてるのは私の方なんだから!大体あんた一人じゃまともにおつかいなんて出来ないでしょ!」
「何だと!!それを言うならなァ…」
「これやめんか二人とも!!店の前でケンカなぞするな!!」
『村長!!』
ヒートアップしていく二人の言い合いに待ったをかけたのは村長のウープ・スラップであった。マキノの手伝いをするのは関心だがそれで言い争いになるだのなんだのと耳にタコができる勢いでガミガミとお説教を始められ、ルフィとウタは耳を塞ぎ互いにべーッと舌を突き出し睨み合う。
それを見かねて村長をなだめようと向かいにある肉屋の店主が割って入っていく。
「まあまあ村長、そんなに言っても二人とも聞きゃしませんよ。それよりほら二人とも、ついさっき出来た焼き鳥だ!食うか?」
「もらっていいのか!?ありがとうおっちゃん!!」
「おじさんありがとう!!ん〜おいひい〜!!」
「甘やかすでない!!そうやって村中総出で甘やかすとだなァ……」
───────
……あァ、バカだなおれは。とんだ大バカだ。村民達との相性が悪かったら?不和?そんなもの…あるわけがないじゃないか。
わかってたことだ、最初っから。ここへ来た当初ならばともかく、今やウタばかりかおれ達のような無法者共まで受け入れてくれてるんだ。出航する時や帰ってきた時なんかは港で盛大に送り迎えをしてくれる彼らに対してなんて不義理な考えを過ぎらせてしまったのか。
「……結局、おれの方があいつを手放したくなかったんだな………だが…」
決心がついた。
あとはもう、それをウタに伝えるだけだ。
その前にウチの野郎共にもちゃんと話を通さなくちゃならない。あァいやその前に当事者であるマキノさんに伝えないとだな…そもそもあの人が首を縦に振らなきゃこの話はパーだしな。それから…
そうこうして今後のことに思考を巡らせながらマキノの店の自分の定位置まで戻ってきたシャンクスに未だ掃除中の店主が声をかける。
「あらお帰りなさい船長さん。どうでした?あの二人、ちゃんとおつかい出来てましたか?」
「あァ、ちゃんとやってたよ。途中ケンカになりそうだったが…村の人達がうまく仲裁してくれてな。もうそろそろ帰ってくるだろう」
「そうですか…全くもうあの二人は…ケンカするほど仲がいいとは言いますけど、ほどほどにしてほしいものですね…」
「ふふ…言っても聞かねェさ、あのガキ共は……それよりマキノさん、このあと少し時間あるか?ちょっと大事な話があるんだが…」
「ただいまー!!帰ったぞマキノー!!」
「おつかい済ませて来たよマキノさん!!あっ!シャンクス!!いつ来てたの!?」
シャンクスの大事な話は元気の良い二人の声にかき消されてしまう。おれはいいから二人を、と目配せをされたマキノによって荷物を回収された二人は身軽になった途端にシャンクスにまとわりついていく。
「ねェねェシャンクス!!私ね、マキノさんのお手伝いしてたの!偉いでしょ!?」
「おれだってマキノの手伝いしたぞ!!抜けがけすんなウタ!」
「オーオー偉いし凄いぞお前らー。おれ達が店の食い物も飲み物も全部枯らしちまったからな…ありがとうな!!」
「ええ、本当に助かったわ二人とも!はいこれ、喉乾いたでしょ?」
「うわ!ありがとう!」
「ありがとうマキノさん!…それにしてもジュースでそんなに喜ぶなんてまだまだガキね!」
そう言いながら自分も喜んでジュースを飲み下すウタに対して既に飲み干していたルフィが突っかかっていく。いつものパターンだ。
「何だと!?そんなに言うなら…ウタ!今日も勝負だ!!またおれの連勝記録更新してやる!!」
「連勝してるのは私の方でしょうが!!でもいいわ、私も連勝記録更新したいと思ってたとこだし受けて立ってあげる!!勝負の内容はあんたが決めていいわよ!!」
「それなら今日はまず崖登り対決からだ!!行くぞウタ!!」
「望むところよ!!じゃあ行ってくるねシャンクス!!マキノさんも!!」
「おう、ちゃんとお互いに面倒を見るんだぞー!」
「あんまり危ないことしちゃダメよ!暗くなる前に戻ってきなさいねー!!」
台風が過ぎたかのようにしてルフィとウタが戻って来ては出て行ったのを見送ったマキノは、はァ…とため息をつきながら二人から預かった荷物を解いていく。
「戻ってきたかと思ったらすぐに飛び出していって…元気ですねあの子達は………それじゃあ船長さん、今からご飯用意するのでちょっと待っててくださいね。ピラフでしたよね?」
「ん?あァそうだが…覚えててくれたのか…なんだか悪いな」
「材料が無くて用意出来なかっただけで、一度頼まれたものですから覚えてますよ。それとさっき、随分と改まって大事な話があると言ってましたけど…一体何です?」
「そっちも覚えててくれたか…実はだな……」
それからシャンクスはマキノへウタをどうするか、そして何故その考えに至ったかの全てを話した。今までは人に喋れない事の一つや二つあるだろうと互いに触れずにいたエレジアでの一件や自分やベックマンがウタにどう生きていってほしいか、その全てを。
話していくうちに段々と受け入れてもらえるか不安になってきたシャンクスだったが、只事ではない事情を知ったマキノが自分のところで良ければと快諾してくれたのだ。
まず第一の壁を乗り越えたとシャンクスは安堵するが、これで終わりではない。次は赤髪海賊団の野郎共に話をつけてそれからウタと話さなければならない。野郎共はともかくウタにこの話を切り出すのは気が重いと感じるシャンクスだったが、それだけ自分達が問題の先送りをしてきたのだと自戒し、マキノが用意してくれたピラフをかきこみ腹を満たすと、よし行こう!と気合いを入れレッド・フォース号へと戻っていく。
そこでいつの間にか起きていた野郎共を呼び集めこれまでのあらましと自らが下した決定について話し始める。
結果から言えば、一切揉めることなくお頭が決めたのならそれに従うとまるで示し合わせたかのようにすんなりと野郎共はシャンクスの決定を受け入れたのだった。
いくら船長の決定とはいえ海賊団揃って可愛がってた娘を託すというのに一切異を唱えないのは少し白状なんじゃねェかと疑問を浮かべるシャンクスだったが、横からベックマンが何故こうもあっさり受け入れたのかを話してくれた。
どうやらシャンクスがウタとルフィに会いに船を降りてから野郎共をたたき起こして事前にベックマンの方から話を通しておいたようだったのだ。その時には多少揉めたそうだが、最終的にはお頭の決定に従うと落ち着いたらしい。
副船長の小脇に「気が利きすぎだ!」と肘で小突きながらシャンクスはこれで第二の壁は突破だな、とホッと息をつく。
これで残すは最後にして最難関、当事者そのものであるウタを説得するのみだ。