雛鳥ちゃんと三人の兄君、或いはジェタークペイル大運動会(前編)

雛鳥ちゃんと三人の兄君、或いはジェタークペイル大運動会(前編)




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  ◆ ◆ ◆


───何かがおかしい。

1年の休学を終えて、再び通うことになったアスティカシア高等専門学園はかつてとは違う異様な熱気に包まれていた。


校舎の前で大声を出している集団がいくつか、道を行き交う大きな貨物を載せたハロ達。

何より、訓練をしているデミトレーナーの数が数倍になっている。

プライドの高い企業の子女が大勢でつるんでいるところなどこの学園で初めて目にした気がするんだが……幻じゃないよな?

MSがひしめき合う、まさに芋の子を洗うような有様に、まともに練習なんて出来るのかあれで、と呆れた声が出てしまった。


特に、いつも落ち着いて静かな雰囲気だったペイル寮の変わりようはすさまじく、これは本当に一年前に自分が所属していた寮なのだろうか、と不安が首をもたげる。


前は寮生が穏やかに談笑しているのが散見される程度であったペイル寮のロビーは、何らかの紙を広げて熱心に戦術らしきものを説いている学生や、大きな布をひたすらに縫っている学生の一団、無数の料理をテーブルに並べてはああでもないこうでもないと喧々諤々やりあっているエプロン姿の学生などで溢れていた。


壁には鮮やかに彩色された立て看板や何かのスローガンが書かれた垂れ幕がずらりと並べられていて、じゅうじゅうと煙をあげて何か焼いているらしい鉄板や謎の文字が書かれた上着など用途不明の物体たちが談話スペースを占領している。


看板を見てみる。

書いてあるのはええと、「ジェタークペイル大運動会」…?

あのジェターク寮とペイル寮が共に大会を開催するとは俄には信じ難い。

そもそもこの企業同士の対立の前哨戦とも言える学園において、寮同士が協力することなど、決闘委員会を除いて皆無。

あいつらに言わせればペイル寮は団結力に欠ける面白みのない寮だし、こちらも言わせてもらうと「ジェタークはボンボンしか居ない暑苦しい寮」だ。


あと大運動会ってなんだ、皆で運動…走ったり筋力トレーニングをするのか?ジェタークと?

何故ジェタークなのだろうか。グラスレーやブリオン、ダイゴウ寮ではなく…

あの熱血な金持ち共とは相容れない、それがペイル寮の総意だと思っていたが、自分が居ない間に関係が改善するような出来事があったのだろうか?


   ◆ ◆ ◆


あまりの変容に呆然と立ち尽くしていると、一人の男が声を掛けてきた。

「おう、おかえり。実家はもう落ち着いたのか?」

何もかもが変わってしまったかのように思えたが、その友人の姿は記憶にあるものと相違ない。

思わず安堵の息を漏らす。

「よかった。お前は変わってないんだな。何があってこんな…」

異様な熱さのある雰囲気やジェタークとの関係など、聞きたいことはたくさんあるのに、こんな…に続く言葉が上手く紡げなかった。

一から十まで全てが理解不能でどこから聞けばいいのかわからない。


友人は口籠っている俺の様子を気にせず、胸を張ってニヤリと笑うと、とんでもないことを言い出した。

「聞いて驚け!今のホルダーは我々ペイルの手にある!!」

「嘘だろ⁉」


ペイルが…?ということはグエル・ジェタークが負けたのか?

ペイル社のMSがジェタークに劣っているとは思わない。

…思わないが、あの御曹司からホルダーを奪取するのは無理だと考えていたのもまた事実だ。


それに、既に何十戦もしているあちらに比べ、ペイルの筆頭が決闘をした回数は片手に満たなかったはず。

敗北こそないものの、申し込まれる決闘から気まぐれにいくつかを選ぶだけの筆頭、エラン・ケレスからはやる気というものが感じられなかった。

てっきりペイルはホルダーの座には興味がないのかと思っていたが、違ったらしい。


続けて質問をしようとしたところ、友人は慌てて俺を制止した。

「シーッ!聞かれたら不味い!」

「誰に?」

グエル・ジェタークに勝つなんて、それこそ驚いて当然の出来事だ。誰がそれを咎めるだろうか。

「誰にってそりゃ…ペイル寮生には言うなよ。運動会が近くてみんなピリついてやがる」


「さっきから気になってたんだけど、運動会って一体…?ジェタークと協力するなんて…」

正に天変地異、と思ったが、友人はものすごい剣幕でそれを否定する。

「ジェタークと協力ぅ?何馬鹿な事言ってんだ、あいつらは敵だぞ!」

…どうやら馴れ合っているわけではないようだ。

何故名前が『運動会』などという聞き覚えのないものになっているのかは定かではないが、内容は決闘と大差ないらしい。


───いや、違いはある。大いに。

立て看板も垂れ布も、決闘には全く必要ない。

じゅうじゅうと音を立てて何か焼いているらしい鉄板も、揃いのユニフォームも、全てがアスティカシア高等専門学園という場に相応しくない気がした。

どこぞの企業の重役が聞けば「決闘は遊びではない!」と卒倒してしまうだろう。

それに寮生が全員参加する決闘??どこから金が出ているのか見当もつかない。


まあ大方、ペイルにホルダーを奪われたジェタークが取り返そうと躍起になっている…ってとこだろうな、と諸々から目を逸らして結論付ける。

「それにしても、グエル・ジェタークに勝つなんて凄いな。伊達に筆頭やってないってことか」

疑問を片隅に追いやり、素直にペイル寮筆頭であるエラン・ケレスを称賛したところ、友人は何でもないようにさらっと衝撃的な一言を発した。

「いや、今のホルダーはうちの筆頭じゃなくて『雛鳥ちゃん』だ」


聞いたことのない名前に固まっていると、ロビーの入り口が俄かに騒がしくなった。

ざわざわとした空気の中心にいるのは、わが寮の筆頭であるエラン・ケレスの片割れと見覚えのない赤い髪の少女。

彼女は隣に立つ筆頭に話しかけてニコニコと頬を緩めている。

あの無感情な筆頭と仲がよさそうに喋っているのも驚きだが、もしや彼女が『雛鳥ちゃん』なる人物なのだろうか。

一見したところ普通の少女にしか見えないけれど。


友人に聞こうと隣を見遣ると、彼は既にそこには居なかった。

「え、おい!どこ行くんだよ」

俺の言葉に耳を貸すことなく、彼は赤い髪の少女に向かって歩みを進め、ビシッと敬礼すると大声を出した。

「スレッタさん!今日もご指導お疲れ様です!!ジェタークの奴らを倒すため、我々も一致団結頑張ります!!!!」

「ひっひょえ!!ああ、あありがとうごっございます!?が、がんばります!」


友人の行動に唖然としていると、横から冷たい声音が響く。

「ちょっと。スレッタが怖がってる」

大声は止めて、と諫めたのはまさかの氷の君だった。

人形のような無表情が不機嫌そうに少し顰められている。


「か、会長!すみませんスレッタさん…」

友人は平身低頭して謝ると、そのまま俺を二人の前に押しやった。

「コイツ、今日から復学なんです。稽古つけてやって下さい」

どちらかといえば硬派だった友人が女に現を抜かしていることに戸惑って何も言えないでいると、赤い髪の少女はおずおずと手を差し出し握手を求めてきた。

「は、初めまして!スレッタ・マーキュリー…です!頑張りましょうね!」

「ああ、はい……」


そのまま二人が去っていくのを見届けてから、俺は友人に食って掛かった。

「稽古!?いやなんの???俺は経営戦略科だぞ!決闘でMSになんか乗れるかよ!!」

「大丈夫大丈夫、本番までには何とか使い物になるだろ、肉盾としてなら」

「そもそも参加するなんて一言も言ってない!」

「え〜?ジェタークの奴らに実習でボロ負けして煽られて、キレてたの何処の誰だったかなー?」

「お前、それ覚えて…!」


つい感情的になってしまった。

溜息を一つついて気持ちを切り替え、友人を揶揄いにかかる。

「ところでお前が女子に入れ込むなんてなあ!」

この堅物が女子に興味があるというのはそれだけで面白い。


しかし、友人はギョッとした顔で慌てて否定した。

「いやいや、個人的にどうなりたいとかじゃないんだ。スレッタさんは優しくて素朴で…でも操縦がめちゃくちゃ上手くて、こう…とにかく応援したくなるっていうか…!」

「ふ〜ん」


「という訳でだ、お前も『雛鳥ちゃんファンクラブ』に入ってみないか?スレッタさんは、いいぞ……」

友人の胸元で赤いバッジがキラリと光った。

…ん?ファンクラブ…?

グラスレーにはあるらしいというのは聞いたことがあるが、あんな普通そうな女子にファンクラブがある??

いや、ホルダーは普通ではないかもしれないが。


見渡すと、赤いバッジを胸元につけている寮生がちらほらと見受けられる。

かなり市民権を得ている組織らしい。この一年間で何があったんだよ。


ふと、先程の赤い髪の少女とのやり取りを思い出すと、何かが胸に引っかかった。

何故か猛烈に嫌な予感がする。


「会長…って」

「ああ、筆頭は我がファンクラブの会長を務めているんだ。」


「我々はペイル社公認組織だからな」




   ◆ ◆ ◆


「ちなみに今入会すると、『厳選!雛鳥ちゃん写真集』が貰えるぞ」

友人は生徒手帳を取り出し、画面を操作するとずらりと写真の並んだライブラリを見せつけてきた。

食堂で何か食べている姿や、実習でMSに乗っている姿…授業中の横顔もある。

しかし。

「コレ盗撮じゃねーか!!!」

……カメラの方を向いている写真が殆どない。

「スレッタさんは恥ずかしがり屋なんだ。カメラを向けると隠れてしまってなぁ」


へえ〜、とどうでもいい相槌を打ちながらライブラリをスクロールしていると、一枚の写真が目に止まった。

スレッタ・マーキュリーがカメラに向かって自然体で微笑んでいる。

ざっと見たが、盗撮や集合写真でないものはこの一枚しかないようだ。


「お、お目が高いな。その写真は会長が撮ったやつなんだ」

「随分仲良さそうだったけどさあ、あの2人の関係って何なんだよ」

ペイルの筆頭がポッと出のパイロットのファンクラブを組織しているなんて明らかにおかしい。しかもあの何に対しても無関心を貫く氷の君が。


「会長はなあ!雛鳥ちゃんの兄上なんだよ…羨ましい…!!」

「は??いや苗字違うし全然似てないだろ…」

流石に兄妹は無理がある。

そもそも筆頭に妹が居るなんてそんな噂はなかった筈だ。


「いや、とにかく兄妹らしいぞ。天使の君もそう言ってたしな。」

どうやらそういうことらしかった。


『ペイルの心得その一、細かいことは気にするな』








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