雁字搦めの

雁字搦めの

千年血戦IF 帝国の捕虜ルートからの派生




 僕に、彼女を繋ぎ止めることができるだろうか。



**



 撫子は雨竜の声で目が覚めた。

 隣を見ると雨竜が起きている。頭を抱えて。

 撫子は状況を察した。きっと、また悪夢を見たのだ。眠る前にした行為のせいで気怠い体を起こして、雨竜を掻き抱いた。

「雨竜、雨竜、大丈夫、大丈夫や」

「なでしこ……」

 すぐに腕が回され、ぎゅうと強く抱きしめられる。

「君が、君が斬られて、血が、血が……」

「雨竜、」

「体温が、どんどんなくなって、目を開けなくて、」

「雨竜!」

「っ……撫子……」

「大丈夫。雨竜、アタシはここにおるよ。ちゃんと生きてここにおるよ……」


 高校を卒業した後。雨竜の新しい住居に、撫子は軟禁されている。



**



 進学を機に今まで住んでいた場所を引き払い、別の場所に住むことになったと、撫子は聞いていた。

 少しずつ父親との蟠りも解けているようで、息子の生活状況を心配したのか、新しい住居を手配したのだという。

 卒業後、その住居に招かれた撫子は特に疑うことも構えることもなく、雨竜について行った。そして軟禁されたのだ。

「撫子……君は、何もしなくていい」

「……雨竜?」

「君はただ、ここに居てくれればいいんだ。……君を失いたくない」


 最初は家事もすべて自分がやると言われたが、流石に勉強とバイトとでただでさえ忙しいのにそれまでやったら雨竜が倒れると猛抗議し、家事の担当を勝ち取った。


 雨竜が提示した条件は外出しないこと、ただそれだけ。それを破り外に出ることは容易い。容易いが、実行はしていない。

 軟禁生活二日目に、蹲る雨竜を見てしまったからだった。



 蹲った雨竜は呼吸も荒く、過呼吸気味になっていた。急いで駆け寄り、背中に手を当てた。

「きみの血が、血が」

「雨竜、血なんてどこにもついてへんよ……!」

 その背中をさする中、撫子の頭に一つの考えがよぎった。


 ——もしかして。

 ——ひとりで耐えていたの? あの戦いから、ずっと。


 撫子は愕然とした。

 気付かなかった。

 ずっと、傍にいたのに。

 自分のいないところで、きっと何度も何度もうずくまって、孤独に抗って、誰にも頼らずに。


 気付けば雨竜を抱き締めて、涙がぼろぼろとこぼれていた。

「っ泣かへんで、泣かへんで、うりゅう」

「……どうして、君が泣くんだ」

「雨竜が苦しいと、アタシも苦しいよ……」


 それから、撫子は軟禁を受け入れることを決めた。



**



 軟禁生活でもう一つ特筆すべきは、頻繁に求められることだった。

 帝国の一件で初めて体を重ねて以降、正式に恋人になった後もそういったことはしていなかった。それが軟禁が始まって以降、毎晩のように求められている。


 まるで確かめるように、甘やかすように抱かれて、撫子にはなす術がなかった。経験値は同じはずなのに、と少しだけ悔しかった。


 いつものように撫子が雨竜に抱かれた後、雨竜は撫子の存在を確かめるように抱き締める。

「わかってるんだ、本当はこんなことしてはいけないって」

 降ってきた言葉に、そっと視線を上に移した。辛そうな、泣きそうな顔をしていた。

「軽やかな君が好きなんだ。君を僕から解放したいのに、できないんだ……」

 回されている腕の力が少しだけ強まる。

「雨竜……」

「いつも夢を見るんだ。僕の両手が君の血で真っ赤に染まって、君はどんどん冷たくなって」

 そこで雨竜は言葉を切った。思い出したくないのだろう。

「すまない……こんなに束縛して、君から自由を奪って、」

 答える代わりに、腕を回して抱きしめ返す。


 心音が聞こえる。

 いつか、雨竜と一緒に外に出られる日を、撫子は願っている。









 なお軟禁生活は雨竜が立ち直ったので2週間ほどで幕を閉じた。


「……そもそも君を瀕死にできる奴はそんなにいないんじゃないか……? ハッシュヴァルトが例外だっただけで」

「うん。やってアタシ夜一さんの弟子やし、テッサイさんやハッチに鬼道教えてもろたし、なんやかんや藍染に鍛えられたし、おねえちゃんもおるし。あれが例外なだけやろ」

「そうかな……そうかも……」

\メンタルリセット/


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