陽の当たる場所で歌を

陽の当たる場所で歌を


「〜〜〜♪♪」

 歌声が響く。天使のような。女神のような。そんな歌声。その声は狭い洞窟内を駆け巡り、天然のライブ会場を作り上げる。

『あいつの歌はみんなを幸せに出来る。おれ達が囲ってるのは勿体ない。』

 かつて、赤髪の男がそう言った。その通りだと自分も思った。その歌声は、一度響けば人々を笑顔にした。聞く人全てに生きる力を与えた。"彼女"の歌声は世界に響かせるべきだ。出来るだけ多くの人に聞いてもらおう。独占なんて勿体無い。そう思ってた。

「どうだった?ルフィ」

 さっきまで歌を歌っていた人物が覗き込んでくる。その甘美な歌声を独占してる事に罪悪感が溢れてくる。それでも一曲歌い終わりこちらを見下ろす彼女はとても輝いていた。出来る事ならもっと大勢で聞きたかった。多くの人に囲まれて楽しんで貰いたかった。彼女の歌に罪は無く、彼女にも罪はない。音楽とは出来るだけ多くの人で楽しむ物だと、子供心に思った事がある。だからだろうか。

「つまんねェなァ…」

 出来るだけ多くの人と一緒に聞きたかった。騒ぎたかった。そんな気持ちがうっかり口から出てしまう。その言葉を聞いた彼女の顔はたちまち色を失い目に涙を浮かべる。そんな顔も美しくて。

「そうゆう意味じゃねェよ。歌ってのはみんなで楽しむ物だろ?」

 慌てて追加の言葉を述べる。手を上に伸ばし彼女の涙を拭ってやる。モチのような、饅頭のような。不思議な感触。涙を拭ったその手で彼女の左前髪に触れる。普段目を隠すその髪をかき上げるようにゆっくりと撫でてやるとにっこりと笑ったその顔がよく見える。無意識だろうか。撫でている左手に顔を擦り寄せてくる。その様子をみて、まるで猫みたいだな。なんて場違いな感想を抱く。ふと、顔の右側を撫でられる。その細指は優しく丁寧に顔の輪郭をなぞっていく。もう一度、しっかりと彼女の顔を眺める。薄暗い洞窟の中でも輝くその顔はやっぱり独占するには勿体無い気がした。

(なぁウタ。今は追われる身だけどよ、いつかきっと自由になってよ、また…)

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「〜〜〜♪♪」

 薄暗い洞窟の中、わたしは一曲歌い上げる。膝に頭をのせ、目を瞑り歌を楽しむわたしの太陽は優しい顔をしている。激しい戦闘の中で生傷を増やしていく太陽にわたしは歌を歌ってあげる事しかできないから。かつて歌姫と言われた者の膝と歌声を独占する太陽がゆっくりと目を開いたのを確認してその顔を覗き込む。

「どうだった?ルフィ」

 太陽はこちらを見続けたまま言葉を探してるようだ。これも逃亡生活の副次効果だろう。かつては簡単な感想しか返さなかった彼が2人っきりになれば丁寧に、事細かに感想を伝えようとしてくれる。そんなの柄じゃないとは思うけど、きっと彼なりの線引きなのだろう。感想なんて聞かなくても、わたしの歌声を聞く彼の顔を見ればどう思ってるかなんて明白なのに。

「つまんねェなァ」

 彼の口から飛び出た感想に思わず涙が溢れる。わたしの太陽は出来るだけ大勢で騒いだ方が楽しいと思ってる口だ。だからこそこの感想も予想は出来る。けれども実際に言われるとだいぶ心に来た。

「そうゆう意味じゃねェよ。歌ってのはみんなで楽しむ物だろ?」

 ほら。彼はこうゆう人なのだ。彼は話しながらわたしの涙を拭ってくれる。その顔は心配だ。と文字でも書いてあるかのように感情が読み取れた。自らの気持ちに嘘がつかないのも、この太陽の魅力だとわたしは思う。太陽は涙を拭い終わった手を動かし、そのまま顔の左側を撫でてくれる。そのゴツゴツした感触が心地良くて、思わず顔を擦り付けてしまう。心配で溢れてた顔に安堵の表情が浮かぶ。そのギャップが愛おしい。つい、見上げてくるその顔を撫でる。顎下から髪の毛まで。わたし程度でこの太陽が壊れる訳が無いのに。割れ物を扱うかのように丁寧に撫で上げる。太陽はニカッと晴れ渡った笑顔を浮かべこちらを見上げてくる。実際の天気は知らない。けれども、この太陽が笑ってくれるならわたしのライブ会場は常に晴天だ。たとえどんな劣悪な環境だって、この太陽の下ならばわたしにとって最高のライブ会場なのだから。

(だから何度でも歌うよ。ルフィ。あなただけに捧げる為に。この…)

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