陰陽ストレイド 第四話 日常に潜む影-肆-

陰陽ストレイド 第四話 日常に潜む影-肆-

陰陽ゴリラ

───現世。


 無事に影世界から帰還した三人はまず医務室に向かった。そして響と空は予想外の人物と出会う。


「雛宮先生……!?」


 声を揃えて驚愕する響と空。


「久しぶりね。白波くん、天鈴さん」

「知り合いなのか?」

「最近までこの子達の学校で養護教諭をしていたのよ」


 秋の問いかけに柔らかく返すのは白衣を着たグラマラスな女性。つい数ヶ月前まで響達が通う日之影高校の養護教諭を務めていたのがこの雛宮 真穗という女性だ。柔和な佇まいと抜群のスタイルに惹かれる生徒も多く、仮病を使って保健室に会いに来る人もいたほどだ。


「積もる話はあるけど、とりあえず二人とも座って? 治療を始めるわ」


 促す雛宮。言われた通り二人は腰掛ける。


「うん、これくらいなら二人同時にできるわ」


 傷の具合を確認した後、両手をそれぞれ二人の胸に来るようにかざす。その手から陽力が溢れ、やがて膜のように二人を覆う。するとみるみるうちに傷が癒えていき、何事も無かったかのように完治する。


「はい、終わったわよ」


 手を離して立ち上がる雛宮。


「すげぇ……!」

「もう治っちゃった……」


 二人は傷のあった場所を見回したりなぞったりして傷付く前に戻った体を実感する。


「因みに昨日の傷も治したの先生なのよ? 白波くん」

「そ、そうだったのか……ありがとうございます」

「あ、私も擦り傷なのに治して貰っちゃって、ありがとうございます」


 丁寧にお礼を述べる二人。雛宮もそれにどういたしましてと言って柔らかく微笑んでいる。


「んじゃ、もう帰っていいの?」


 問いかけながら伸びをして立ち上がる響。


「まだダメだ。君は僕から説明を、天鈴さんは雛宮先生とやって貰うことがある。そっちはお願いしますね雛宮先生」


 秋がそう答えて響の手を取ってやや強引にドアへと向かう秋。響は講義の声をあげるが、そのまま連れられて行った。


 一転して静寂に包まれる部屋。


「えっと、私は何をすれば……?」

「大丈夫。難しいことじゃないし、あなたは座ってるだけでいいわ」


 恐る恐る聞く空に雛宮は温和な態度を崩さず答える。そのまま机を漁って何かを取り出したのだった。



 廊下に出た二人。


「おい、おいってば……!逃げないから離せ!」


 力強くで手を振り払う響。


「んで、説明ってなんだよ」


 急かすように要件を聞く様子に呆れて溜息をつく秋。部屋を変えて落ち着く場所で話すつもりだったが、望み通りそのまま説明を始めるのだった。


「僕達影伐師は影世界で人を見つけると保護する事になってる……今日の君達みたいにね。そして怪我があれば連れ帰った後治療する。ここまでは分かる?」


 それに響は頷く。今しがた体験したことだから当然だろう。


「その後は記憶を操作して忘れて貰うんだ」

「はぁっ!?」


 思いがけない言葉に驚愕する響。反対に秋はその反応を予測していたかのように落ち着いている。


「これには訳がある。『影』は普通人には見えないけど、『影』の方から影世界に招いた場合はそうじゃない。引き込まれた際に『影』の影響を強く受けて見えるようになるんだ」


 「今まで見えたことなかっただろ?」と続ける秋に響は頷く。


「そして人々の日常を『影』の脅威から護るのが影伐師の使命だ。だから忘れさせて何事も無かったように日常に戻って貰うんだ」

「……なるほどな」


 響は昨日までの事を思い返す。たしかに今まで見た事も聞いた事も無い『影』という存在に突然引きずり込まれた。


 ───今まで何人も襲われているなら、もっとテレビやネットで騒がれている筈……。


 響は納得したように数回頷く。だが同時に疑問も出来た。


「ん? じゃあなんで俺は記憶があるんだ?」


 記憶を消す事が決まっているなら、どうして響は昨日『影』に襲われた記憶を持っているのか……ということだ。


「それは君が比較的強い陽力を持っているからだよ」

「陽力……なんだそりゃ?」

「君は影を倒したんだ。もう知ってる筈だ」

「あっ……あの右腕の、白いオーラみたいなやつか?」


 『影』を倒した時の記憶は強烈に焼き付いており直ぐに思い出した響。


「そうだ。その陽力は人が持つ力で、みんな持ってるけど殆どは表に出てこないような極めて微弱なものなんだ。でも素質のある者は『影』に傷つけられて陰力……陽力と対になる『影』の力の影響を受けると、当てられて無意識に増幅することがあるんだ」

「あっ……」


 確かに響は『影』に襲われた時、なんの前触れも無く右手に陽力を纏っていた。恐らく、先日『影』に腹を穿たれたことが原因……と考える響。


「防衛本能みたいなものさ。そして陽力に目覚めた人間には記憶操作の効きが悪いんだ。昨日は君が治療した後に記憶操作の術をかけたんだけど寝ていたからね。親御さんも心配するだろうからとりあえず家に運んで、次の日に確認を取ろうという手筈になっていたんだよ」

「そう、だったのか……」


 困惑しつつも、響に記憶があった事の疑問が解消されたようだ。


「そして雛宮先生は今正に空の記憶を……」


パァンッ!


 響の言葉をかき消すように大きな音が鳴り響く。音の方向はさっきまで響達が居た部屋……つまり、雛宮と空が残る部屋の中で何かが起きたのだ。


「なんだ……!?」

「っ! 開けるぞ!」


 響と秋は急いで来た道を戻り、扉を乱暴に開けて部屋に駆け込む。そこには紙クズのようなものが散らばり、座ったまま空が驚いてる姿と、尻餅を着く雛宮の姿があった。


「空!」

「雛宮先生! 一体何が……!?」

「だ、大丈夫よ……秋くん。少しビックリしただけ」

「私も大丈夫……! ありがとう響くん。あの、雛宮先生……私、何かやっちゃったんですか……?」


 空は不安そうに雛宮に問いかける。


「ふぅ……そうね、まさか貴方も陽力に目覚めるなんて……それもこんな強大なものに」


 響と秋は慌てていて気づかなかったが、空からは全身から立ち上る白い輝きがある。それは響達とは比べ物にならない程強大で力強い陽力であった。


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