防衛副室長「それはそれとしてちゃんと事務仕事もやってくださいね」

防衛副室長「それはそれとしてちゃんと事務仕事もやってくださいね」


「防衛室長!!!奴ら、やたら装備が良くて機甲部隊が止まりません!最終防衛線も崩壊しつつあります。ここは一度退いて増援と部隊を再編するべきかと」


「乱戦になっている戦場はどうするのですか、来援まで必要な時間はどれほどですか」


「付近の混乱で渋滞が酷く……少なく見積もってもあと30分は必要かと……」


「まったく、だからあれほど緊急事には部隊を強制力を持って派遣出来るようにと提言していたというのに!ヴァルキューレもヴァルキューレです、即応体制が整っていないのですか!?」

 偶発的に起きたにしては相手の戦力が整いすぎていた。撤退か、死守か、いずれにせよ単独での対処は不可能に等しい


「時は稼ぎます。その間に予備と撤退を」

 副防衛室長は理解していた。ここは誰かが潰れ役にならなければ余計な犠牲が出ると、その犠牲に自らを勘定に入れる事も既に済んでいた。


「加えて、副防衛室長である貴方まで何を言っているのですか? 部下を見捨てて防衛室の戦力を使い潰すような無能を私に演じろと? 冗談ではありません、それでは私の連邦生徒会長への道が閉ざされてしまうではないですか」


「しかし……」


「私が出ます、装備AAの用意を」


「防衛室長!」

 副防衛室長が驚きの声を挙げる、現場の最高責任者が既に敗退しつつある戦場に向かうと言っているのだ。止めて当然だろう。


「侮られたものですね、私も、防衛室も、そんな不敬者には」

 しかしカヤにその言葉は届かない


「『超人』の実力、その片鱗だけでも見せてあげましょう」

 


いつだって損をするのは、一番危険な場所にいる私たちだ。


「それで!本部はなんだって!」

「かわらなーい!援軍が来るまで現状を死守しろだって」

「火力でも、装甲でも負けてるのにどうしろって言うの!?」

「話じゃ30分持たせれば援軍が来るって」

「もう5分も持たないよ!」


「だよねー」


流石に冷や汗が出る、バリケードだってもう持たないし、なんでチンピラみたいな奴らの集まりが3両も戦車を持ってるのか、意味がわからない


「いっそのこと逃げちゃう?」

「逃げるって何処に?」

「デスよねー」

正に絶体絶命だ。防衛室の制服、結構かっこよくて気に入ってたんだけどなぁ。この調子じゃ身包み剥がされるオチが見えるようだ。


「本部はまだ変わらない?」

「『現状を死守しろ』だって」

指揮する気すら感じられない本部の命令は流石に頭に来る


「ああもう!本部の無能!防衛室のカヤ室長!無事に帰れたら一発ぶん殴ってやる!!」

大声で叫んで、気合いを入れ直す。これが最後のマガジンだ。これをありったけ叩き込んで全力ダッシュ、もうこれしかない。なるようになれだ。


「おや、それは心外ですねぇ」

だからその声は本当に予想外で


「防衛室、長……?何故ここに」


「指示を聞いていなかったのですか?援軍ですよ」


「そうか、予備を引き連れ……て?」


「私ひとりですが」


「終わった……」


「防衛室長を舐めすぎじゃありませんか?」


「あの戦車が見えないんですか?この弾幕も!」


「仕方ないですねぇ、頭を下げて見ていてくださいね?」


唐突に現れたカヤ防衛室長が前に立つ、正直に言って前線じゃ頼りない、けれど、もしかすると

そうした期待と裏腹にカヤ室長は普通に歩いて戦車に向かっていく、今はまだ当たっていないが砲頭も室長に向けられていく。

そうするとカヤ室長は足を止め、まるで立てこもり犯でも相手しているかのように声をあげた。


「え~賊の皆さん、そろそろ暴れるのも満足したでしょうし、この辺りでやめておきませんか?今ならまだ大事にならずに済むかもしれませんよ?」


「何を言っているんだアイツ」


「私は防衛室長の不知火カヤです。ここで降伏するのであればまだ罰も軽いもので済みますよ?それに貴方達も私も面倒でしょう?既に結果が分かっている事を実行するなんて」


なんてこった。


あろうことか最前線の真ん前で相手に降伏勧告を始めた。しかも圧倒的に不利な側が、圧倒的に有利な者に対して降伏勧告をしている。彼女は状況が見えないのだろうか。幻覚でも見えているのかもしれない。


いくつもの砲口がカヤ室長に向いている。見捨てて逃げれば上手く逃げられる確率は上がったが、見て見ぬふりともいかないだろう。


「私が助けに行く、他のみんなは武器も置いて逃げよう」


みんなが頭をかかえる。何がしたかったんだカヤ室長。そう言っている間に再度攻撃が始まる。相手の狙いは勿論カヤ室長だ。考えている暇も無い、バリケードを出て走る。戦車の砲が私を向く、走れ、走れ、生き延びたければ走るしかない。


神経が冴えていく、時間感覚がゆっくりとなり、戦場を感覚で捉える。だからこそ聞いてしまった。聞こえてしまった。


「降伏勧告をしているんですよ?降伏するのが当然ではないのですか?」

それで全てが成り立っていれば防衛室はいらないのだ。そんなツッコミを入れてやろうと思ったその時


カヤ室長が、消えた


次いで1両の戦車が爆発する


「仕方ありませんね」

爆煙の中から出てくる室長。その一瞬前に見えたものは幻覚だったのだろうか。

いる訳がないだろう、いくら生徒でも蹴りひとつで戦車の砲口を曲げるなんて。


室長の銃口が光る度に、砲弾が撃ち落とされ、銃弾すら散らされていく。

そんな離れ業が出来るなんて聞いたことが無い。

「連邦生徒会防衛室長不知火カヤ、鎮圧を開始します。」


カヤ室長は圧倒的だった。

2両目の戦車をハンドガンで破壊してしまうと、アサルトライフルとボディアーマーで完全装備の小隊に突撃した。


「だいいち、今の実働部隊は頭が硬すぎます。」

そう言うと室長はあっさりと弾幕をかいくぐり


「銃弾が通じないなら素手で良いではありませんか」

ハイキックでヘルメットごと砕き飛ばすと、その重心をそのままに次の相手に向かっていく


「防弾装備があるなら無い場所を撃てば良いのです」

ハンドガンで首と顎の間の僅かな可動部を射貫く、流石にあれは痛そうだ。


「通じる手段が手元に無いなら相手を利用するのも良いでしょう」

斃れた生徒を担ぎ上げると、手榴弾を奪って片手で器用にピンを抜いて投げてしまう。

生徒の陰で破片と爆風を凌ぐと、室長の目線は最後の戦車に向いていた。


「もう、降伏勧告はしませんよ、聞き分けの悪い生徒にはお仕置きが必要でしょう?」

鋼の装甲と優れた機動力、大砲の火力、向かうところ敵なしの陸の王者が、カヤ室長を前にするとあんなにも小さく見える。


勝敗は決した。


戦闘が終わっても仕事は続く、引き継ぎ、事務処理、あんなに大変だったんだから少しは休ませて欲しいものだ。

全て終わって、帰路につこうという時に話かけられた。

本日の主役様の声だ。さっきまで居なかったと思ったのにどこから現れたのか


「珈琲でも飲みませんか? 」


振り返ると椅子に珈琲セットが用意されていた。ご丁寧に私の分の椅子とカップまである。これで断ったら、いよいよあのひしゃげた鉄塊の仲間にされてしまうだろう。


緊張はしたけれど、室長の淹れる珈琲は美味しかった。有名な豆だそうだ。

美味しい珈琲を淹れるための秘訣という奴を時間をかけて語っていたが、よくわからなかった。一杯飲み終わると共に室長は笑顔で聞いてきた。


「それで……私を殴るのではなったのですか? 」

「……勘弁してください」


これをネタにしばらく仲間から弄られることになる。

まあ今となっては良い思い出という奴だ。


 今にして思えば、カヤ室長があのような強行な手段に打って出たのは、私たちの責任もあったのかもしれない。

彼女は少なくとも前線では超人と呼ばれるだけの成果を挙げていたし、彼女の期待に私たちは応えられなかった。だからカイザーPMCに与して、あんな事をしてしまったのではないか、そう思わずにはいられないのだ。

私たちの誰か一人でもカヤ室長の側で支えられるだけの力があれば違ったのではないか……と。

 今となってはわからない話だ。直接聞いてもはぐらかされるオチだろう。


 でもそう、防衛室の珈琲マシンは新しいものに新調したし、豆にもそれなりに金をかけている。スネに傷がある生徒でも構わないから、その際美味しい珈琲を淹れられる仲間がどこかに居ないだろうか。

 そんな仲間が居たら、きっとまた楽しくやれるだろう。いちから少しずつ。


防衛副室長「それはそれとしてちゃんと事務仕事もやってくださいね」 完

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