闘技場前にて

闘技場前にて

笛とかスワロー島とか

 重い銃声が響く。

 騒然とする広場。銃を手にしたドフラミンゴ。そして、仰向けにぐったりと倒れたボロボロの兄──ロー。

 血と硝煙のにおいが生暖かい風と混ざって吹き抜ける。

 瞬間、ルカの脳裏にフラッシュバックする十三年前の記憶。

 大好きなあの人の笑顔。かけられた魔法。重く閉ざされた宝箱。──無慈悲な銃声。

 気づけばルカは駆け出していた。小さな三毛猫の姿によって大将"藤虎"を器用にすり抜け、たった今、兄を撃ったドフラミンゴの元へと。

 辿り着く瞬間、獣型から人型……ルカ本来の元の姿へ。勢いを殺さぬまま握り締めた拳に武装硬化を纏わせ、憎き相手へと振るう。

 ヴェルゴの覇気をも打ち破った拳は、しかし武装硬化を纏ったドフラミンゴの手によって受け止められていた。

「フッフッフッ! そうだ。お前もいたんだったなァ……ルカ!!」

「……!!」

 咄嗟に腕を狙って蹴り上げれば、止められていた拳が放される。射抜かんばかりに鋭い眼光を向けるルカに対し、ドフラミンゴは不敵な笑みを浮かべるばかり。

「最初に手配書を見た時、おれはこの目を疑った……! ローの陰に隠れて泣いてばかり……何一つまともにできなかったお前が賞金首になるとは……!!」

 嘲笑うような台詞の最中、激しい攻撃の応酬が続く。

 民衆のどよめきも、悲鳴も。今のルカは気にも留めなかった。ただ目の前の男を──大好きだった人を奪い、たった一人の兄を撃ったドフラミンゴをここで倒すこと。その衝動だけがルカを突き動かした。



【オマケ】

→おれはこの目を疑った……!(マジで)


 ドフラミンゴは新聞を好む。

 この大海賊時代を生きる上で情報とは力である。無論、新聞に書かれていること全てが真実だとは思っていない。情報源は他に幾らでもある。それでも、世論を知るのであればこれが一番手っ取り早い。

 紙面に次々と目を通していき、やがて笑みを深める。

 ドフラミンゴが目にしたのは賞金首の手配書だ。

 普段であれば格下の海賊など一々気にも留めないが、この人物は別だ。

 ──トラファルガー・ロー。

 ドフラミンゴが王下七武海に加入するよりも以前。世界政府によって全てを奪われ、弟の手を引いてファミリーにやってきた子供。あの何もかもを憎むギラついた目は今も尚鮮明に焼き付いている。

 当然写真に写っているのは大人の男だが、かつての面影を残している。この億を越える懸賞金をかけられているのは間違いなくあの"ロー"だ。

 フフフ……と思わず笑い声が洩れる。

 あのガキはオペオペの実の能力を使いこなし、着実に腕を上げている。きっと間もなく新世界にやってくるだろう。

 胸中に渦巻くのは歓喜か、愉悦か、憎悪か、それとも。

 複雑な感情を胸に抱くドフラミンゴは──次の瞬間、思考が停止した。

 それはローと並ぶもうひとつの手配書。記載された名前は"トラファルガー・ルカ"。……ローの実の弟だ。

 ルカのこともまたよく覚えている。ローとひとつしか変わらないというのに随分小柄な体躯の少年。長い前髪から覗く瞳はいつだって怯えの色を浮かべていた。

 気が弱く、ドジで、暴力に震えて……。まるで幼少期のロシナンテを想起させる子供だった。

 そんな彼に懸賞金がかけられているのがまず驚愕であった。金額は2200万2222ベリーとローに比べれば少額だが、問題はそこではない。

 手配書に掲載された写真。ローが不敵な笑みを浮かべているのに対し、ルカのそれは柔らかな笑みだった。

 気の抜けた顔とでも言おうか。齧りかけのアイスクリームを手に、口元を少し汚して、前髪から覗く目元はにこにこと微笑んでいる。どこか幼さを残した顔立ちも相俟って、下手をすれば十代後半の青年にも見えるだろう。

 すぐ近くにローらしき人物が見切れて写り込んでいる辺り、兄と一緒にいて油断しているところを撮られたのだろうが……。


「フ……フッフッフ……」


 ファミリーにいた時には見たことのない表情にも多少驚きはした。だが、それ以上に。

 ──賞金首だってのにそんな油断した顔撮られること、ある?

 あのドフラミンゴが、複雑な感情渦まく胸中にはっきりと"困惑"を抱え込むことになるとは。ローもルカも、死んだコラソンすら夢にも思わないことだろう。

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