【閲覧注意】逆鱗に触れた者の末路

【閲覧注意】逆鱗に触れた者の末路

Nera

何か大切な存在を忘れた気がした。

人生を導いてくれた恩師とか両親とかではない。

もっと大切な…ウタという人生を構築した存在を忘れた気がした。



「やだ、やだ!!」



心がぽっかりと穴が空いたウタは紅白髪を掻きむしって震え出した。

しかし、元軍人であるので深呼吸と理性によってそれを抑え込んだ。



『こういう時は!!』



ウタは左腕に付けているアームカバーを外して彫っている刺青を見た。

そこには、彼女が忘れてはいけない存在が記されている。



“モンキー・D・ルフィ”

麦わら帽子がよく似合う黒髪で左頬の傷がチャームポイントの大切な夫

もし忘れているなら記憶操作をされている



「つまり私は夫の事を忘れてるの!?」



なにかあったら左腕を見る習慣を付けている彼女。

彫ってある文字を見て全くその存在を思い出せなかった。

慌ててトートバックを漁って手配書を取り出した。

これも一種の習慣であり、彼女は迷わずそれを見た。



「ああっ!」



「懸賞金10億ベリー」と記された麦わら帽子を被った笑顔の男の写真があった。

モンキー・D・ルフィと名前が記された存在。

知らない人のはずなのに彼女は嬌声を出してしまった。



『この人だ!!』



顔を見てもどんな存在なのか分からない。

ただ心に空いた穴を埋める存在だと理解することはできる。

そうでなければ鼓動が高まり胸が苦しくなって下腹部が疼くなどあり得ない。

ルフィに関する記憶は全て消えても彼に何度も抱かれた事実は消えていなかった。



「まず情報分析をしないと……」



ウタはルフィという存在が居るのを確信して状況分析を開始した。

記憶喪失にしてはピンポイント過ぎる。

だから何かしらの能力者が記憶を操作したと考えた。

かつて19歳にして海軍本部の准将に成り上がった彼女は必死に頭脳を働かせる。



『触れられた記憶は無い。じゃあルフィになにかあったの?』



石畳を歩きながら思考に耽る彼女は、目の前でおもちゃの行進を目撃した。

ここは、愛と情熱とおもちゃの国、“ドレスローザ”。

常識が通用しない“偉大な航路”でも珍しいおもちゃが闊歩する不思議な国家。

興味本位で子供たちの為におもちゃを買いに来たウタはそれを詮索する事にした。

こちらに向かって来るおもちゃに笑顔で手を振って国立図書館に足を運んだ。



「……おかしい」



国立図書館で文献を漁っていたウタは違和感を覚えた。

ある日を境におもちゃの記述がない事を発見してしまったのだ。

しかも10年ほど前くらいでおもちゃの存在が急に記されていた。

そんな急に湧いて出て来た存在を人々はすぐに受け入れられるわけがない。

順応で都合良く労働力になる存在だとしてでもだ。



「ドフラミンゴが英雄になって国王になった時からか……ふーん」



世界政府が公認している海賊、王下七武海。

ここは、その一角であるドンキホーテ・ドフラミンゴが治める国家である。

しかし“天上金”で脅迫して無理やり入って来た事情を知れば疑うしかなかった。

同じ七武海だったクロコダイルがアラバスタ王国の内戦の元凶だったのもある。



『ゴードンさんに相談しましょう』



隠すように停泊した船には、子供たちとゴードンさんを待たせている。

一度戻って、話をしようと試みた。

そしてウタは気付いた。



『私!!あの子たちのお父さんの存在を忘れているの!?』



ゴードンという知り合いに血の繋がった子供たちを預けている。

逆説的に考えるとウタに赤子を授けてくれた“お父さん”が居る事になる。

疑う事すら億劫になった。

ウタは、素敵な旦那様で立派なお父さんの存在を忘れてしまったのだ。



「ああああああああああああああ!?」



図書館で奇声を出して叫んだ女に周囲の人々から白い目で見られた。

全身をフード付きコートで羽織っており不審者に見えたのだろう。

ドフラミンゴファミリーに通報しに行く民衆を見て彼女は逃げ出すように後にした。

図書館に入ろうとするおもちゃと無言ですれ違って一目散に船に向かって行く。



『やだやだ!!』



寂しがり屋の彼女の心はスカスカで大切な存在を忘れた恐怖に怯えていた。

負の感情で押し潰れそうな彼女を感じ取ったのか。

トートバッグから古びた楽譜が飛び出して彼女の腕に巻き付いた。



「……そう、あなたなら救えるって言うのね」



負の感情の集合体であり、かつてエレジア王国の住民を国王以外虐殺した存在。

“トットムジカ”が封印されている楽譜はウタに悪魔の様に囁いた。

『大切な存在を救えるのは自分だけ』だと歌う事を暗に示す。

この国の誰かが記憶操作したのであれば虐殺すれば解除されると告げていく。



「気持ちはありがたいけど、私の大切な存在も巻き込まれるから却下」



この楽譜のせいで数万人を虐殺して父親に置いて行かれる原因になった元凶。

そんな存在であっても、寂しがり屋の彼女は傍に居させた。

大切な存在が消された以上、彼女が一番親近感があるのがこの楽譜という有様。

トットムジカとしても定期的に歌ってくれる歌姫をある程度、信頼する様になった。



「でも、いざとなったら頼りにしてるわよ」



楽譜を撫でてそれを微笑みながらトートバックに仕舞う彼女の瞳は濁っていた。

記憶が曖昧になっているが、この楽譜のおかげで彼女は母親になる事ができた。

ルフィを取り戻す事ができるのであれば平気でドレスローザ国民を虐殺するだろう。

懸賞金10億ベリーの女は夫を失った事で精神が狂気に支配されつつある。



「……また逢ったわね」



そんなウタの目の前におもちゃが現れた。

さきほどから追跡するように追って来る不思議な人形。

腹部にドラムが取り付けられており重心が偏って動きにくそうだ。

しかし、彼女からしたら不快に感じられた。



「ごめんなさい。急いでいるの」



縋る様に駆け寄って来るおもちゃを振り切るようにウタは走ろうとした。

だが、おもちゃは彼女の前に飛び出していく。

機嫌が悪い彼女は徐々におもちゃを始末する事だけを考え始めた。



「おもちゃ如きが!!私の邪魔をしないで!!」



左脚に抱き着かれた彼女は堪忍袋の緒が切れた。

それは、今は亡き部下であり女海兵が作ってくれた人形にそっくりだった。

そのせいでおもちゃが亡霊に見えた彼女は縁を切るために処分しようと考えた。

乱暴に両手で掴んで引っぺがして【六式】の1つ、“嵐脚”で両断しようとする。



「……へえ、あんたが庇うなんてね。どういう風の吹き回しなの?」



その人形を救ったのは“トットムジカ”の楽譜だった。

魔王と恐れられる存在が必死に彼女を説得していた。

「ここで殺せば必ず後悔する事となる」と…。

珍しく苦言を呈してきた楽譜に何か察したのか。

ウタは投げ捨てた人形を手に取って深々と眺めた。



「麦わらの帽子に左頬の傷…もしかしてルフィ!?」



ここで人形の正体に気付いた彼女は顔を真っ青にした。

人形が縦に頭を振って肯定すると優しく抱きしめて謝罪の言葉を告げ始めた。



「ごめんなさい!ごめんなさい!!私ったらいつもダメな女なの」

「きっとそんな私をずっと手に取ってくれたのは貴方なのよね…」

「それを振り払ったどころか危害を加えるなんて…最低よね」



大切な存在をさきほど殺害しようとしていたのだ。

トットムジカが制止しなければ、ウタは二度と立ち直れない所だった。

人形が慰めようと手を伸ばす姿を見て彼女は更に泣いてしまった。



「おいそこの女!こっちに来てもらうか!」

「国立図書館で不審な行為をしていたと通報が入った」

「おれたちゃドフラミンゴファミリーだ。無駄な抵抗はするなよ?」



ドフラミンゴの手下たちがウタと人形を囲むように包囲した。

かなり警戒しているのか。

構成員たちは銃や剣を構えており、一触即発の状況だった。



「あはははっは!」



しかし彼女は笑った。

記憶は戻っていないがルフィという存在を取り戻した。

それだけで彼女は世界を敵に回す覚悟をするほど気力が回復した。

狂ったように嗤う女に怯えた構成員たちを瞬殺して路地裏に連れ込んだ。



「さあ、情報を吐いてもらうわよ」



彼らの意識は仮想世界であるウタワールドに連れて行かれて尋問させられた。

比較的穏便に彼らを説得する事ができたウタは能力者の情報を得られた。

満足げに彼らを現実世界に解放して去っていく。

上機嫌な彼女に優しく抱き締められた人形と楽譜は震えるしかなかった。



「待ててねルフィ。絶対に元の姿に戻してあげるからね」



記憶を無くしてもルフィに依存しているウタは、人形に頬擦りをした。

人形の身体に涙が染み込んでいく。

全身が重くなった人形は何かを抗議したが彼女はそれに気づく事は無かった。

路地裏には、四肢がねじ曲がって転がっている何かが残された。



「決行日はこの日に決定!」

「……本当にやるのかね?」

「ゴードンさん!当然でしょ!!」



能力者を襲撃する日が決まった。

王族や貴族、大海に名が轟く海賊が参加する闘技会がある日。

剣闘士が娯楽であるこの国でも大盛り上がりが期待される日を決行日にした。

心配するゴードンをよそに赤子をあやしながら彼女は笑って告げた。



「もうすぐママがパパを元に戻すからね~!」

「「きゃきゃきゃ!!」」

「可愛いいいい!!」

「う~~!」

「どうしたの?あっ!そっか!」



布おむつを臆さずにさくっと変えていくウタを見てゴードンは不安になった。

もし騒動を起こせば自分たちの存在がバレて再び追われるのではないか。

せっかくコルボ山に籠って追手を振り切った意味がなくなる。

そう告げたかったが、彼にはどうする事も出来なかった。

彼にできるのは、ウタの人生の行く末を見守る事と子守りと調理だけだ。



「私はルフィの奥さん!子供たちの為に平和を届けるの♪」

「あう?」

「だー」

「はい!おねんねの時間よ!子守唄を聴いてゆっくり休もうね!」



まだかまだかと決行日を彼女は待った。

そして決行日当日、コリーダコロシアムにこっそりと侵入した彼女は機会を伺った。

すぐにそのチャンスは訪れた。



『中将も剣闘士に扮して潜入していたのは予想外。当然と言えば当然ね』



Aブロックの敗者が治療にこの部屋に来るのをウタは知っていた。

そしてその部屋が治療室でないことも。

海賊と仮にも他国の貴族も同じ治療を受けさせられるのはあり得ない。

参加者一覧が記された帳簿を拝借した彼女はこっそりと部屋の中に潜んでいる。



「ぎゃああああああああああ!?」



Aブロックで敗退した剣闘士たちが床に空いた穴から落下していく。

それを見届けたウタは帳簿を見ながらメモをしていく。

僅かに隙間から漏れる明かりを頼りに物陰で息を潜んでいた。



『なんか忘れた』



忘却したような気がした彼女は帳簿を見る。

参加者の名前を見るが聴いた事がない人名しかなかった。

隣に書いているメモを見て疑いから確信へと至った。



「間違いない!!あの少女ね!!」



先日の構成員の話を元に検証をしてきたウタは、ようやく動き出す事ができる。

ついに能力者を特定した彼女は部屋に居た構成員を始末した。

適当な物陰に遺体を蹴っ飛ばして地下室へと向かって行く。



「はい!お終い!」



ウタが地下室に辿り着くとおもちゃに囲まれた緑髪の少女が居る。

ちょうど『おもちゃ化』が終わったようで少女の眼前で人形が転がった。

トレーボル軍特別幹部シュガー。

外見は10代くらいの少女だが22歳のれっきとした大人。

ウタからルフィの記憶を奪って人形にした元凶だった。



『なんか既視感が……ハァ…』



あり得ない話だが彼女に自分が人形にされる感じがした。

そのせいで10年以上苦しむ羽目になる気がしたウタは溜息を吐く。

気を取り直してマスケットを構えた彼女は引き金を引いた。



「べへへ!シュガー!次に来るのは…ぶほっ!?」



ドフラミンゴファミリー最高幹部トレーボルはシュガーに何かを告げようとした。

だが、武装色が纏った鉛玉に眉間を撃ち抜かれて一瞬にして彼は倒れ込んだ。

何が起こったか分からないシュガーの目の前で痙攣した後、二度と動かなくなった。



「え?ええ?トレーボル!?」



眉間から血を流して息絶えたトレーボルを見たシュガーは腰を抜かした。

さきほどまで喋っていた存在が死んだのを目撃した彼女の股間は湿った。



「トレーボルさん!?」

「何事だ!?」



銃声を聞いたトレーボルの部下たちは武器を構えて刺客に備えた。

それは間違ってはいなかったが、ここは逃げるべきであった。

ルフィに手を出されて激怒したウタは、トットムジカより恐ろしい存在だった。



「ぎゃあああ!?」

「ぐがっ!?」



ロブ・ルッチがこの場に居たら私情で動く点を除けば、彼女の動きを褒めるだろう。

惚れ惚れする見事な殺しっぷりだと。

シュガー以外のファミリー構成員を殺戮した彼女は笑いながらその姿を見せた。

返り血を浴びた女は動揺せずに獲物に向かって足を踏み出していく。



「初めまして……いえ、さようならって言えば分かる?」



口角を釣り上げて近寄って来る不審な女。

銃口から煙が出ているマスケットを構えているのを見てシュガーは立ち上がった。



「どこに行くの?」

「あああああああっ!!痛いいいいいい!!」

「へぇ。銃弾はおもちゃに変えられないの?まあいいけどさ」



発砲音と共に左大腿を撃ち抜かれたシュガーは痛みで転がった。

それでも逃げようとするが動きは明らかに鈍かった。



「いやああああああ!!」

「泣き叫んでもダメ、絶対に許さないんだから!!」



壁に背を当てて震えるシュガーの眼前に居たのは鬼だった。

悪魔よりもなんなら魔王よりも恐ろしい鬼神そのもの。

怯える獲物に見せつける様に次弾を装填した女の口は裂けるように笑っている。

だが、その眼差しは凍り付くような濁った瞳から発せられている。



「ひいいいいいい!!いやああああ!!」

「何か言い残す事は?」

「助けて…!!死にたくないいいいいい!!」

「…うん?良い所だから邪魔しないで」



さすがにトットムジカの楽譜はウタに警告した。

能力者を殺せば、ルフィが元に戻らなくなる可能性があると。

制止するように纏わり着く楽譜を払い除けたウタは躊躇わず発砲した。



「あっ…!」



発砲音を聞いて白目を剥いて気絶したシュガー。

その瞬間、国中に居たおもちゃが元に姿に戻った。

ウタが愛して止まないルフィも記憶と共に元の姿に戻った。

記憶を取り戻したウタは自分の作戦が成功したと確信した。



「あははははっはは!ムジカ!記憶が元に戻ったの!!」



シュガーの右頬スレスレに発砲した女は記憶を取り戻して歓喜した。

「止血しないと出血死しないか?」と負傷したシュガーを心配する楽譜。

そんな楽譜の意図に気付けないのか涎を垂らして楽譜に向けて笑顔を見せた。

既に何かが逆転しているがウタは気にする事は無い。



「これで帰れるならいいけど…ルフィは許さないもんね」



今頃、戸惑っているドフラミンゴをルフィが殴打している頃だろう。

自分の手を汚してでも次世代に平和を届ける覚悟をした彼女はもう迷わない。

子供たちには笑って過ごせる“新時代”を作る為、大海賊の娘は動き出す。



「さようなら」



気絶した女の人生に止めを刺したウタは階段を駆け上って大暴れした。

偶然にもウソップ海賊団がドレスローザに居合わせたこの日。

ドンキホーテ・ドフラミンゴ率いるドフラミンゴファミリーは壊滅した。

そしてウタとルフィが本格的に動き出す記念すべき日となった。



END

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