【閲覧注意】ホシノ×クロコ×シロコ【1/2】
気になってしまうのは、やっぱり、私と同じ目をしていたから。
別世界のシロコちゃんにとっての先輩は別世界の私のはずで、あの決戦の合間に聞いた言葉の様子だと、私は死んでしまった後で……だから、私がどうこうしてあげようっていうのは過干渉なのかなぁ、とは思う。そういうのは、ちゃんと言葉を交わし合った先生とかシロコちゃん本人同士で支えるかどうか決めるべきだろうし。……それが分かってるのにそうできないのは、どうしてなんだか。どっちにしろ元がシロコちゃんだから放っておきたくない? それとも───自分みたいな気負い方をしてほしくない、とか? そうだとしたら、なんて身勝手なんだか。
「やっ、『シロコちゃん』」
あえて呼び方はそのまま。だって耳馴染みがいいだろうから。別の呼び方なんてしちゃったら、きっと自分の居場所の無さを意識してしまうだろうから。……シロコちゃんがシロコちゃんであるように、この子にとっても、それは重要だ。
ネオン色の薄明かりが銀髪を照らしていた。眠たげな雰囲気のはずの目を丸くして、固まって、ああ、身長なんてとっくに私じゃ背伸びしても頭を撫でてあげられないくらいなのに、どこかその姿は小さく見えた。私と相対しても逃げる気配のないまま。それはいい。そのくらいには気持ちが落ち着いてきてるんだろう。でも、それでいて、腕をギュッと抱いて顔を逸らしてしまってる。叱られる子供みたく。
「……ホシノ、先輩」
「んー、いいんだよ別に、遠慮しなくってさ。先生とか、こっちのシロコちゃんにも色々聞いたし」
「その……まだ今は銀行強盗とか、危ないことはしてないから。指名手配犯をちょっと捕まえるぐらいで、」
「ん……んん? 待って待ってシロコちゃん、私は別に叱りにきたわけじゃないんだよ」
「───そうなの?」
「えっ……も、もしかしてシロコちゃんから見た私ってけっこう、怒ってばっかり……? うへー……」
わしゃわしゃと髪を掻きながら、とぼけてみたりして。……でも、確かに正直そういうところはあるかな。もちろんウチのシロコちゃんに関しては普段一緒だから危ないことした時に叱りがちっていうのはあるわけで……。でもそれは真っ先に心配の気持ちがあるわけで、こっちのシロコちゃんみたく会う機会が少なければ、叱る以外のコミュニケーションだってありうるのに。そこはもうちょっと信頼して欲しいなぁ、と思いつつもへらへらと笑う。不安げに言い淀むシロコちゃんに「なんてね」と。
「シロコちゃんが一人暮らしして、寂しがってないかなーってね。それだけだよ」
「それは……一人でいるのは、もう、慣れたから」
「ほんとに〜?」
不意に歩み寄ったりして、覗き込んでみれば揺らいでる。淡い水面で瞳孔が揺れて、ああ、それこそあれだ。少し前の銀行強盗の時、現金まで持ち帰っちゃった時の『このままじゃ怒られちゃう、そんなつもりじゃないのに』って思ってる時のシロコちゃんとおんなじ。ちょっと背伸びしたがりで、褒められたがりなのが分かりやすくって。……安心した。まだ、シロコちゃんはシロコちゃんだ。
「私たちの迷惑になりたくないから我慢してるだけじゃないの、それ」
「………それは、」
「ウチのシロコちゃんも君のことは大丈夫、って言ってたけど……君もあの子も危なっかしい同士だからねぇ。おじさんからすると心配になっちゃうよ〜」
「…………」
「変に悩まなくたって、対策委員会は人手が増える分には万々歳だよ?」
シロコちゃんの息が詰まる、音がする。泣きそうな顔で見つめてくる。それは……うん、さすがにいきなりぶつけるのは、酷な話だったかもしれない。このシロコちゃんが別世界のシロコちゃんって分かってる以上、私も含めみんなウチのシロコちゃんとは違う扱いをしてしまうだろうし。この子の中で色濃い記憶があるアビドスの校舎の中で、そういうズレがあったら……ますます孤独を感じてしまうかもしれない。結局、自分一人が異物なんだと。言葉を選ぶ。なんだかな。やっぱり……あの先生のようには、どうもうまくいかない。
「…………別に、お手伝いとかじゃなくっていいからさ。たまに遊びに来たりしてもいいんだよ」
「うん……ごめん、ホシノ先輩、」
「いいよ、ほら。おじさんの薄っぺらい胸でよかったら貸したげる。今は……シロコちゃんの先輩ってことで、いいからさ」
ぼたぼたと溢れてく涙を抱き止めてあげる。この子は……その涙を、どれだけ自分の膝で受け止めてきたのだろう。それは本当は私が抱き締めるべきではないのかもしれない、けど。……あの空の果ての決戦で、子供みたく蹲って呻いて、涙を拭うこともできないでいたこの子には、少しの間だけでもそうしてあげる誰かが必要だろう。───なんて、それは言い訳。単に、放っておいたら私の方が心配でたまらなくなるからって、そういうだけだ。だらしない先輩、ってみんなには呆れられちゃうかな。
やっと撫でてあげられた頭は、確かに背丈は伸びたけれどシロコちゃんそのもの。行き倒れてるところを拾ってすぐの頃、よくわしゃわしゃと撫でてあげてたあの感じと同じ。強いて言えば、少し髪が傷んでる気がするかな。
「どう? お金稼いでるってことは、最近はちゃんとご飯食べてる? よく眠れてる?」
「ん……それは問題ない。自分の身体はちゃんと───」
と、言い終わらないうちにきゅう、と可愛らしいお腹の虫が鳴った。シロコちゃんは恥ずかしがるより焦り、ばたつく。よりにもよって、こんなタイミングで、って。
「せ、先輩……! これはその、普段から食べてないとかじゃなくって、単に今日はあんまり食べる気分じゃなかったっていうだけで、」
「んー、それって気持ちが落ち込んでて食欲出ないってことだよねぇ? おじさん心配だなぁ」
「う……」
「でも……今はお腹空いてるんだよね。なら、ちょうどいいや。おじさんもちょーっと夜食の気分だからさ」
戸惑う手を引く。ふらふらとされるがままの姿は、風に舞う落ち葉みたいだ。掴んで割れてしまわないよう、おそるおそる。
だから多分、怯えているのは私の方なんだ。
「うい~、マスターまだやってる~?」
暖簾をくぐれば、丸々とした柔らかな毛並みの大将が訝しげに出迎えてくれる。それは『ここはバーじゃなくラーメン屋なんだぞ』って突っ込み混じりなのか、それとも私の後ろにいるシロコちゃんへの反応か。……まあ、後者か。
「あー、マスター。この子はねぇ、アレだよアレ。シロコちゃんの……………お、お姉ちゃん……?」
シロコちゃんは明らかに「え?」という顔でこっちを二度見してきて、大将は私とシロコちゃんを交互に見る。主に私に疑いの目を向けてくる。なんでさ。私がまるでいたいけな少女を拾ってきて好き勝手に育てる誘拐犯みたい───前例がある? いや、まあ、うん。それはね。だけどまあ、そこに関しては通い詰めた縁もあってなのか(昔の私ならひと悶着あっただろうけど)、実際前に拾ってきたシロコちゃんがいい子に育ってるからなのか、「座んな」と言いつつ支度をし始める。
「うへ~ありがとねマスター。あ、こっちの子は大盛りで~」
「っ、ホシノ先輩……!?」
「まあまあ、食べ切れなかったら私が引き受けたげるからさ。まあでも……」
くうくうと繰り返しお腹が鳴って、シロコちゃんがドレスで絞られたウエストにさっと手をやりながら、頬を赤くしてる。ひょいひょいと手招きする。シロコちゃんは一瞬迷って、私の座った席からひとつ空けて、ちんまりと腰を下ろす。……無言でその隣に詰める。シロコちゃんは狼狽してあたしを見る。
「遠慮しなくたっていいじゃんか。ほら、いっそ膝の上だっていいんだよ~?」
「……ホシノ先輩はどうして、そんなに私を構いたがるの?」
「えー? シロコちゃんだって分かってるんじゃないの? 私が後輩ちゃんたち大好きってこと」
「うん……知ってる」
シロコちゃんはあたたかい思い出に触れたように、だけど寂しそうに笑う。
この子の優しい記憶っていうのはもう、どうしたってそういうものと隣り合わせで。だから……どうやったって、傷口に触れながらでないと優しくできないことに、苦しくなる。
「だけど私は、こちらの世界の私を攫って、皆のことも傷つけた」
「あー……んんー……難しいのはそこだよね~。それにシロコちゃんからすると、私ってけっこう外の人と距離置いてるように見えるのかな? 線引きがあるはずなのに、どうして自分がっていうのが気になるんでしょ」
シロコちゃんは俯いて、カウンターの面を見つめる。
……その頬を突っついてみたくなる。そんな顔を見せられて、ほっとける人間がいるだろうか? そりゃあ……まあ……ブラックマーケットで暴れ回ってるような連中はこれ幸いと襲ってくるかもしれないけど。
「んー……確かにまあ、シロコちゃんがシロコちゃんじゃなかったら、私もほったらかしにしてたと思うんだよね。後は───」
あんな風に泣いてる姿を見ちゃったらそれどころじゃないよ、と言いたいんだけど、果たしてどうか。シロコちゃんからすれば、それは自分の悲しみでしかないのかもしれない。上辺だけの同情だけで慰めないで、なんて言うことはないだろうけど、対策委員会としての日々を過ごしているからこそ、それを害した相手を可哀想だから助ける───なんて構図はシロコちゃんからすればこそ、受け入れがたいだろう。だからそう、ここで挙げるべきなのは。シロコちゃんの先輩としてじゃなく、私個人としての理由。
「おんなじ目をしてたからかな、私と」
「……ホシノ先輩と?」
「そうだね。……そっちの私は話したりしてなかった? シロコちゃんがアビドスにやってくる前のこと」
「っ、まさか、ホシノ先輩は───」
「へいお待ち! 並イチ大盛りイチね!」
「うへ~仕事が早いねぇマスター」
シロコちゃんの分の箸も取ってあげて、差し出して促す。
何か言いたげにしていたけれど、スープから立ち上る湯気が鼻にかかって、それでそちらの方に気が向いたようだった。……そう。シロコちゃんにとっては思い出の味。箸を取って、覗き込んで、息を止める。おそるおそるレンゲを手に取って、こくりと嚥下した。すると……ずるずると音を立てながら、俯いたままで啜る。
「うおっ……いい食いっぷりだねぇ」
「ん〜すっごいお腹減ってたみたいだし……ラーメンが好きらしいからねぇ」
「へえ、まあ、そんな喜んでくれてるなら嬉しい限りだけども」
カウンターにぽたぽたと滴った透明な雫は、スープの飛沫だってことにしてあげて。私もラーメンを啜る。胸の芯まであったまるような味だ。するするといけちゃう。別に私はがっつくほどお腹を空かしてたわけじゃないけど、途端に完食。隣にはもう既に空の器を見つめて、ぽわぽわしてるシロコちゃんがいる。
「ん〜、マスター。二人とも同じのをもう一杯おねが〜い」
†
「ふうん……ここが今のシロコちゃんの寝床?」
「ん。ここはもう建物ごとゴロツキが入り浸ってたせいで、元の持ち主が手放したみたい」
「ブラックマーケットあるあるだねえ」
ちょっとした事務所くらいのスペースの部屋はどこか埃っぽい。テーブルと椅子とはもう年単位で使われてなさそうな様子で、清潔なのは奥に見える簡素なベッドくらいだ。本当に身体を休めるためだけの部屋で、あれだけどうにか調達してきたんだろう。
窓からは淡い星明かりが差し込む。シロコちゃんがベッドの端にちょこんと腰掛けるのに合わせて、隣り合った。
「必要最低限って感じだね〜、おじさんが何か色々買ってきてあげよっか?」
「……いい。留守の時に盗まれたら大変だから」
「だよね〜。でも、何もないとこでじーっとしてるのは寂しくない?」
「それは…………」
シロコちゃんは困った顔をする。寂しい、けど素直に言えるわけもないか。意地悪だったかな。そっと手の甲に手で触れてあげる。泣きそうなその子の手を、きゅっと抱きしめてあげて。
「今度カメラとか持ってきて、写真でも飾っちゃう? ……や、それじゃあ余計に遠くにいるみたいになっちゃうか~」
「ホシノ先輩、」
ずい、っと迫ってくる所作はやっぱりウチのシロコちゃんとおんなじで、純粋そのもの。
「シロコちゃんは気が早いね〜」
「でも……だって、気になる」
「ま、それもそっか。そこを話さなくっちゃ気軽に甘えられないだろうし」
「別に、そういうつもりじゃ……」
「んー、じゃあ話すのやめちゃおっかな〜」
「……先輩?」
「いやあ、だってさ、楽しい話じゃないし」
つとめて、明るく言ったつもりだったんだけど。シロコちゃんが目を見開いて、さっと目を伏せて、「ごめんなさい」って呟いたあたり、私もどうも大根役者のようだった。
「あー、いやぁ……私こそごめんね〜。そこまでは思い詰めてはないんだけど」
「……さすがに、それは嘘」
「んん……まあ……否定はしないけども〜」
シロコちゃんは手に手を重ねてくれる。ああ、なんて優しい子だろう。でも、どうかな。本当に痛くて苦しいのは、シロコちゃんの方じゃないの。
「シロコちゃんから見てさ、おじさんはどう? いい先輩?」
「……ん。危ないことしたら叱ってくれて、悪いことから守ってくれる、すごい先輩」
「うへ〜誉め殺しだねぇ」
「でも、だから……居なくなってから、ずっと怖かった。もう、何をしたってホシノ先輩が叱ってくれなくなったから」
「…………そっか、ごめんね。最後まで付き合ってあげられなくて」
シロコちゃんは首を横に振る。
感じるのは申し訳なさと、少しの安堵と。シロコちゃんの世界では、私は最後まで先輩らしくいられたんだなぁって思いはしつつ、だけど……昔のことに囚われたままだから、残していっちゃったのかな、なんて。
「でもねシロコちゃん。私はさ、いい先輩に見えるかもしれないけど、あんまりいい後輩じゃなかったんだ」
「ホシノ先輩が……?」
「うん、昔は口も悪くって生意気でさ。シロコちゃんや皆みたいなかわいい後輩たちとは大違い。……その時のアビドスの生徒会長さん、不器用で優しくって、ふわふわしてたけどアビドスのこと、本気で立て直そうとしてたのにさ。私、『真面目にやってください、先輩』って言うばっかりで。いや、もっとキツいことも言ったし、手をあげそうにもなったなぁ……」
自分でも驚くくらいに口が回って、とまらない。……抑え込んでた分、一度開くと、溢れてしまって。だけど、じわ、と視界が滲み始めるのまでは想定外だった。おかしいな、シロコちゃんを安心させるために話してるのに、すごく……不安な顔させちゃってる。何か言いたげなシロコちゃんに、ひらひら手を振って、大丈夫、と制した。
「でもさ、それでも楽しかったんだよ。後になって思うと恥ずかしいことも自分が許せないことも色々あるけど、会長と過ごした中で楽しい思い出はあったし、私にとっては……眩しいくらいの青い春だった」
「───ホシノ先輩は、その人のこと、好きだったの?」
「好き……か、どうかかぁ。どうだろ。あんまり考えてこなかったな。私が好きでいるのも、許してくれるか分からないし」
「その人は……」
「死んだよ」
シロコちゃんは言葉を絞り出そうとして、でも、私はどうにかへにゃへにゃの表情筋を笑顔の形にして、それを制した。泣かれるようなことじゃない。慰めてもらうようなことじゃない。思い出すのは辛く苦しい行為だけど、その原因は私の自業自得だ。自分がどれだけ滑稽な姿をしてるかは分かっている。でも、それでいいと生き方はもう決めた。せめて最後までいい先輩でいられたら、それで。それ以外はいらないから。
「私……ホシノ先輩のこと、何も知らなかった」
「まあ、多分シロコちゃんの世界の私も、かわいい後輩相手にあんまりそういう話したくなかっただろうからね〜。……私も、本当は一生話さないつもりだったし」
「…………」
「まあ、そんなこんなで絶賛傷心引きずりまくりの寂しがりのおじさん相手で申し訳ないんだけども、シロコちゃんは───構ってくれるかな?」
ぎゅっ、と抱きしめられる。それはもう苦しいくらい。勢い余って、そのまま倒れ込んじゃいそうなくらい。果たしてそれは抱擁なのか、縋り付いているのか。たぶん、私もシロコちゃんも曖昧にしたがった。私がかわいい後輩に自業自得の傷を撫でてもらうのを呑み込めないのと同じように、シロコちゃんも私たちに優しくされるだけじゃ笑えないだろうから。……私は、果たして何をやっているのか。別世界から来た後輩にそこまでするのか。それとも、別世界の後輩だから好き勝手押し付けてるのか?
頭上の耳の後ろを撫でてあげたら、くすぐったそうに目を細める。ああ、おんなじだ。私の後輩のシロコちゃんとおんなじ。
「いじわる」
「おじさんはおじさんだからねぇ」
「……ん、でも、そういうの懐かしい」
「そう? このくらいなら幾らでもしてあげるけどね〜。他に無いの、何か」
「……私がまた、悪い子になったら叱ってほしい」
シロコちゃんはそう言って、俯いて。
その願いの、なんてささやかなことだろう。
その祈りの、なんて切実なことだろう。
それは私にとってはシロコちゃんに対して当たり前のことで、だけどシロコちゃんにとって、私の全てだったんだろう。
「いいよ。シロコちゃんがどこに居たって、悪いことしようとしてたらすぐにでも駆けつけて、叱ってあげる」
「……本当に?」
「ほんとだよ。おじさんが可愛い後輩との約束を破ったことある?」
「ん、心配してるのにけっこう一人で抱え込んで無茶したりする……」
「そ、それはねぇ……ほら、シロコちゃんたちが心配だから」
「でも、ホシノ先輩がみんなの頼れる先輩な分、居なくなった時の傷も大きくなる」
「んん……そっか、シロコちゃんは知ってるんだもんねぇ……」
黒服の口車にまんまと乗せられて閉じ込められた闇の中、あそこから抜け出した後の、陽の光よりも眩しい皆の表情を覚えている。それまでにどれだけの焦りと怯えがあったのか、あの安堵の表情が物語っている。……あの時はみんなと先生がいた。それにアビドスの外からも助けに来てくれる人がいて。だけど、このシロコちゃんがあの空の果てで吐き出した言葉を信じるなら、アビドスの校舎で、たったひとりで。あの暗い砂漠の夜はひどく寒かっただろうに。……ユメ先輩がいなくなった後の自分を思い出す。あの頃はまだ自己嫌悪と八つ当たりで荒れっぱなしで、立ち止まると押し潰されそうでずっと忙しなく動いてて、でも、それでも胸がすいてしまうからマフラーを巻いたんだっけな。
「そういえばシロコちゃん、マフラー……」
「……ごめん、気付いた時にはもう、失くしてて」
「ううん、べつに───失くしちゃったなら失くしちゃったでいいんだよ。どっちにしたって、うちのシロコちゃんとおんなじで大事にしてくれてたんでしょ」
「ん……」
「なんなら、新しく買ってあげよっか?」
「……いい。それより、約束してほしい」
「約束?」
「もう、置いていかないでほしい。……みんなに秘密にしたいのなら、私が手伝うから。その時は後輩だなんて思わなくていいから。だから───」
「ごめんね、それは約束できないかなぁ」
「……どうして?」
「おじさんが負けず嫌いだからだよ」
正直、羨ましいと思ってしまった気持ちはある。
一番は後輩の皆を卒業まで守ること。できるならOGとしてシロコちゃんたちやその後の代の新入生が来てくれたら、それも支えて。でも、別れの日っていうのは準備期間をくれるようなものじゃない。私にとってユメ先輩がそうだったように。だからこそ、自分の選択によって別れるあの時は貴重な機会だったから手紙を書いたんだ。……もがきながら生きてるんだから、死に方なんて選びようがない。だから……自分が当事者になったら、こんなの無責任だと後悔しながら死んでいくんだろうけど……それでも、可愛い後輩たちの為に生きて、先に死ねたのなら、それは幸せだったと思うから。
シロコちゃんの見開いた瞳の中で、私が微笑んでいた。ぞっとするくらいに穏やかな笑顔だった。ああ、私ってこんな笑顔ができたんだな。シロコちゃんは寂しげに目を伏せる。……ごめんね。寂しくて心細いだろう君を、こんな風に突き放して。だけどそれは、君もまた私にとって、大事な後輩だってことだから。
「……そうだよね。ホシノ先輩は、そういう人だから」
「うへ~、分かってくれてて嬉しいねぇ」
「でも、それと私がどうするかは別」
「へ?」
「ホシノ先輩が怪しいことしてたら……見つけて、追いかけて、捕まえに行く。先輩が『シロコ』に対してそうしたように」
「ん、んん~? あのねえシロコちゃん、」
「それで、力づくでも止まらなかったら……しがみついて、泣いて、泣いて、離してあげない。私が───私の先輩に、出来なかった分まで」
「…………ずるいよ、シロコちゃん」
それは、私がやりたかったことなのに。
夢に見るくらい、あの日あの時を心の中で繰り返したとしても……それでも、私はユメ先輩の前で、一度だって泣けなかったのに。