【閲覧注意】ペンギンという男

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前回

ローの作戦

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【これまでのあらすじ】

・ロシナンテ、ドレスローザの闇を知る

・ロシナンテ、ローの作戦を知る

・ロー、ハートの椅子に縛りつけられる

・ペンギン


【閲覧注意】

・原作ネームドキャラが原作ではしない感じの言動をしますがキャラヘイトの意図はありません

・ノベルロー前提なので苦手な方や未読の方はご注意を





「ペンギン、お前……」

「恨まないでくれよ。おれはドンキホーテファミリーの幹部、やるべきことをやっただけだ」


 ペンギンはゆっくりと歩いて、余裕たっぷりに椅子へ腰かけるドフラミンゴのそばへと寄った。控えていたバッファローとベビー5が少し身を寄せたその隙間に、あたかもそれがあるべき姿であるように納まる。

 中心にはドフラミンゴ、その左右後ろに立つ幹部の3人、さらに後ろには名前も知らない下っ端たちがズラりとならぶ。そのなかにペンギンが混じっているというのは、ローにとってあまりにも重たい光景だった。


「ローさん、あんたバカだよ」

「へえ、お前のほうが賢いって?」

「少なくともローさんよりはね」


 言い捨てたペンギンの顔は見えなかった。いつものように、彼のシンボルでもある帽子を目深にかぶっている。


「いくらあんたが強くても、若様にかなうはずがない。それくらいわかるだろ?」

「だからおれを売ったのか。ドフラミンゴに何をされた? これは本当にお前の意思か?」

「フッフッフ、まぎれもなくこいつの意思さ。ずいぶんと嫌われてるなァ、13年来の仲間に」


 ドフラミンゴが楽しそうに皮肉る。ペンギンはじっとりとピンクのコートを見つめ、しかし彼から否定の言葉はでてこなかった。

 自分がまいた種とはいえ、ローはこの状況のすべてが気にくわなかった。椅子に拘束されて限りなく不自由だし、ひどく心がささくれ立つ。海楼石の錠がもどかしく、動くたびに揺れる鎖の高い音が耳障りだ。


「おれは信じねェぞペンギン。だって、お前が海賊になったのは……」


 ツンと澄ましたペンギンを睨む。

 血ぬれの頬に、北の海の風を感じた気がした。





 その日も冷たい風がナイフの鋭さで頬をなでていた。ジンと痛む鼻の頭はずっと前から真っ赤になっている。ゴワゴワするマフラーのすき間から白い息をまき散らして、おれとペンギンは竹刀サイズの鉄パイプを振りまわしていた。

 北の海、スワロー島。1年の3/4が雪でおおわれる、寒さの厳しい島だ。 

 12年前のこのとき、おれは14歳。ペンギンは16歳。おれたちふたりはプレジャータウンでの仕事の休みが偶然かぶり、いつもの場所で戦闘訓練をしていた。それが終わったらヴォルフの家に帰り、ホカホカの甘ったるいココアで冷えた身体を温める。それがおれたちの日常だった。

 しかし、その日ばかりはそうはいかなかった。おれは雪ではないものが降るのを、気配で感じた。足もとに落ちた小さな『それ』をヒョイとつまみ、ひと呼吸して『それ』の正体に気づく。


 ピンク色の羽根だ。


 おれは反射的に羽根から手をはなした。その羽根が地面に落ちるか否か。そんなタイミングで、天から夜叉が舞い降りる。


「探したぜ、ロー」

「ドフラミンゴ!?」

「背が少し伸びたか? お前を迎えにきた」


 ドフラミンゴは巨体を丸めてしゃがみ、おれに視線を合わせて言った。長い指をおれの頬に、あごに、ゆっくりと這わせていく。

 死を秒よむ白い斑はもう消えていた。ドフラミンゴはフンとひとつ鼻を鳴らし、おれの腕をつかむ。子どもの細こい腕などふた回りもできそうな、大きな手だった。


「やめろ!」

「ア?」


 おれは渾身の力でその手を振りほどいた。ツリ目のサングラスの下からのぞくギョロリと不気味な眼光に、思わずぶるりと身をふるわす。

 どんな目をむけられたって、ついて行く気はなかった。目の前の大男がオペオペの能力者を道具として使おうとしていることを、おれは知っていた。

 大好きなコラさんを撃ち殺したことを、おれは知っていた。


「行かねェ。もうやめたんだ」

「……おれァ許可してねェが」

「関係ねェ」

「あるさ。おれはお前のボスだ。お前に海賊のイロハを教えこんだのも、このおれだ。いまさら抜けられると思うなよ」


 ドフラミンゴはそう言っておれの顎を乱暴につかんだ。優しさなどみじんも感じられない。有無を言わさぬ手つきだった。


「たったひとりで死の運命に打ち勝ち、こうして生きてる。おれァお前をかってるんだぜ……お前が必要だ。ロー」


 静かに、ゆっくりと、ねぶるような声色でドフラミンゴは言った。おれは体中から冷たい汗がふき出すのを感じたが、ここで折れるわけにはいかなかった。


「ちがう! おまえが必要としてるのは“おれ”じゃなくて“オペオペの能力”だ!」

「……あいつにずいぶんといろいろ吹き込まれたようだなァ、ロー。らしくねェぜ。お前はあんなにコラソンを嫌っていた。こりゃどういう風の吹きまわしだ?」

「ローさんをはなせ! この海賊……ギャ!」


 ペンギンが隙をついてドフラミンゴの横っ面に鉄パイプをぶち込む。

 しかしドフラミンゴはそんなもの意に介さない。片手でやすやすとパイプを受け止め、そのまま大きく振りまわす。あまりの力にペンギンは手を放してしまい、雪の野原に叩きつけられてしまった。


「ばか! やめろペンギン!」

「あァ? なんだこのガキ」


 すこし曲がったボロボロの鉄パイプだけが手に残り、ドフラミンゴは興味なさげにそれを捨てた。ふたたび立ち上がろうとするペンギンを糸で縛るのも忘れない。急に体を動かせなくなったペンギンは、ふるえる声でおれの名前を叫ぶことしかできなくなった。


「ローさん!」

「ペンギン! くそッ!」


 焦ったおれは、がむしゃらにドフラミンゴに食ってかかった。ファミリーのことにペンギンを巻き込みたくなかった。自分を慕う年上の子分を、大切な友人を、もう失いたくなかったのだ。


「ペンギンをはなせ、ドフラミンゴ!」

「おれはお前がコラソンに“無理やり連れ去られた”と思っていたが……それともなんだ。お前も裏切り者か?」

「しるか! ペンギンをはなせ!」

「おれはお前の意思を聞いてるんだぜ」

「誰がついて行くもんか! 誰が……コラさんを殺したお前に! ペンギンをはなせよ!」


 コラさんは死んだ。おれに命と心を与えてコラさんは死んだ。ならばこの命でコラさんの想いを遂げたい。ドフラミンゴでもファミリーでもなく、他でもないコラさんに報いたい。

 できるかどうかなんてわからない。理屈なんかじゃない。ただそう感じたのだ。

 心が悲鳴をあげる。大好きな人からもらった心だ。コラさんによって閉じられた宝箱を自分で開けたあのときから、ずっと切ない叫びをあげ続けていた。

 しかしそれも、ドフラミンゴが続けて放ったひと言に冷水を浴びせられることになる。


「ああそうか。お前は知らなかったな……コラソンは、生きてる」


 ヒュっと。凍った空気を吸ったのを最後に、呼吸がとまった。目が燃えるように熱くなる。


「なんッ、嘘だ!」

「嘘じゃねェ……ヴェルゴ」


 ドフラミンゴが思いがけない名前を呼んだ。海軍に潜入している最中のはずの人物だ。

 呼ばれた人物はもう海軍のコートなんて着ていない。ほっぺたに薄っぺらのパンケーキをくっつけて姿を現した。はじめからドフラミンゴとは反対側の茂みの影にいたのだ。


「こいつがここにいるのがその証拠だ。コラソンが海軍から追い出した」

「ヴェ、ヴェルゴ…!?」

「ヴェルゴ“さん”だ、この、ガキが!」

「うッ……この! ……ぐあッ!」

「ローさん!」


 ヴェルゴはあの時とまったく同じようにおれを見下ろし、黒くて速くて重い蹴りをはなつ。おれはなんとか立ち向かおうとしたが、力の差は歴然で。

 鉄のにおいにむせ返りそうになる。耳の奥がガンガンと痛み、ふせた体は動かせない。地面に近いところから見上げると、ヴェルゴとドフラミンゴはこの世のなによりも大きく感じた。


「怖いか? 無理もねェ。こいつにはそうとう痛い目に合わされたろうからな……おいおい殺すなよヴェルゴ」

「だがドフィ、こいつには朝食のハムをとられた恨みがある」

「……お前ハムなんてとられちゃいねェだろ」

「そうだ、おれはハムなんてとられちゃいなかった。だが仕置きは必要だ」

「ああ、間違っちゃいねェ」


 殴られるたびに全身の骨がミシミシとうなり、呼吸すらもままならない。その合間に断片的にふたりの会話が聞こえた。なんでもない会話だ。おれを殴ることなんて、なんとも思っちゃいないのだ。


「ローさん立って! 逃げてくれ!」

「うるせェな」

「がッ……ァ!」


 手ひどくやられたおれに、ペンギンが叫びをあげた。それが気に障ったドフラミンゴが、ペンギンを締めあげる。グリンと白目をむいた成長途中の体を、糸の束の先がいまにも貫かんと狙いを定めた。

 

「ぺ、ペン、ギンっ……ROOM! シャンブルズ!」

「ほォ」

 

 ようやく慣れてきた能力だから多用はできない。体力だって全然足りない。ペンギンとヴェルゴの位置を入れ替えるだけで精いっぱいだった。

 痛みに身もだえしているペンギンを背にかばい、山のような大男ふたりを睨みつける。たったそれだけしかできない力およばぬ自分にムチを打ち、渦巻く激情を隠しもしないで、ただただふたりを威嚇する。


「なるほど、そいつがオペオペ。おもしれェ」

「こいつに……ハァ、手ェ出すんじゃ、ねェ……」

「そいつは脅しか? 命令か?」


 ドフラミンゴは余裕の笑みを一瞬も崩さず指先をあやつる。気づいたときにはもう遅い。いや、たとえ気づいたとしても、ボロボロな体では対処できなかっただろう。


「ペンギンっ!」

「かわいそうになァ。弱ェやつほど、あれもこれもと守りたがる。見てみろ。お前のせいでコイツは死ぬ」


 ドフラミンゴの糸の能力により、ふたたびペンギンが宙にはりつけにされた。力のぬけた肢体からゆっくりと、鮮やかな赤がしたたり落ちていく。

 身体はどこもかしこも熱いのに、背筋だけがスッと凍る。大切な人たちが失われていく、思いだしたくない記憶がよみがえった。


「最後のチャンスだ。ロー、お前は裏切り者か?」

「ダメ、だ……ローざん……」

「勝手にしゃべるんじゃねェよ」

「う、ぐっ……あ"、ぁ~~~ッ……!」

「やめろ! やめてくれ……!」


 悲鳴が何重にも聞こえた。もう聞くこともないと思っていた声すら聞こえる。ガンガンと脳みそが揺さぶられる思いだった。

 伸ばした手はとどかない。必死の声も意味がない。いつもそうやって失ってきた。大切なものを、とりこぼしてきた。そんなのはもうイヤだった。


「まて! 行く!」


 すべての時間が止まったみたいに、ドフラミンゴの糸がピタリと止まる。涼しい顔をおれに向け、目線で続きをうながした。


「い、行くよ……お前たちと行く。だからペンギンにはもう手をだすな」

「賢明な判断だ。命拾いしたな、ガキ」


 糸を解かれたペンギンが地に落ちた。上下する胸元に安堵しながら、おれはおとなしくヴェルゴに手をひかれた。

 これでいいのだと思った。なにも失われていないのだから、これでいいのだと。友達を守れるのなら、安いものだと。鼻をすすって、黙ってピンク色の羽根のあとをついて行った。


 ふと、ドフラミンゴが怪訝な顔で立ち止まる。


「……なんのマネだ?」


 彼が振りかえり、おれもそれにならうと。

 ボロボロのペンギンが手が届きそうなほどのすぐそばで、白く凍った地面に頭をこすりつけていた。雪にじんわり赤がにじむ。


「お、おれも連れでっでくだざい!」


 ペンギンはもうフラフラで体を左右に揺らし、ガラガラになったのどを必死にふるわせていた。ペンギンはもう限界なのだ。

 おれはハッと息をのみ、声を張りあげる。せっかく自由になれたペンギンを海賊なんかにならせるわけにはいかないと思った。

 

「なに言ってる、ペンギン! やめろ!」

「おれ、役にたぢまず! ……ゲホ、盗みだってでぎる! お願いじます!」

「盗みはしねェ。コソ泥じゃねェんだ、海賊は」


 あきれた様子でドフラミンゴが言った。


「ドフラミンゴ! ダメだ、こいつは連れて行かねェ!」

「ドフィに命令するな」

「ギャっ!」


 ヴェルゴの強烈なビンタを受けたおれは雪原にぶっ飛んだ。それを見たペンギンは血の気の引いた顔をさらにまっ白にして、何度も何度も固く締まった雪に頭を打ちつける。


「おね、お願いじます! なんでもじます!」

「お願いしますってツラじゃねェがな。なんでもか、フッフッフ…………じゃあ死ね」


 ドフラミンゴはペンギンの襟首をつかんで顔を上げさせ、そのまま頭に銃をつきつける。1秒だってためらわず、まるで行きつけのレストランでオーダーするみたいに気軽に引鉄を引いた。

 平べったい破裂音とおれの叫びが重なる。ペンギンがいつもかぶっている、赤いポンポンのついたキャップが灰色の空を舞った。


「合格だ」


 青ざめながらもなおドフラミンゴを睨み続けるペンギンの頭に、風穴は開かなかった。銃弾は彼の帽子をかすめて、ずっと後ろの木にめり込んだ。

 ドフラミンゴは、ペンギンを試したのだ。


「殺しゃしねェよ。約束が違うからな」


 口元を歪めてうすら笑いながらドフラミンゴが言った。


「ペンギンといったな。こいつも連れて行く。ただしファミリーじゃねェ。小間使いといったところか」

「いいのかドフィ。何の力も無いガキなんて邪魔もいいところだ」

「こいつがいりゃ、あの跳ねっ返りも言うこと聞きそうだからな。せいぜい良いように使ってやるさ」

「なるほど、さすがだな」


 ドフラミンゴとヴェルゴはわざとおれたちに聞こえるように会話を続ける。自分の立場をわかっておけよと釘を刺されている気分だったが、実際のところそうなのだろう。

 状況なんてとっくに理解している。だからよけいに腹立たしい。おれは身体のそこかしこから血を流しているペンギンに肩を貸しながら、責めるような口調で言った。


「お前バカだろ。海賊なんかになっちまいやがって」

「ごめん勝手して。でもおれ、バカでもいいんだ」


 ペンギンは力なくヘラヘラと笑った。


「しってるかローさん。力いっぱい殴られるより、腕がちぎれるより、寂しいほうがずっとつらいんだ」


 おれの肩にまわしたペンギンの腕にギュッと力がこもる。かつておれがつないだ腕だ。血のかよった、温かい腕だ。


「あんたを、ひとりぼっちにしたくなかった」

「……なんだよそれ」


 血のかよった、温かい人間の言葉だった。おれはなんだか無性にせつなくなった。鼻の奥のほうがツンとしたが、あふれるものをグッとこらえて飲みこんだ。


「だから、いいんだ」

「……なんだよ。チクショウ」


 海が荒れる時期なのに、その日だけはおかしいほどに凪いでいて、笑ってしまうほどに穏やかで。海はこんなに広くても、これから歩むだろう未来はまるで不自由でしかなかった。

 ペンギンは少しひきつったヘンテコな笑顔で「これでいいんだ」と、くり返しくり返しおれに言った。

 そんなペンギンの背中を。

 離れゆく甲板で島が遠く消えるまで立ちつくしていた小さな背中を。

 おれはきっと忘れない。





 ペンギンがローの目の前に立った。ローはあのころよりもずいぶんと背が高くなったから、彼を見上げるのは久しぶりだ。


「12年前おれがこの海賊団に入ったのは、あんたをひとりにしたくなかったからだ。でもあんたは勝手にひとりで行っちまう」

「それは違う。お前がいてくれたからおれは今日までやってこれた。ひとりじゃなかった」

「でももう、うんざりなんだ。あんたについて行ったって、おれはきっと何も得られやしない。あんたは必ず、おれを置いていく!」

「そんなことしない! お前はおれの子分で、大切な友達だ」


 ペンギンの顔がぐにゃりと歪んだ。何かをこらえるように拳をギュッと握りしめ、そしてゆっくりと背をむける。

 重くて苦しい大きな過去も、つらく険しい暗雲の未来も、すべてをともに背負ってくれた頼もしい背中だった。それなのにいまは、あの時みたいに小さく見えた。すこしだけ、ふるえてるようにも見えた。


「それでもあんたは行くだろうな。おれをこの国において、黄色のかわいい潜水艦で」

「……ペンギン」

「それでも、あんたは行くんだろ。なにより大切な恩人のために」


 はじかれたように地をけったペンギンが、無造作にローの胸倉をつかみあげた。ペンギンは小さな声で「みっともねェな」と自虐しながらも、止まらない想いがせきを切る。


「あんたがハートのクルーたちと航海に乗りだすたびに、どんな思いでたったひとり、この島で待っていたか」


 片手に持ったナイフが光り、首筋につめたい線があてがわれる。


「あんたが二代目コラソンを助けに走る背中を、どんな思いで見送ったか! あんたには! わからないだろうな!」


 外野からひとつ、冷やかしの口笛がヒュ~と乾いた音をあげた。


「ペンギン、気づいてやれなくて悪かった。本当に。だがおれは……」

「もう遅い。無理なんだ……おれは、無理だ」


 帽子のかげから、ひとつの雫が転がった気がした。


「だけどあんたはおれの命の恩人だから。これが最後の義理だ」

「……!」

「二代目コラソンの居場所を言ってくれ。そしたらおれは、あんたを助けられる」


 しぼり出すような声だった。はじめて聞いた声だ。その声を聞いて、ローの口から音がもれる。狂ったような、高らかな笑い声だった。ロー以外の誰もがギョッと目をむいた。

 アハアハとひとしきり、たっぷりと時間をかけて笑ったあと、ローは両手の中指を天にむける。


「くそくらえだ」

「な、なんで!? たったひとり、諦めりゃ済む話なのに……!」


 ペンギンの顔がさらに歪んだ。

 国が動いたのは、まさにその瞬間だった。


『すまねェ、ドフィ~~~!』

「トレーボル!?」

『シュガーが気絶しちまった! ホビホビの呪いが、解けていく~~~っ!』

『応答願います“王宮”!』

『これはもう試合どころではない! 客席が大パニック~~~!』


 そして事態はさらにたたみかける。

 鳴りやまない電伝虫の喧噪を、一本足の黒い影がすばやく割り入った。


「10年間お待たせして、申し訳ありません!」


 力強い刃はまっすぐにドフラミンゴの首へと届き。


「真のドレスローザを取り返しに来た!」


 最強の剣闘士がよみがえった。





 水平だった床が大きく傾く。ロシナンテは壁とジャンバールの巨体に押しつぶされ、ぐえっとくぐもった声をあげた。


「す、すまないコラさん」

「死ぬかと思ったぜ」

「それは困る」


 ふつうの船より揺れの少ない潜水艦にしては不自然な傾きだ。ロシナンテとジャンバールは互いに顔を見合わせ首をかしげる。


「大変だジャンバール! 」


 シルクハットの太身のクルーが、体当たりでもするかのように部屋に転がり入ってきた。鼻息あらくまっすぐに廊下の向こうを指差し、続けて叫ぶ。


「操舵室が占拠されたァ!!!」

「なにィ!?」

「どういうことだ!? 潜水している以上、敵襲はありえない!」


 3人そろって足で急ぎ現場へと向かうと、指令室から操舵室へとつながるハッチは固く閉ざされ、そのまわりには人だかりがあった。

 ジャンバールがハッチを力まかせに叩くが、扉はかなり頑丈でうんともすんとも言わない。


「何があった!?」

「イッカクの酒場のおもちゃが密航していただろ」

「出航後に気がついて、害はないからと放っておいたやつ」

「客の案内をしてたクマとウエイターやってたペンギンだよ」


 クルーらが口々に言った。ホビホビの被害者のおもちゃのことだと、ロシナンテは察した。


「そいつらが急に人間に戻って」

「まさかとは思うがシュガーが破られたのかも……」

「正確にはひとりは人間で」

「もうひとりはミンク族!」

「そいつらが操舵室に立てこもってる」

「ハクガンの安否はまだ不明なんだ」

「はやく助けてやらないと……!」


 驚愕するジャンバールに、さらなる情報が追加された。ただでさえ急いでる時ににあまりの展開で、彼は眉根を寄せて頭をかかえながら考えをめぐらす。

 いっぽうでロシナンテは、ある強烈な違和感におそわれていた。ある意味では歓喜、ある意味では恐怖と絶望が駆り立てられるような。胸のずっと奥のほうをゾワゾワとなぞられるような。底知れない違和感だ。

 そして、ふと気が付く。


 この艦に、どこか覚えがある。

 

『アーアー……ごきげんよう、ハートの海賊団諸君!』


 伝声管から声が響いた。

 ハートのクルーが一気にざわめく。


『この艦はおれたちが占拠した。無理に操舵室に入ろうなんて思うなよ。仮面の彼の安否は、君たちのおこないにかかってると言ってもいい』

「おれたちは急ぎの航海中だ。おまえたちの目的は? いったい何者なんだ!?」


 ジャンバールが語気を強くしてかけ合う。クルーたちはピタと押し黙り、かたずをのんで状況を見守っていた。

 しかしたったひとりロシナンテだけは、静かにポロポロと涙を落とす。

 彼らの目的を、ロシナンテは“知っていた”からだ。


『たいへん残念ながらUターンだ。ドレスローザに戻らせてもらう。運航はおれらでするからご心配なく!』


 彼らが何者か、ロシナンテはずっと前から“知っていた”。

 いまやっと、すべてを“思い出した”。


『申し遅れてまことに失礼! おれの名前はシャチ!』

『おれはべポ!』

『ローさんとペンギンを』

『取り返しに来た!』



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