(閲チ)窓も分厚いカーテンも開けて

(閲チ)窓も分厚いカーテンも開けて


あの薄手の、半透明なカーテンだけが風にたなびいてる光景をしばらくそばで見ていたら、何だかボタンちゃんのスカートの、内側にいるみたいに感じて、それで救われる気持ちになったのだ。

僕はその日、ボタンちゃんが今日も学校に来てなかったから、放課後、学校を出て、一人で、ぶらぶらと、いつものように寮の部屋に帰った。

そうして、部屋に帰ったら、案の定、そこには、誰もいなかった。

窓際に行ってみると、窓からは夕陽が射し込んで来て、部屋の中はオレンジ色に染まっていた。

僕の部屋には、机も椅子もベッドもクローゼットも本棚もあるけれど、それらは全てみんな同じ色をしていた。僕一人だけのために、揃えられたような色彩であった。

それから、僕は、ふっと、半透明のカーテンに顔を埋めてみたくなった。僕は窓を開け放ち、白いカーテンの端っこを持って、思い切ってそれを引き寄せた。すると、カーテンは風もないのに大きくひるがえり、僕の身体を包み込んだ。

何か不思議な事が起こったような気がした。

でもそれは、きっと気のせいであって、現実には何も起こらなかったのかもしれない。ただ単に、僕の頭がどうかしていただけで、本当には何も起こってはいなかったのかもわからない。

ただ一つ確かな事は、僕は、この瞬間から、自分の心が、自分の中から、どこか別のところに行ってしまったという実感だった。

今や、僕は、ボタンちゃんと同じ場所にいて、彼女の中に溶け込んでいるかのような、その、つまり、そういう感覚だ。

「どう? うちの中にいるんは、気持ちいい?」と、ボタンちゃんが言うはずもない言葉が、頭の中で響いた。

僕は、「うん」と答えた。

そして、そのまま、しばらくの間、じっとしていた。僕はふだん独り言なんてしないから、部屋はいつも静かだったけれど、これは、それとは全く違う沈黙だった。

僕は、自分が、ボタンちゃんの中にいる事を感じながら、何も考えず、ただ、そこに存在していた。

しばらくして、僕は、ゆっくりと、窓辺から離れた。もうこれ以上、ここにいてはいけないと思ったからだ。それ以上この自分の部屋にいたら、変になってしまいそうだと感じた。だから僕は、部屋を出たのだ。

廊下に出て階段を下り外に出たら、そこでばったり出会った級友に、「最近のお前を見るかぎり、なんだか具合ちゃんが悪そうだぜ」などと言われてしまったけれども、それには何と答えていいか分からなかった。そんなふうに言われる程、今の僕は妙ちきりんなのかと自分でも心配になっていく。

結局、僕はどうしていいのかわからずに途方に暮れたまま、しばらくの間、街を一人うろうろと歩く事になった。ただ闇雲に歩き続けた。そんな僕の、ひどく落ち着かない気持ちの原因は、まぎれもなく、さっきから何度も繰り返されている、僕の頭の中のボタンちゃんの声が、頭にこびりついて離れようとしないからだ。

その声を振り切ろうと激しく首を振りながら、それでも、僕は「そこ」にいたいと感じている。いつまでもカーテンにしがみついていたいと願っている。そんな自分が、ひどく厭らしくて、そして情けなかった。

夕闇の中、地面を激しく蹴とばし駆けながら、僕は肩を震わせる。夕焼けは夜の色に塗り替えられた。僕のいない部屋で、カーテンは静かに風と戯れていた。


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