長女の威権チップ
「分身といい変な薬といい…最近、マスト達の前ですっごい恥ずかしい思いばかりしてる気がする…」
雪がしんしんと降り積もる寒々しい外に対して、暖かく包まれた家の中
姉の威厳が失われつつあるとミライは危機感を覚えていた
「私はこの一家の長女で…上も下も暴走しがちな家族の中で一番ちゃんとしてなきゃいけないんだから…!!長女の威厳という物を私は…」
過ぎた心配とも言える独り言をブツブツと呟きながらリビングへと足を運ぶ
「何か手立ては…ん?」
「すんげェうまそうだな!!るすかいなにいる猛獣の肉だろ!?おれこれ好きだぞ!」
「ふふん…お母さんと一緒に獲ってきたんだよ!冬にいる獣は肉厚で美味しいんだよ!」
「へへ…わざわざ獲ってきてくれてありがとう!いただきます!」
「ぶ、無礼者!お母さんが持って行きなさいって言ったから持ってきただけだもん!と、取り消さないと食べちゃだめ!」
「ええ~!?食っちゃだめなのか!?」

生意気な弟と尊敬する師匠の娘さんが微笑ましいやり取りをしていた
(そっか…確か師匠、年末のお歳暮にルスカイナの猛獣のお肉送るって言ってたっけ…)
大量かつ物騒な贈り物が目に入る
(あの子もやっぱり師匠に似てるなあ。無礼者!とか…まだ師匠に比べて全然可愛いものだけど…)
口喧嘩を続ける二人を傍目に、暖かいココアを注いだマグカップに口をつける
冷蔵庫から出したパンケーキを切り分け、自分に何より他者に厳しかった師匠を思い浮かべる
(師匠は海賊の船長でしかも皇帝だから当然だけど…私もあれくらい威厳みたいなのあったらなあ…ん?)
次の瞬間、舌に強い刺激が走った
「か……か、からぁ~!!」
喉が一瞬焼けるかのような感覚に見舞われる
「な、何これ!?タバスコ!?誰が…!!」
イタズラ・辛い
二つのワードで犯人が連想された瞬間、戸棚の影から真犯人が顔を出す
「ムジカ…あんた…」
「にっしっし…ものすごくからいでしょ!タタババスコっていう激辛調味料だよ!ウソップおじさんから貰ったの!だいぶ薄くなってるけど口の中ヒーヒーでしょ?」
我が家の三女がニヤニヤしながら咳き込むこちらを眺めている
「お姉ちゃん、ママとパパが最近甘々でお腹いっぱいって言ってたから~…ちょっと辛あい味混ぜてあげたんだよ!ぼくなりの優しさだよ!」
悪戯心100%の顔して説明を続ける
迂闊だった…マストと並んで騒がしいムジカが静かにしている時点でイタズラを疑うべきだった
(こんにゃろ~…久々にゲンコツとお説教を…いや、ここは…)
イタズラが完了して逃走態勢を整えようとするムジカ
対してミライは冷静に向き直る
(むしろこれはチャンスだ…マストとムジカとララに軽い小言は言って来たけど、あくまで注意の範疇だった。ママみたいなちゃんとしたお説教じゃない。今日は違う…姉の威厳を取り戻すためにそれなりに強気に出ないと……!!!)
「うしし…口の中辛くてしゃべれない?」
(前を向け…背筋を伸ばせ…パパよりも堂々と…ママよりも強く…師匠よりも怖い顔で…!!)
「……くも」
「へ?」
「よくもやったわねムジカぁ!!!」
「!?」

予想外の姉の怒号と覇気にムジカの体が固まる
「よくも…よくも私の大好物にタバスコなんてかけてくれたわね…!!!こんなに怒りを覚えた事はないわ!!!」
「あ、あの…」
「黙れ!!怒りで何も耳に入らない!!!もう許さない!!!生かしておかない!!!」
「ご、ごめんなさ…」
「あんたの全身を切り刻んで獣の餌にしてやるわ!!!バラバラに刻んで猛獣の腹の中に突っ込んでやる!!!!」
「あ、あああ…」
ミライの強烈な怒鳴り声と覇王色が炸裂する
何事かと振り向いたマストもセラもすっかり萎縮してしまっている
(ふう…とりあえず師匠っぽく怒ったけど…こんな感じかな…?これだけ威厳たっぷりに怒れば少しはムジカも堪えて…)
「ああう…」
「うん?」
「うわあああああああん!!!」
「!?」

大号泣していた
「うわあああん!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!そんな怒るなんて思いませんでしたああ!!」
「あ、ちょっと…ムジカ…」
「殺さないでください!!からだ切らないでください!!猛獣の餌になりたくないです!!!」
「ま、待って…例え!例えだから!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……も、もうイタズラしません!辛い物食べません!だ、だから許してくださいいいいい!!」
「ちょ、ちょっと…ごめん。言い過ぎたから…」
「うわああああああん!!!ママああああ!!!」
「わー!これ絶対誤解されるって!あ、違うのママ!別にいじめてるわけじゃ…!!」
「うええええええん!!殺さないでえええ!!」
「大丈夫!大丈夫だから!!そんな事しないからあ!!」
ムジカの泣き声はベルカントの離れ小島中に響き渡った
怒号と叫びでマストとセラの口喧嘩もすっかり治まっていた
妹の号泣を止める術もなく、ミライは終始オロオロと宥め続けた
駆けつけたウタに至っては話の流れを聞き、おかしくて笑ってしまっていた
それ以降一家ではミライのパンケーキには決して手を付けないという暗黙のルールが追加されたという
おしまい