鏡合わせの理解者

 鏡合わせの理解者



「リオ会長。どうしてずっとここにいるんです?」


「……あなたこそ、カヤ防衛室長。何か用かしら?」


防衛都市エリドゥ。ミレニアムの資金を横領し、リオがキヴォトスを、ミレニアムを守るために作り上げた要塞のような都市。


そこにある中央のタワー最上階の管制室。

ディスプレイに向いていたリオは入ってきたカヤのほうへ体を向きなおし、訝し気な顔をしていた。


「私はこの施設で進めている開発や研究があるから、それを続けているだけよ。今ミレニアムでやろうとしてもできないことだから。

オーパーツ、名もなき神々、デカグラマトン、Divi:Sion…それらのことはミレニアムで実験とかするのは危険だから。」

「また乗っ取られません?」

「その恐れはあるわね。だから、異常を検知したらすぐさま隔離と廃棄を行える装置を別口で開発してるわ。

…もちろん人が退避できるようにしてだけど。それをしてからね、実験とか研究については。」

「他に協力者はいます?」

「いないわね、難しい研究内容だし…私は嫌われてるから。トキも自由にしてもらってるし。」

そうしれっというリオを見て、カヤは一つ頭に浮かんでいた言葉を紡いでみる。


「………ミレニアムに顔を出しずらいから、ここで研究をしているだけでは?」

「……………そんなこと、ないわよ」


いつも回りから言われているらしい、仏頂面が固くなったのがわかった。

意外と見ればわかるが表情豊かだ。大人びている顔をしているが、実際はそんなでもないのかもしれない。


「名もなき神々の王女…天童アリスさんへの処理の仕方、

ゲーム開発部に対する扱いや悪い印象、C&Cの…特に飛鳥馬トキさんの処遇に、

横領や相談なしにここまでの行動をしてしまったうえで

成功とは言えなかった結果を出したことに対するセミナーへの弁明、

明星ヒマリさんとの関りに対する悩み、

エンジニア部の自信作をおもちゃって言ったこと…あとは…」

「ちょっと待ってちょうだい!?」

思いつく、彼女が顔を出しづらいとされる原因を並びあげてみた所全部が図星だったようだ。

みるみる虫の居所が悪いような、

苦虫を嚙み潰したような顔をした後大声を出して静止された。


「…なんですか、問題がないなら今あげた文言は別に気にしないのでは?」

「いえ、そうなのだけど…そうじゃなくて。ええと。」

「正直あの人たち…特にセミナーの会計の早瀬ユウカさんは優しい方ですから、ちゃんとお話ししたらなんとかなりますよ。

大丈夫です、あなたはそこまで嫌われてませんよ。」

ため息をつきながら、会うことを言葉に出さずとも勧める。

「…………」

「どうしました?」

「……はぁ。どうしてあなたは他人に対してはそうやって言えるのに自分自身のことは見えないのかしら。」

「ホントどういうことです…?」

 その発言はよくわからない。

どうして私がそんなことを言われなければいけないのか。

珍しくも本来は見れないような、呆けた彼女の顔はなかなか新鮮だ。


「……そんなことのためにあなたはここに来たんじゃないでしょう?」

「というと。」

リオはそのまま、自身の端末を操作しながらある資料を映した。

「……なんですか、これは?」

「そうね、あなたが先生の裏で進めている物事についてよ」


―――瞬間、カヤのいつもの細い目が、薄く開く。

その瞳孔がリオをじ、と見つめた。


「私はミレニアムを守るため、不穏分子は調べるわ。分かる範囲ならどこまでも。

ゲヘナも、トリニティも、連邦生徒会だって。…まぁ、電子化していないと難しいのもあるから、全ては難しいのだけれども。」

そういいながら、リオは一つの動画を開く。その動画では、カヤがカイザーPMCの幹部と会話をしていた。

内容としては、クーデター。先生や他の連邦生徒会の面子を今の立場から追いやり、そのうえでカヤ自身が連邦生徒会の長となり、

その防衛戦力としてカイザーを雇うというものだ。契約書と思われるものを電子化したデータも保存されている。


「今後契約や準備が進み次第、あなたクーデターを起こすわね。しかも、あなたが大勢を導く人として立つべく。」

「……はい。そのつもりです。」

「あら、意外とすぐ認めるのね。」

「もちろんですよ、貴方ならわかっていると思ってましたから。……そして、私がここに来た理由もわかってますよね実は」

カヤはそういい、いつもの笑顔になる。そして、

「リオ会長。私のクーデターへ、ご協力を、してください」



「いいわよ」

「断れるなんて思わないでくださ…え?」

銃を取り出そうとしたカヤは、素直にそういわれ驚きの表情を隠せなかった。

「え、なんでですか。クーデターですよ、本来断るべきでは?」

「……いろいろ言いたいことはあるけど、あなたほんとわかってないのね。というか、あなたがお願いしたことじゃない」

「いやそうなんですけど、いや、えぇ…?」

「じゃぁこう考えておいて頂戴。あの時の借りを返してるって。」


そう。リオはカヤに対して大きな借りがあると感じている。

一人で進めなければいけなかった地獄の道を、理解したうえで共に行こうとしてくれたこと。

トキは任務のため忠実に守っていたからこそ何も伝えなかったし、それはそれで大切だった。

カヤはトキとは違い、自分の大切な場所を守るために背負っていることを理解してくれた上で、一緒に来てくれた。

まぁ結局、実際のところ失敗だったわけだが。だとしても、あの時はとても救いとなっていたことは事実だった。


「……ではそういうことで。」


少し不服そうな目の前の少女を見ながら、リオは思う。私は嫌われてないって言ってたけど、それならあなたもそうなのよ?と。

恐らく集めている情報が正しいのなら、私の推測が正しいのなら。

彼女は、自分自身を犠牲にしたうえでキヴォトスを、先生を守ろうとしている。

正論を、論理的に考えて、合理的に考えて正しいことをつき進めた自分自身という存在を犠牲にすることで、

合理からは外れたとしても、人への優しさから成り立つことができる世界に導こうとしている。


「じゃあ、あなたの作戦を聞かせて。一緒に話を詰めましょう?共犯…いえ、主導者さん」

「…ええ。お願いします。」


どうせ言っても聞いてくれやしないだろう。自分は嫌われているから、消えることを作戦に組み込んでも問題ない。

そんな思想がなんとなくだが垣間見える。ならばこの作戦を進めていこう。

彼女が零した泣き言や、抱えている葛藤。先生を危険にさらしたくないという思い。

調べて行く中で感じ取れる数々の情報。それらはいつの日かのために取っておく。


彼女自身が自分勝手に作戦を起こしたのではないということを。

その上で、彼女に救われたという人は私だけではないのだとわかってもらうために。

失敗することが成功となるクーデターの作戦。これを成し遂げ、最後の最後に本当の失敗をさせるために。

私と彼女は互いに良き理解者なのだから。

本当は消えたくないことだって理解できる。

でも、大勢のために嫌われていると認識しているならば、

自身をコストとして支払う考えは理解できてしまう。

だからこそ、私にしかできないことだ。

ミレニアムに顔を出すのは、また当分先になりそうだ。

……顔を出しずらいからではない。


ホントだ。


やることが多いから、それが終わったら顔を出すつもりだ。


目の前のビッグシスターが使える言い訳の材料を渡してしまったなということを少し後悔しながら、

されど作戦のためには仕方ない。ミレニアムの方々に申し訳ないな、と思いながらカヤは心の中で謝罪した。

まぁ、全て終わればリオも大丈夫だろう。

そのころにはミレニアムの方々に嫌でも会える。


「では、始めましょうか。正しい世界のための作戦会議を。」



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