鎹なんかにするもんか

鎹なんかにするもんか


娘ちゃんは撫子ちゃん


平子隊長が子供を身籠った。それだけならあたしも素直にお祝いできたかもしれない。

それでも、相手があの藍染惣右介であるなら話は別だ。平子隊長が自分でそれを望むわけはないし、それをさせられる立場の人も限られている。


「それでボクね……まぁ君は来ると思っていたけど」


総隊長になった京楽隊長は、噛みつかんばかりの勢いで突撃したあたしを普通に通して話をしてくれた。

最初からこうなることがわかっていたように。それは平子隊長にこの話を持っていったのが誰かを言外に語っているように思える。


「まぁね、どこも散々な有り様だし……増やせるものなら増やしたいでしょ。ましてや強くなる可能性が高いなら尚更ね」

「そんな……!平子隊長だって忙しいし、相手もっ」


言い募ろうとしたあたしの前に止めるようにスッと手のひらが差し出されたので、躓くように動きを止める。

そして少しだけ冷静になる。本当に、そんな理由で平子隊長は首を縦に振ったのだろうか?あの人が動くのなら、もっと別の……。


「……なんてのは建前」

「え?」

「撫子ちゃんに目を付けた貴族がいてね、もしもなにかあったら困るから」

「あの、それって」

「彼自身は利用できなくても、その血は貢献するべきみたいな……そんな身勝手な話だよ」


現世にいた頃に産み育てた娘さんは、平子隊長からしてみればなによりも大切な存在だ。母娘の仲だってとてもいい。

それが例え藍染惣右介の血を引いていたとしても、父親のことよりも父親のせいで娘さんに悪いことがないかを気にするのは簡単に想像できた。


「あの娘が意に沿わない結婚のために尸魂界に連れてこられてみなよ、朽木ルキア奪還の二の舞になりかねない」

「それは……」

「今あの子たちに乗り込まれたらもう此方は大変でしょ?それに、なにより仲が拗れるのは避けたいし」


ただでさえ今でも色んな所がボロボロなのに、あの時みたいな大騒ぎになったら対処できるとは思えない。

なにより、あの頃よりもずっと強くなってあたしたちの恩人とも言っていいほどになった彼らが本気で怒ったらとっても大変なことになるだろう。


もちろん怒るのは現世にいる彼らだけではない。こちらにだって娘さんの知り合いはたくさんいるし、父親代わりに慕われてた人たちも隊長に復帰している。

下手をすれば四方院や朽木もなにかしらの難色を示すかもしれない。前者は前当主が自ら教え育てた虎の子を、後者は義妹の恩人を無下に扱われれば面白くないだろう。


「よりにもよってって感じでしょ?」

「でも、それと平子隊長が子供を産むのは関係がないじゃないですか!」

「……藍染惣右介の子供の価値を下げたかったんだよ。いくらでも増やそうと思えば増やせますよってね」

「そんな、平子隊長は……!」

「もちろん三人目四人目なんて言わないよ、でもこれで彼女は娘を守れるようになったのは確かだ」

「アレの血が欲しけりゃ、俺が産んで増やしたるってな」


開かれた扉の枠に寄っ掛かるようにして、眉間に皺を寄せた平子隊長が口をへの時にしながらこちらを見ていた。

その声と姿にも飛び上がらんばかりに驚いたのに、バチッと目が合った瞬間にあたしは叱られることを本能的に察してしまった。


「コラァ、桃!こそこそしとるからなにかと思えば、なにしてんねん」

「ご、ごめんなさい!」

「はは、いい副隊長じゃない」

「心配症で困ったもんやわ」


バチンと指で弾かれた額を押さえながら平子隊長を見上げる。叱りはするものの、なんとなくあたしがこうすることをわかっていたのかもしれない。

それでも気が済むならと、きっと見て見ぬふりをして見守ってくれていたのかもしれない。聞いても答えてはくれないだろうけど。


「あの、平子隊長は本当に……その、えっと」

「一人も二人も変わらんわ」


吐き捨てるように言った言葉に、特別な意味は見当たらなかった。それが逆に、自分のことより他を優先してしまう平子隊長を表している気がした。

もっと自分を大事にしてほしいけれど、それを言ったとしてもきっと行動は変わらないというのはそれほど長くない付き合いのあたしでも知っている。


「一番の問題は、撫子をどうするかやねんな……」

「あの娘、聡いからすぐ気づかれちゃうんじゃない?」

「もう気づかれて家出されたわ」

「え!?大丈夫なんですか?」

「心配あらへんわ、男んとこおる」

「ああ、うん、言い方がね……」


平子隊長に似て察しのいい娘さんは、きっとどうしてそうなったかも薄々気づいてしまったんだろう。

自分を責めたりしていないかが少し心配だけれど、支えて慰めてくれる人が側にいるならきっと大丈夫だ。


「……でも、よくあの人がいいって言いましたね」

「実際ボクが話を持っていった時は、ものすごく不機嫌だったからね」

「ま、あいつも小匙一杯くらいは親の情ってもんがあったってことやな」


そう言った平子隊長の顔は今まで見たことのない穏やかな顔だったので、あたしはひどく面白くない気分になった。

腹いせのように心の中で絶対にあの人を今後は平子隊長にもその子供たちにも近づけないと拳を握って決意を決める。


「今後はあたしにもちゃんと教えてくださいね!」

「今後なんてないわこんなもん」

「でもあたしだって平子隊長を守りたいので!」


しっかりと手を握って言ったあたしの顔を見て平子隊長はポカンと目を丸くして、それを眺めて京楽隊長は愉快そうに笑った。

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