軋むオルゴール

軋むオルゴール


部屋からルフィが運び出したウタの姿を見てその場の全員が絶句した。なんならルフィも彼女を持ち上げた時に改めて言葉を失った事だろう。それ程までに彼女は軽くなって痩せていた。

泣きながら事情を話すゴードン曰く、最近では食事も喉を通らない事が多かったが彼が声をかけても怯え、泣き叫ぶばかりでどうしようもなかったのだという。

患者にとっての環境を急に変えるのは良くないとチョッパーが判断した為二人が住んでいた城からは離れず、その中でも医務室としての役割を担っていただろう部屋に運び込んだ。

ルフィがベッドにおろした後、ウタはベッドに腰掛けたまま、チョッパーの問診を受けていた。


「隈がひどいな…いつからちゃんと眠れてないんだ?」

「……お、ぼえ、てない…ずっと、怖くて…」

「そうか…夢見が悪いのか?」

「うん…で、でも…今、は……おき、てても…見えて、聞こっ、え、て…!!」

「ご、ごめん!無理しなくていい!!…大変だったんだな…」


掠れた声で話すウタの返答を記録するチョッパー。少しだけ冷静になれてきたウタは段々と目の前の喋るトナカイに不思議に思いつつも怖いや、不気味。といった感情はなかった。

悪意無く接してくれている事と…夢に見る様な人の形とは、目の前のチョッパーは違うからかもしれない。チョッパー本人の知らないところで、彼が人でない事が良い方に働いていた。


「夢は眠りが浅いと見ちゃうから、まずは眠れる様に薬を飲んでみよう…苦いのは平気か?オブラートに包んだのもあるぞ!」

「…にがて、かも」

「よし!任せてくれ!…あ、そうだ」


思い出した様にテトテトとウタの方に歩み寄り、蹄のある手をチョッパーは伸ばしてウタの手を取った。少しウタが驚くもののその手とチョッパーを交互に見比べるだけで抵抗はしない。


「おれの名前はチョッパー!ルフィの船の船医だ!ウタが元気になれるよう頑張るからよろしくな!」

「…っ、うん゛……」


ポロポロと泣いているウタに対してチョッパーは笑いながらも、内心、噛み跡などがあるウタの手に苦虫を噛み潰したような顔になるのを堪えていた。恐らく、眠らない様に、意識を保つ様にとしていたのだろうが…痕になる程噛んで、痛くないわけないだろうに…

自身が大好きな歌手、そして大好きな船長の幼馴染、そして患者。助けない理由なんか無い。

まずはこの手を綺麗に治せる様に塗り薬も作らなきゃと…チョッパーは頭の中で処方箋を書き連ねた。

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「……率直に言うけど、ウタの具合は酷いもんだと思う」


そうしてウタを診察したチョッパーは最初にそう話し、皆を見回してから本題に入りはじめた。

ウタ本人は今は体力が尽きている事と、チョッパーが処方した薬で深く眠っている。眠るのが怖いと最後まで言っていた彼女の為に今はロビンがウタの側についていた。眠り始めに悪夢をみずとも、起きる時…眠りが浅くなった時には夢を見る可能性は十分にある。魘されていると分かれば、なるだけ早く起こしてあげる為だ。

ルフィは最初はウタについていてあげたいとも思っていたが、今の彼女の現状を知る為にもチョッパーの話を聴くことにした。


「見て皆も分かってただろうけど、ちゃんとご飯を食べれてなかったから色々と弱ってる。身体も心も…寧ろ心の方が原因かもしれない分、もっと酷いかもしれない…」

「なんでそんな風になったのかは分かんねえのか?」

「本人が話すのを拒否してたから深追いは無理だ…とりあえずやるべきなのは少しでも栄養をとらせて、眠る事だと思う」


本来、どちらも欠けてはいけない人が生きる為の要素だ。それが何が理由か、眠る事に対してウタは恐怖している。

人は睡眠不足が続けばそれだけ精神が不安定になる。そしてまた眠る事を拒絶する。いわば負のループに入ってしまっていた。そんな風な日々ですり減った心では食事も難しくなり、また更に心を追いつめ…今の現状に…というのがチョッパーの見解だ。

食事も睡眠も、身体だけでなく、心を保つのには重要なこと…とりあえず順を追って食事から対応していき、そしてメンタルケアと不眠の治療を並行する他ない。


「多分胃も弱くなってるし…叫ぶ事で喉を傷めかねないから……サンジには胃にも喉にも優しいものを使ってあげて欲しい」

「任せろ。レディが飯を食えずに苦しんでるなんて状況…おれも許せねえ。また食べたいって思える様なメシ、作りまくってやるよ」

「あとは…少しずつ会話をしておれ達全員を怖がる必要がない事も覚えていってもらったり……今は薬も出すけど、いつかは無くても大丈夫な様にしていこう」


「…ありがとう、チョッパー。助かる」

「いいよルフィ!おれもUTAの歌が好きだし、お前の大事な人助けたいから!!」


頭を下げるルフィに、努めていつもの様子で明るく振る舞うチョッパー。

自身の船長の役に立ちたいのは船員として、目の前の患者を前に手を差し伸べたいのは医者として当然だった。

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「ひ、ぁ…ゔ……」

「!…起きて、起きてちょうだい」

「っ、はぁ…っ!…はぁ、はぁ…あ、れ…ぁ…?」

「よかった。魘されていた様だから」


医務室にて、ウタは少し混乱していた。久しぶりに深く眠れた事で寝ぼけているのもだが目の前に知らない女性がいた事もあるだろう。


「あ、の…あな、たは…?」

「私はロビン。ルフィの仲間よ…貴方はウタよね?」

「は、い……えと…」


少し気まずそうに目を泳がすウタに対してロビンは特に気にしてる風でもなく、穏やかに彼女の言葉を待つ事にした。


「…ル、ルフィは……」

「チョッパーから貴方の体調について聞いているわ…ところで貴方…」

「?」

「…死にたがってる?」

「!!?」


思わずベッドがガタリと揺れる程、ウタは飛び退きそうになった。とはいえ弱った身体では大した動くことは出来ないのだが…

ロビンもロビンもの方で、ああ、やっぱりか…と少し悲しくなっていた。勘で言ったつもりだったが、伊達に20以上色々と修羅場を超えてきたわけでは無い。本人に自覚はあるかも知れないし、無いのかも知れないが…生きる希望が失せている人とは基本同じ目をしているものだ。


「ごめんなさい、驚かせて。今の貴方が少し…ええ、ほんの少し昔の私みたいだったから」

「昔の…ロ、ビン…さん?」

「これでも私、ルフィに真正面から「死にたい」とか「助けないで」って言った事あるくらいよ」

「!?…え、それ、は……ルフィは…なんて…」

「何言ってんだ?って、本気で訳が分からないって風に言われちゃった。それで、そのまま助けられた。二回も…」


ベッドの上で膝を抱えながらロビンの話を聞いているウタは、まるで怖い話を聞かされている幼い子供の様に見えた。不安な様な…続きが気になる様な…そんな風だ。

その様子のウタに、ロビンはうまい言葉をかけてあげられるわけでは無い。多分大事な部分はどうしても我らが船長頼りになるかもしれないと思っていた。だが…


「だからね、貴方も、多分どれほど嫌がっても…あのルフィは助けようとしちゃうだろうから……諦めた方がいいわ」


変に【逃げられた】りして、ルフィが苦しむ事がない様に、そして目の前の子がちゃんと救われる様にとロビンは笑いかける。その微笑みを見て、ウタはどう答えればいいか分からなそうに口を結んだ。

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