海賊船の夜は更けて

海賊船の夜は更けて


※微独自設定有、改題済



夜空と海原の間に、一隻の海賊船。大海から見ればあまりにちっぽけな船の中で、新世界の波音に固い足音が交わる。麦わらの一味の看護師、“鋼鉄の天使”フローレンス・ナイチンゲールがサウザンドサニー号を見回る音だ。

解いた長髪を束ねて左肩に流したナイトガウン姿で、ランプを片手に夜中のサニー号の中を巡回する。設備と船員の見回り、夜間の監視担当への軽食補給などを行うこの巡回は、麦わらの一味であれば誰もが知る彼女の習慣である。

故郷クリミアから世界各地の野戦病院を転々とした彼女は、そこで毎晩ランプ片手に患者を看回って歩いた。貧国と貧国の戦争など珍しくもないこの世界、薬も物資も足りない野戦病院の夜は苦痛と悲嘆が渦巻いていたが、一人でも多くの患者が安らかに夜を過ごし、いつか故郷に帰れるようにと彼女は包帯を換え、汚物を処理し、患者を看て歩き続けた。

人々はそんな彼女を見て“白衣の天使”や“ランプの淑女”と呼んだけれど、本人はそんなものいらなかった。ただもう一箱の薬、もう一箱の輸液が欲しかった。それだけでもあれば、“白衣の天使”の手を握って逝く兵士は何人減ったことだろう、と。

下らない天竜人の走狗から逃れ、より多き患者を救う看護を学ぶためにドラム島に辿り着き、さらに弟分共々メリー号、サニー号へ乗り込んだ今となっては遠い彼方のことだけど、彼女は忘れていない。苦悶と悲嘆、しかし確かにあった希望と感謝を。

だから彼女は今夜も歩き続ける。愛する仲間たちに安らぎのあらんことを、ひいては世界に安らぎをもたらさんことを、と。




余談だが、彼女は睡眠において質の高さと睡眠時間の両方を重視している。そんな彼女であるから、夜は朝が近くなるまで筋トレを続け、それでいて人並みの時間に起床し、しかも荒事となれば船長と並んで負傷の多い緑髪の戦闘員に対して、日没後は見掛け次第鉄拳を以てでも睡眠へと誘いたいと常々考えている。

麦わらの一味が少数精鋭でなければ、まず間違いなく彼にはベッドが飛んでいる。

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