銃ぐらいは持っておいて損はない
ある日の射撃場にて…
「では、次にグロック19ですね。言わずと知れた9mm弾使用拳銃のベストセラー。コンパクトながら十分な装弾数、大きすぎず小さすぎずの絶妙なサイズ感、まさに名銃と言って良いでしょう」
“へー…“
先生が目の前に出された銃を手に取ってしげしげと眺める。反応は悪くない。
「元々優秀な性能であったグロック17を携行しやすいよう小型化したものです。先生は別に戦闘を意識するわけじゃないですから、これぐらいがちょうど良いかもしれませんね。これでも十分な性能はありますし」
“なるほど…“
先生はガンマニアというわけではない。こういった事を説明されてもよくわからないのだろう。となれば、実際に撃ってみるのが良い。というか、そのために射撃場にいるのだ。
「じゃあ実際に撃ってみましょうか」
元々武器を持たないタチの先生が、なぜ射撃場に来ているのか。それは数日前に遡る…
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「先生、いい加減銃持ってもいいんじゃないですか?」
“今のところ持つつもりはないよ“
「別に撃たなくてもいいんですよ?どうせ自衛火器を持っていると示すためのものなので」
“それでも、生徒を傷つける可能性があるのはなあ“
「コンバットフレームなんて持っておいて今更何を言ってるんですか?」
“そこを突かれると痛いんだけどね“
その日シャーレ当番だった俺は、前から気になっていたことについて先生と話していた。すなわち、「先生も自衛火器持つべきじゃないか問題」である。
いくらバリアがあるとはいえ、そもそも変な連中を近づけないに越したことはない。銃というのは持っているのを見せつけるだけで十分な効果がある。先生の身を守るためにも、ハンドガン程度で良いから持っておいた方が良い。というか危なっかしいからとっとと一丁ぐらい買ってほしい。
こういう時は…
「先生」
“何?“
「これは先生のためでもあるんですよ?」
“それはわかってるけど…“
「いえ、自衛のためだけではありません」
“?“
「人型兵器のパイロットは、自衛火器ぐらい持っているものでしょう?」
“!!!“
先生に電流走る。
「WIDのパイロットは乗機が無力化された後を考え、必ず歩兵戦用の火器を携行しています。私も拳銃やサブマシンガン、アサルトライフルなど戦場によって変えつつ、常に装備していました」
“それは…つまり…“
「ええ…つまり、今の先生のパイロットとしての装いは不完全なのです!」
“…!!“
よし、良い感じに釣れた。
「どうです先生?この際、パイロットとして必要な装備をもう一つ揃えてみるというのは?」
“…“
先生が、ゆっくりと頷いた。
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そんな訳で的が射撃場にいないタイミングを狙って、(生徒が撃たれてる場面を先生に見せるのは酷だろう)武器屋さんからいくつかサンプルを借りて射撃場にやって来た。いきなり本格的なライフルは先生の経験的にも懐事情的にも厳しいから全て拳銃だ。
先生が銃を構える。当然今まで銃をほとんど持ったことがない人だから、俺が撃つのを手伝う。先生の背中に体を合わたり、銃を持つ手に俺の手を添えたりして姿勢を調整する。先生の射撃姿勢がある程度形になったところで離れると、先生が射撃を始めた。やっぱ顔がいい人が撃ってると様になるなあ…写真撮ったらいくらで売れるだろうか。トリニティ組に売りつければ良い値段がつきそうだ。
“うーん…当たらない“
「初心者ですからね、そんなものですよ」
むしろ結構良く撃ててると思う。
「今までいくつか試し撃ちしてきましたが、しっくりくるものはありましたか?」
“うーん…どれが良いのかイマイチ…“
「そうですか…」
どうしよっかな…。
“命中率を上げるにはどうしたら良いかな?“
「慣れが一番ではありますが、ピストルカービンに改造するのも手ですね」
“ピストルカービン?“
「色々部品を取り付けてピストルの形をカービンライフルのようにしたものですよ。重くはなりますが、射撃は当然拳銃より安定します。結構かっこいい物もあって好きなんですよね」
普通のカービン銃とは違った造形が結構好き。個人的に何丁か持っている。
“へー…実は、せっかくならゴツい銃持ってみたいとも思ってたんだよね“
「お、良いじゃないですか!いきなり本格的なアサルトライフルやサブマシンガンは無理でしょうが、ピストルカービンなら問題ないでしょうし。それに、普通のライフルよりも安いですしね」
“懐にも優しいんだ。じゃあ、ちょっと試してみようかな“
「了解です。店主さんにサンプルあるか確認してきますね」
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幸い武器屋さんがサンプルとして数種類の改造済みピストルカービンを持っていたので、それを借りてくる。
“すごいね、本格的なライフルみたいだ“
「そして普通のライフルとも違うユニークな造形、やっぱり良いですね。お気に召すのがあれば良いのですが…」
“ちなみにボンノウのおすすめは?“
「ありきたりですがグロック17改造型ですね。特にこれとか」
並べられたカービンの中から一つを手に取る。グロック17にIMIディフェンス製ピストルコンバージョンキット「KIDON」を装着し、さらにIGB製ロングバレルを追加したタイプ。こちらでは製造している団体名が変わっているが、同じものだろう。威力、安定性、見た目共に文句なし。アメリカで大人気を誇ったのも頷ける。
“ボンノウも持ってるの?“
「はい、何度か任務にも持っていったことがあります」
“へー…とりあえず色々試してみるよ“
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「…いかがでしたか?」
“どれが一番って言うのは難しいけど…ボンノウにおすすめされた銃が使いやすかったかな?“
「そう言って頂けると嬉しいですね。では?」
“うん、これにしようかな“
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「お買い上げありがとうございます」
“やっぱり結構するね“
「本格的なライフルより安いとはいえ銃と改造キットですからね。それなりの値段にはなります」
それでも現実世界に比べれば圧倒的に安いが。あっちならこの額では改造キットどころかギリギリ一番安い拳銃を買えるかどうかといったところだろう。
色々言いつつ先生も嬉しそうだ。やっぱ男の子なら銃には憧れちゃうよね。
「あ、先生。ちょっと店主さんと話したいことがあるので、先に外行っててください」
“わかった“
先生が店を出て、外のショーケースを見始めた事を確認してから店主さんに話しかける。
「本日はありがとうございました。わざわざ大量のサンプルを出していただいて…」
「いえいえ、最高取引額の方の頼みとあれば苦でもありません。それに、先生がここで銃を買ったとなれば、店にも箔がつきますからね。願ったり叶ったりです」
「そう言って頂けるとありがたいです。それと、試し撃ちで消費した弾薬の代金ですが…」
店側としても、いくら買ってもらうためとはいえ試し撃ち用の弾薬もタダではない。多少割り引いてはくれるが、その分の費用は客側が出すのが普通だ。今回は色々試したから…多分それなりにするだろう。キヴォトスだと十分銃弾は安くなっているとはいえ、先生には俺のわがままで銃を買ってもらったのだ、試し撃ちの弾薬費まで出させるのは忍びない。銃のことに疎い先生はそこらへん気付いてないみたいだから、俺の方で支払っておこう。先生ぐらいの激務ならもっと給料あっても良いと思うんだがなあ…WIDに取り込む気はないが、外部顧問という名目で給料出すか?内戦の時には指揮もとってもらったし実績は十分。法的に問題がありそうだが。
「いえ、お代は結構です」
「え、よろしいので?」
「9億クレジットに比べればこの程度安いものです。それに先程も言いましたが、先生に利用していただいた時点で店に箔がつきます。それだけで十分お釣りが来ますから」
「そうですか…では、お言葉に甘えさせていただきます」
先生に後で俺が支払ったと知られたら面倒なことになりそうだからな。
「今後ともご贔屓に。それと、先生にも『また銃が必要になったらこの店を利用してください』とお伝えしていただければ」
「あー…大変申し訳ないのですが、それはちょっと無理ですね」
「というと?」
「課長が…」
「あぁ…それは仕方ありませんね」
アイツは以前先生を襲うとか抜かしたことがある。副会長に聞いて便利屋の主力メンバーが遠出している辺りを狙って今回先生を招待したが、先生の都合の良いタイミングと奴らの遠出が重なるとは限らない。内戦の時に一応お互いに顔を見てるはずだから、会ってすぐ襲うことはないと思いたいが…用心するに越したことはない。
「しかし、それならなぜ自治区の店を選んだんですか?」
「安全がある程度確保できるなら、ここが一番品揃えも良い上に信頼できますから。私はDUのガンショップに疎いですし」
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「入って、どうぞ」
“モモイに何度も言われてるのに懲りないねぇ…“
「おいおいただの招き入れる時の言葉でしょうが」
“程々にね?アリスのこともあるし“
「それ言うならRPG風のセリフでしかしゃべれなくした開発部の方が問題じゃないですか?」
グロックとキットを買った後、俺の部屋へ向かう。銃だけ買ったならこのまま解散で良いのだが、ピストルカービンに改造するなら俺の部屋でやった方が良い。俺自身改造の経験はそれなりにあるし工具も揃ってる。
「じゃあ始めましょうか。先生も作業の一部お願いします」
“手間かけさせちゃってごめんね“
「普段からお世話になっていますし、これぐらいどうってことありませんよ。先生が銃を持ってくれたのも嬉しいですし」
…セリフだけ聞くと完全に全米ライフル協会か何かだな。
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「…よし、これで完成ですね」
“ついに…“
最後に物置に余ってたWID制式品のスリングを取り付けて完成だ。改めて見てもかっこいい。
“じゃあ早速…着替える場所ある?“
「隣の部屋でいいですよ」
“えっ…いや、生徒の家で着替えるのはちょっと…“
「せっかく部屋がいくつかあるんですから有効活用しましょう。多目的室を抑えることもできますが、覗きが出ないとも限りません」
“私の着替えを見たい人なんていないでしょ“
「いるんですよ。とりあえず、男性が珍しい環境下だとそういうのに興味を持つ人が多いということで納得してください」
“なんか言い方が引っかかるけど…“
先生はリュックの中にWIDのパイロットスーツを入れていた。その場で早速パイロットの装備一式を実際に身に纏ってみたかったようだ。ちなみに俺の部屋のガラスはWID臨時委員長ということで、安全のため外からは中の様子が見えない防弾ミラーガラスが使われている。無駄に部屋も複数あるからこういう時に有効活用しないとだ。そのまま強引に先生をもう一つの部屋に押し込む。
…観念してその場で着替え始めたみたいだ。この着替える時の音も売ったら良い値段つきそうだな。
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“どう!?かっこいい!?“
「かっこいいですよ!先生顔いいですからねぇ…完全にイケメン軍人じゃないですか!」
“イエーイ!“
先生がパイロットスーツに身を包みながら、テンション高めでちょっと照れくさそうに銃を抱えている。いや本当に様になっている。今度の広報誌はこれで良いんじゃないか?次は士官用の軍服姿で銃を構えてるところも見たいな。先の内戦で先生にもWIDから勲章が授与されてるから、それも併せて装備したら絶対に様になる。
スマホで写真を何枚か撮る。機会があったら先生ガチ恋勢への賄賂として活用だな。いや、むしろ煽りになるか?よく考えないと。
「今度知り合いにも送っていいですか?」
“いいよ。あ、それと…“
「?」
“ボンノウもせっかくだし一緒に写真撮ろう?同じ銃も持ってるんでしょ?“
「あ、じゃあそうしますか!私も着替えて来ますね!」
先生の言葉に甘えて一緒に写真を撮ることにする。…こうやって距離を詰めてくる先生にやられる生徒多いんだろうなあ…。
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パシャリ、とスマホから音が出る。俺と先生でツーショットだ。
“うん、よく撮れてるね“
「私の笑顔がだいぶぎこちないですけどね」
“…ボンノウらしくって良いと思うよ?“
「欠点を個性という言葉でカバーするにも限度がありますよ?」
“ははは…“
昔から写真撮る時に笑顔作るのが苦手なんだよなあ…。
「…もうだいぶ遅くなっちゃいましたね。どうします?泊まっていきます?」
“いや生徒の部屋に泊まるのは…“
「私は別に構いませんよ。というか先生、今回プライベートで来てるんですから宿泊費は経費で落ちませんよ?最近また出費が嵩んでいるようですが、ホテルに泊まる金あるんですか?」
“うっ…それは…“
「…一応寮に来客用の部屋があります。本来プライベートで来てる先生を泊めるのは制度上問題があるのですが…どうします?そっちにします?」
“そっちでお願い…“
「了解しました。私の方で誤魔化しておきます」
そのまま先生を今日の部屋に案内する。来客用ということもあってかなり設備は整っている。しばらくそっちの部屋で談笑しつつ、薄井に連絡して分身に食料と酒を持ってきてもらう。
「持ってきたでござる」
「お、来たか。お疲れさん」
「ただの分身ゆえ、これぐらいどうってことないでござる。これで良かったでござるか?」
「どれどれ…うん、OKだ。ありがとう。戻って大丈夫だ」
“どうしたの?“
「最近、ウチの刑務所で酒造を始めたんですよ」
“あ、前そんな事言ってたね“
「それで、今回は先生にそれを飲んでもらおうかと思いまして」
“生徒の前で飲酒は…“
「今日はプライベートだからいいでしょう?それに、先生がちゃんとイケる口なの知ってるんですからね?」
“まあそれはそうなんだけど…“
ユウカのメモロビ見るに先生は酒飲むっぽいしな。それにしても、ウズマキも馬鹿なことしたもんだ。ウチの自治区ではなく他の自治区で何からしらやらかす分には別に何も言わなかったのに。金融業をそこいらで始めるなら、ASSの違法事業やWIDの違法武器販売の資金洗浄の手伝いぐらいは依頼していただろう。そうすれば、こうして酒蔵で社畜のように働くこともなかったはずだ。
「生徒が汗を流して作った(作らされたとも言う)お酒ですよ?アイツらも先生に飲んでもらったほうが喜びますって」
“ボンノウもそういうこと考えてるんだね“
「そして先生のお墨付きを頂ければ売上の増加も見込めます!」
“うん、やっぱりボンノウはそういうタイプだったね“
「ささ、まずは一杯。生徒達の成果物を、どうぞ味わってください。それに、私たちにとってこうした製品の売上は生命線ですから、どうかお願いします」
“…その言い方は卑怯だよ“
「立場上、卑怯でなんぼですから」
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うーん…ちょっと予想外。
“美味い!もう一杯!“
先生が思った以上に酒に強い。畜生、別にそれが主目的ではなかったが計画が…。
「はいはい、今お出ししますね。それと、チーズ煎餅のおかわりも出しときます」
“ありがとー…“
まあ、なんやかんや普段からお世話になっている先生がこうしてリラックスできるのは良いことだ。こっちとしても自治区の製品で喜んでくれているなら嬉しいしな。先生に酒やつまみを出しつつ俺も一緒に夕食を取る。
「それで、七神さんがその後どうしたんですか?」
“それがねー…“
本来ここで酔っていい気分にして、連邦生徒会や主要な学園の裏事情、あわよくば機密情報を聞き出せたらと思ったのだが…先生が結構酒に強い上にガードが硬い。もう少し酒に弱ければなぁ…。こうして私人としての話を聞き出せるだけでも十分といえば十分なのだが。
「あ、そうだ、せっかくだし写真撮って良いですか?先生がウチの酒を飲んでくれているのは、先ほども言いましたがいい宣伝材料になるので」
“いいよ〜“
「ありがとうございます。それでは…」
うん、ほんのり顔が赤くなった程度だな。こりゃあ機密情報を抜くのは無理そうだ。それにしても、先生がある程度とはいえ酔った姿を見たことがある生徒は俺以外いるのだろうか。ちょっと優越感あるな、俺が見ても何の意味もないが。こういうのは本来先生ラブ勢が見るべき光景だ。
“んー…これで最後にしとくかな“
「別にもっと飲んでも良いんですよ?いつも頑張ってもらってますし」
“生徒の前で酔い潰れられないからね“
「はいはい、相変わらず生徒思いですね」
当初の目的は完全には果たせなかったが…先生が自治区の酒を飲んでくれただけで御の字だ。
「じゃ、飲み終わったら寝支度してください。歯ブラシとかは用意してあるんで、適当に使ってください」
“ありがとうね〜“
こうして穏やかに過ごせる日々がずっと続けば良いんだがなぁ…さて、食器を片付けるか。