鉄の国シュラリズ
シュライグは煉瓦の壁に寄りかかっていた。時々時計を見ては鉄の国の人たちの往来に視線を戻す。工場が吐く煙で街はすす汚れているが、人々は活気があった。種族を問わずこの国では労働力が必要とされる。ゆえにこの街は部族での出来事など興味がなかった。
「お待たせ、シュライグ。さ、デートに行きましょ」
「時間通りだ」
フェリジットは少し駆け足でシュライグの元に駆け寄ってくる。それに合わせて二人は街の往来の中に混じった。
「でも、意外よね。シュライグっていつもなら一緒に家を出ればいいとかいいそうじゃない」
「そうか」
シュライグ自身なぜフェリジットの提案に乗ったのか言葉に出来なかった。
戦いが終って鉄獣戦線は解散した。その後の故郷に帰るものや、別の土地に移り住むもの、その場に留まるものがいた。
シュライグとフェリジットは鉄の国に戻ることにした。二人の行く宛はそこしかないような気がしたのだ。どうせ家を借りるのだから、二人で住むことにした。
二人の休日は大抵家で過ごす。シュライグの機械いじりをフェリジットは寝転びながら見つめるのが日課だった。
「ねぇ、シュライグ。デートしない?」
なんとなくの思いつきをフェリジットは言葉にした。
「買い出しか?」
この男の短い返事にもフェリジットは慣れていた。
「そうじゃなくて。部屋を別々に出て、街角で待ち合わせして、街を歩くみたいな」
フェリジットはデートをしたことはない。この国でそういうものが流行っていると噂で聞いたのだ。それになんの意味があるのかよく知らなかった。
「いいぞ」
シュライグは即答した。
「それで、デートってどうすればいいの?」
「知らん」
「アクセサリーとかカフェとか噂に聞いているけど、シュライグは行きたい場所あるかしら?」
二人は節約している生活だ。アクセサリーと言っても中古品を扱っている店に入った。
「なにがいい。買う」
シュライグの問いかけにフェリジットは頭を悩ませた。
中古の値段なら二人の生活の負担にはならない。けれど、輝く宝石を見てもどれがどれだかわからない。泥棒猫と呼ばれた彼女には少し縁の遠いものである。
「じゃあ、一番高いやつにしてくれる?」
「ああ」
それがダイヤの指輪であることをフェリジットは知らない。店員に勧められるがままフェリジットは試着する。薬指がぴったりのサイズだった。
「利き手は邪魔になるかもしれないから左手にするわね」
フェリジットは左手の薬指に嵌めた指輪を明かりにかざす。
「似合っている」
シュライグは意外にも褒めた。この何事にも動じない男もデートと言うものに少しだけ浮かれているかもしれない。
「シュライグらしくないわね」
「そうだな」
シュライグは短い返事をした。少しだけ寂しげで少しだけ嬉しそうだとフェリジットは思った。
「戦いが終わったという証が欲しかった」
シュライグはポツリと呟いた。これは彼のデートに応じた理由だった。
「まだ、戦いの中にいるような気がしていた」
散っていった仲間たち、彼らの声がまだ二人の耳に残っている。
忘れるつもりも忘れた日もない。でも二人はまだ生きている。
常に闘いの中にいる訳ではないのだ。
「そういうのは、なんとなくでいいんじゃないかしら。こういう日を積み重ねていくのよ」
「そうだな」
シュライグは短い返事をした。