針擬人化バース
僕があの女の子を守ったんだ。
「全く、これしきの相手に苦戦するとは」
倒れていた僕の顔を覗き込む女の子がいる。背は小さく、体全体がローブで覆われている。黒と白が混じった髪は綺麗に編まれ、瞳には菱形の紋様が浮かんでいた。
「君は……誰?」
「そんなことも知らないのか。つくづく呆れたやつだ。なんでこんなガキが『適合』したのか……」
やれやれと言った様子で彼女はため息をつく。
「まあいい。私はお前の武器、『天獄の縫い針』だ」
え?どういう事なんだ?武器が人間になるなんていままで聞いたことがなかった。
「われわれ伝説級武器には魂が宿る。所有者はそれを認知できるのだ。その私を使っておいてなんだその体たらくは」
「は、初めて聞いた……でも、そうなら君の能力のせいでこんなことに……」
「私を使いこなせないお前が悪い。悪いことは言わないからもうお前は戦うのをやめろ。これ以上私に恥を重ねさせるな」
確かに今の僕ではまともな戦闘はできないしそれは彼女にとても不本意だろう。
「わかったよ……ならせめて、どうすれば君の呪いを解くことができるか教えてくれないか?」
「知るか。少なくともお前のような雑魚には無理だ」
にべもない返答だった。雑魚。わかっていたことだが直接言われるとずっしりと重みがある。そうだ。どうして僕がパーティーから外されたのか思い出せ。勇者のパーティに入るにふさわしい人間になってまた彼女を支える、それが僕に残された道だ。
「また勇者の助けになるため、僕は君と一緒でも戦えるくらい強くなって、君を外すよ」
「ほう。心意気だけは立派だな。いつ野垂れ死ぬか分からないぞ?私としてはそれでも構わないが」
***
反射された針がマヌルに当たった。急所を突かれたマヌルはその場で気を失う。
「ほれ、弱いくせに考えなしに突っ込むからそうなる」
近くに出現した『縫い針』が倒れたマヌルを見下ろしながら呟いた。
「何?ぁんた誰よ?」
「うん?」
突然現れた謎の人物にアドラメルクが困惑を声を上げる。『縫い針』は首を回してアドラメルクへと向き直った。
「お前、私が見えてるのか?」
『縫い針』は意外そうに答える。本来武器に憑く精霊である彼女は、実体を持たず、所持者であるマヌル以外の人間には見えないはずであるからだ。『縫い針』が試しに爪先を地面に打ち付けてみると、コンコンと小さな音が響いた。
「……ふむ。何だか知らないが実体を得たみたいだな。その足元の輪っかと関係あったりするのか?」
「なっ……!?」
自らの実体を確認した『縫い針』はアドラメルクの足元を指差した。アドラメルクの顔には焦りの色が浮かぶ。
「かなりのエネルギーが漏れ出てるぞ。あの奇妙な能力もそれに頼ったものだろう?」
「くっ……」
推測は当たっていた。アドラメルクの『オブ・カウンター』は相手の攻撃をそのまま跳ね返す非常に強力な能力だが、その分強大な冥力を必要とし、魔王城から離れた地域では冥力を供給する魔法陣の中でしか使えない。方陣から出れば通常の戦闘もままならないほど弱体化してしまうのであった。
「(何なの?コイツ、突然現れて……冥力?……って、まさか)」
「この少年の生死は正直どうでもいいのだが……私が負けたと思われるのは虫唾が走る思いだ」
険しい顔の『縫い針』は、ゆっくりとアドラメルクへと歩を進める。軽く手を上げれば、マヌルの物と同じ『天獄の縫い針』が手に出現する。
「(やっぱり伝説級武器……!まさかぁのちっこぃ針がそうだったとはね)」
アドラメルクが臨戦体制を取る。
「そちらに反射以外にできる事がないならここから針を投げているだけでも勝てるのだが……そこまで気は長くない」
さらに天獄の縫い針が光り出すと、白い針と黒い針に分かれた。それぞれの針からは白と黒のオーラが糸のように立ち昇っている。『縫い針』は右手に白の、左手に黒の針を構えた。
「!」
次の瞬間、距離を縮めた『縫い針』はアドラメルク目掛けて黒い針を突き出す。
「(これは……ヤバぃ!)」
これまで通り反射で受けようとしたアドラメルクだったが、直前で勘で危険を感じ取り身をかがめた。
「(せめて刀だけでも……)」
すんでのところで針をかわしつつ、懐から禍々しい色の結晶を取り出した。手の中で砕かれた結晶が光を放つと、アドラメルク、そして真っ二つになったムサシとその装備が光に包まれ、虚空に消えた。
「逃げたか。あの刀は少し気になっていたのだが……」
『縫い針』は残念そうに呟くとマヌルに刺さった針の中へと戻っていった。