釜の蓋が開く時

釜の蓋が開く時


ヴェールヌイ学園跡地。我々は地下に続く穴を掘り続けている。


どこに続く穴かって?そんなこと知るわけがないだろう!

だが、我ら温泉開発部が掘り進んでいるのだ。

当然!この先には温泉が存在するに決まっているというわけだ!

ハーッハッハッハッハ!


掘削は順調だ。しかし、流石に深いな……ほかのメンバーもいつになくピリピリとしている。

だが、時折感じる地熱の熱さ。これは泉源さえ掘り当てられれば間違いなく温泉につながっているだろう。

さあ!掘って掘って掘りまくるぞ!


穴は深く深く続いている。掘削は思ってもみないことばかりだ。

鉄の縄が埋まっていたり木や葉の欠片が埋まっていたり。木の葉などやけに鋭いせいで指先を切ったものもいた。

傍らからはゴポリ、ゴポリと水のような音がする。そちらへ掘ってみても酸のような液体が噴き出すだけだった。毒ガスなどは出ていないので作業を続行する。



作業中地面に大穴が開いた。

部長と作業用掘削機械が転落。追いかけたかったけど、連日の掘削で流石にみんな限界が近い。

機械の落下音すら反響してこない大穴に突入するのは危険すぎる。

一旦撤退し、救援を求めることにする。



ハーッハッハッハッハ!体中が痛いな!

どうやら私は掘削中に開いた穴に落ちたようだ。

しかし、見ろ!この空間を!この見事な温泉を!

掘削用の機械をだましだまし動かした甲斐があったというものだ!

見たまえ、まるで血のように真っ赤な泉質を!これは売りになるぞ!

まるで、元からそうであるように整えられた場の気もするが……まあいいか!


早速つかってみることにしたが、これはいいものだ!

浮世の疲れが抜けていくようだ、命の洗濯というのはこういうことか。

しかし、なんとも見事な赤色だ。まるで物語に語られる血の池地獄のようで……ああ。


まるで、ではなくて。ここは正しく血の池地獄なのか。

なにせ落ちた時に見た穴はそれはそれは大きく深かったのだ。無防備に落ちた私が命を落としても不思議ではなかった。

そうか、私は死んでしまったのか……


まあ、死んでしまったのであれば仕方ないな!今はこの血の池地獄を堪能しようじゃないか!

ハーッハッハッ『あのー』ん?


……どちらさんだ?

なるほど、血の池地獄を管理している……道理で見事な……

私が地上から掘りぬいたせいで温度が下がって……地獄の役割が……

それは申し訳ないのだが、落ちてきてしまったので……え?

車を……?これはご丁寧に……



地下へ続く穴を下っていく。

温泉開発部が珍しく救援を求めてきた。あの鬼怒川カスミが掘削中に穴に落ちたらしい。

アコは放っておけと反対してたけど。頼られているのだから面倒ではあっても引き受けないと。

しかしどこまで深く掘っているのか。案内として同行させた下倉メグもここまで深く掘ることは珍しいと言っていたが、一体何が彼女たちをそこまでさせるのか。「……ッハ」

「……ーハッハッハ!」

何か聞こえてきた。腹立たしい、いつもの高笑い。やがて視界が明るくなる。


……それは、炎を纏った車だった。それを角だけが私たちに似た怪物が駆り立て、見覚えのある白衣が高笑いしている。

直感する。地獄とは、まさしくこの光景を指すのだろうと。


「自力で帰ってきたー!すごいよ部長!」

「…………」


私たちも撤退することにした。

救助対象が自力で帰って来たのだから長居する必要もないのだが、それ以上にここにとどまるのは危険だと本能が叫び続けている。。

火車が走り抜けた後も地面が揺れている。穴の奥からは赤々とした光と熱気が漏れてくる。やまない地響きは、怨嗟の声にも苦痛の悲鳴にも感じられる。

それは、まるで地獄の釜の蓋でもぶち抜いたかのようで。


穴から出るとそこに火車の姿はもうなく、高笑いする鬼怒川カスミの姿だけがあった。

とりあえず連行することにする。跡地だからと言って開発していいわけではないし、余罪もいくらでもある。

わかっている。私はただ、早く離れたかっただけだ。あの、穴から。


鬼怒川カスミは不気味なほど上機嫌で、不気味なほどおとなしくついてきた。


「いやに素直についてくるのね」

「……たまには、そういう時もあるさ。わざわざ救助に来ていただいたというのもあるし、それにどうせ逃げられないしな!」

「……まあ、楽でいいけど」

「部長、けっきょく温泉は出たの?」

「うむ、大変素晴らしい温泉だったぞ!……だがまあ、あれは二度と体験できんな」

「そうなんだ、残念だなー」



ん、その後どうなったかって?当然、今日も今日とて開発の日々だとも。

我々が掘り進んでいた穴からはマグマが噴き出して、穴を埋め尽くしてすぐ止まったそうだ。

それだけで済んだのは、不幸中の幸いとか偶然とかではないのだろう。

我々も深く掘りすぎる前に撤退するようになった。

『彼』はたまの休みになっていい、藪入りだと笑ってはいたが……二度目は、許されないだろうからな。


さあ、今日も楽しく温泉開発!掘って掘って掘りまくるのだ!ハーハッハッハッハ!

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