酒場の一幕
ああ、そうそう。俺ぁ、確かにあの船に乗ってた。覚えてるも何も、あそこが俺の最初にして最後の船だったしな。覚えてるに決まってんだろ。なんだ、聞きてぇってのか?物好きだなあお前も。いいさいいさ、酒を奢ってくれるってんならいくらでも話してやるよ。…おう乾杯だ。ありがとうな兄ちゃん。じゃあ話してやる。俺みたいなならずもののくだらねえ思い出話だ。
さっきも言ったが、俺は昔海賊だった。あの時にはそこそこ名の通ってた海賊団にいたんだ。お前も名前だけは聞いたことあるだろう?船長が2人…っつうか、夫婦だ。夫婦で頭やってたんだ。珍しいだろ。まぁ、あの2人の中ではどっちかが船長でどっちかが副船長とかだったんだろうが、俺達は2人とも「キャプテン」って呼んでたから、その辺は分かんねえ。
で、だ。俺が海賊団に入って数年経った頃、キャプテンの間に子供が産まれた。そりゃあ船内全員大騒ぎよ。キャプテンの後継だからってんで、船中の酒開けまくって大目玉食らったっけ。ああ、後継様はキャプテン達に扱かれて元気にデカくなっていったよ。戦闘技術はやけに上達が早かったな、天性の才能ってやつだなアレぁ。そのくせやたら華奢で、髪も伸ばしてたから、停泊中の街でよくお嬢ちゃんなんて呼ばれてたぜ。
そのまた後だったか?キャプテンが…もちろん女の方だぞ?2人目の子供を産んだ。鰐みてえな目をした子供だ。2人目だって俺みたいな素人からみりゃおっかねえ身のこなしだったし、何よりココだ。頭が良かった。だがそこがキャプテンは気に入らなかったんだろうな。後継様は変わらずにかわいいかわいいと手を掛けてたが、弟の方にはそりゃねえんじゃねえの?って言うほどに無関心だった。舟底の倉庫の隅に閉じ込めて、最終的にキャプテンは、弟の方をヒューマンショップに卸すって言ったんだぜ。俺はあの時に海賊の恐ろしさってのを知った気がしたね。俺はまだまだ甘ったれだった。
話はそれで終わりかって?いやいやバカ言っちゃいけねえ。子供1人がヒューマンショップに卸されるなんて、世の中にごまんとある話だ。そんなことで奢らせるほどみみっちくねえや。この話には続きがあるんだ。あの海賊団が解散した理由さ。次の日には奴隷商人が待ってる島に着くって言う日の夜の事だ。キャプテンの部屋から凄まじい音がして、俺達は飛び起きた。時々キャプテンは夫婦喧嘩をやらかして、物を投げ合ったり殴り合いをしたりと騒がしくやってたから、俺達はそれなのか非常事態なのか決めきれずに部屋の前で様子を伺ってた。前に仲裁に入ったやつが、船の右と左から手足と胴体をぶん投げられてたからな。そりゃあ慎重にもなる。
ビクビクしながら立ち尽くしてた俺たちの目の前で、船長室の扉がゆっくり開いた。そこには驚いたことに後継様がいらっしゃったのさ。片手にはキャプテンのよく使ってたでっけえナイフ持って、血塗れだった。…え?もう片方にも何か持ってたんじゃねえかって?よく分かったな兄ちゃん。
そうさ、もう片方の手、俺たちから見りゃちっちぇえ手で握ってたのは、自分の父親の首さ。俺たちはびっくり仰天したね。気絶したやつもいたっけ。慌てて部屋の中を覗いてみりゃ、キャプテンは2人とも首が飛んでたし、皮は剥がれて壁に貼られてたし、地獄ってのはあんなもんだぜ、きっと。そのあとは早いもんだ。後継様は弟の手を取って船からさっさと降りちまった。一応、「私が跡を継ごうか?」とは言ってたけど、あの惨状を見ちまった俺たちは首を横に振るしかなかった。だって親の数倍おっかねえ事をするんだからな。ま、そのせいであの海賊団は解散しちまったんだが…。
俺が語れるのはこれぐらいだな。どうだ、世の中にはおっかねえ奴がいっぱいいるだろ。あの兄弟もいい歳になってるはずだが、何処で何してるんだろうな。ああ、俺が話したんだ、兄ちゃんも何か面白い話をしてくれよ。
へぇ、兄ちゃんは仕立て屋やってんのか!