酒呑の応酬

酒呑の応酬



何が悲しくて藍染とプライベートでも顔を見合わせなければいけないのか。

平子は言葉には出さず頼んだ酒で口を湿らせる。とにかく今は飲まなければやっていられない気持ちだったのだ。

平子と藍染。

2人のモダモダ(してみえる)関係にヤキモキした部下達が終止符を打たせるべく、隊の飲み会と称し2人だけで(個室で!)酒を飲む機会を作られたのだ。


藍染は「昔からザルなんです。これくらい飲まないと隊長の相手は務まらないでしょう」なんて調子のいい事を言っていたのに、全く注ごうとせず、そもそも目を合わせようとしない。

藍染をそういう対象として見ていなかったので気づかなかったが、確かめるように口にした。平子も少し酔いが回っていたのだ。

「惣右介ェ、目ェ合わせれんくらい緊張しとんかァ?」

「何ですか?」

平子は熱燗の入った杯を一気に飲み干す。

「どう口説こうか悩んでるみたいやでェ」


口の回る男だとは知っているが、酔っているとこうもあからさまな意識をみせるのか。新しい発見だ。

こんがりと焼けた卵の表面を崩すと、中から明太子が現れた。美味い。これも新しい発見だ。

「仮にそうだと言ったらどうするおつもりですか」

「始めて見た時からお前にはキョーミありましたァ…ヤッてみるか?」

「……」

「冗談や。本気にすんな」

そう言って平子はまた熱燗を傾ける。

「お前もう飲まん方がエエんちゃうか? 相当まわっとるやろ」

「平子隊長こそ酔っ払って足腰立たなくなっても知りませんよ」

「明日休みやぞ。それにこんくらいでダメなるかい」

そんな柔なら逆撫を扱える訳がない、とは言わないでおく。信用出来ない男に自身の斬魄刀能力を伝える筈がない。

ぐびり、と酒を喉の奥へ流し込む。今更だがこの男が下戸ではないことが救いである。

先程から会話の合間に熱々の湯豆腐を口に運んでいたが、そろそろ胃にもたれてきた。それにしても一体いつまでこんな茶番を続ければ良いのか。

ふと時間を確認すると子の刻である。

この男は明日も仕事だというのに大丈夫だろうか。

そんなことを思いながら豆腐を飲み込む。しかし、そこで藍染に異変が起こった。

ぐらりと揺れ、持っていた箸を落とした。そしてそのまま机の上に突っ伏す。

(コイツ落ちよった…)

「おい惣右介大丈夫か?」

流石に心配になって肩に手を伸ばすと、その手を掴まれ引っ張られた。不意打ちだったためバランスを崩し、気がついた時には藍染の腕の中にいた。

背中に回された腕の力強さを感じながら、目の前にある胸板を押し返すように抵抗を試みた。

完全にホールドされていて身動きが取れない。

そして耳許で囁かれる言葉。

「あなたに焦がれる男を煽るのは楽しいですか?」

それは甘く脳髄まで響くような低音で、思わず鳥肌が立ちそうになる。これはマズい。本気で食われる。

直感的に危険を感じた平子はどうにか逃れようと身を捩るが、さらに強い力で抱き寄せられる。

藍染の顔を見上げると、そこにはいつものような穏やかな笑みはなく、ただひたすら欲情に満ちた瞳があった。

平子の背筋を冷や汗が伝った。

しかし次の瞬間、平子は藍染の顎を掌底で突き上げる。

油断していたせいか、モロに入った。

鈍いうめき声をあげて倒れる藍染の上に乗りかかると、拳を振り上げた。

殴らない理由はない。何故なら平子は藍染の上司で被害者だ。

躊躇なく振り下ろした一撃は藍染の鼻先で止められた。

あと数ミリ。少しでも動けば当たってしまう距離だ。

藍染は微かに眉根を寄せると、唇の端を持ち上げて言った。

「僕があなたをどれ程までに想っているのか、わかって頂く必要があるようですね」

冷静な自分が警鐘を鳴らす。

「お前は酔いすぎやし俺を舐めすぎや。ちょい反省せい」

拳を握り直し、再び振り下ろす。

しかし、藍染の手が素早く伸びてきて手首を掴み、体勢を逆転され、今度は藍染が馬乗りになる形となる。

片手は頭上で両方の手首押さえ付けられ、もう片方の手で首を絞められる。息苦しさと共に恐怖を覚えた。

首にかけられた手に力が込められていくのを感じる。

やがて酸素を求めて開かれた平子の口内は、藍染の厚い唇に覆われ舌が入り込んでくる。

それと同時に全ての手は解放された。

おずおずと、藍染の肩に平子の手が回される。

その行動に藍染は目を見開いたが、すぐに目を細めると、並びのいい歯列を裏側からなぞる。

長い時間そうしていたが、2人の間に唾液が糸を引くようにして離れた時には、うまく呼吸が出来なかったのだろう、平子は完全に出来上がっていた。

熱に浮かされたような顔つきのまま、焦点の定まらない瞳で藍染を見た。

藍染はその視線を受け止め微笑むと、ゆっくりと顔を近づける。

2人の距離はゼロになり、また離れ、角度を変えてもう一度触れ合う。

何度も繰り返される甘美な行為に、頭の芯から痺れていった。

こうして、部下達の希望通り男と女の火蓋が切って落とされた―――



「起きろや。風邪引くで」

声が聞こえて目を覚ました。

目の前には何故か平子がいる。

昨日の記憶を呼び起こそうとすると酷い頭痛に襲われ思わず顔をしかめた。

(なんだ?)

確か昨日は平子と飲んでいて……

そこまで思い出したところでハッとする。

慌てて時間を確認するとあと1時間で始業時間である。

「おそよう寝坊介」

「隊長……もっと早く起こしてくださいよ」

「何度も起こしたわ。全然起きんかったんはそっちや」

「はぁ?」

身体を起こして辺りを見回す。

「ちょっと待って下さい、ここは何処なんですか……」

どう見ても自分の部屋ではない。平子の部屋だ。

「覚えてないんか?」

「何をですか…」

頭が痛い。

全く記憶にない。

服を着ていない。

鏡花水月が近くにない。

ここまで条件が揃っていれば嫌でも察してしまう。恐る恐る平子に尋ねる。

答えを聞くのが怖い。

しかし聞かない訳にもいかない。

そんな複雑な心境を知ってか知らずか、彼女はあっさりと答えを口にした。

「お前エエナニ持っとんナァ。俺でも気持ちよくなれたわ」

信じられないが事実らしい。

藍染は深いため息をつく。

こんなことならあそこまで酒など飲まなければ良かった。

後悔先に立たずとはまさにこのことだ。

平子と男女の関係になるという事は藍染の計画にない。

藍染にとって性交とは愛でるものであって、決して性欲処理のための行為ではない。

それがたとえ自分を訝しむ平子であってもだ。それがどうしてこうなったのか。

自分の計画が狂っていくことに苛立ちを覚える。

何よりも一番腹が立つのが、平子が笑みを浮かべたままのことだ。

「お前みたァな男でも酒で失敗すんねんな、んん?今日の事は水に流したろか?いや、もっかい酒飲んで忘れるか?」

そう言ってニヤニヤと笑う平子に言い返したい衝動に駆られたが、そんなことをしても意味はない。

「平子隊長、昨夜はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

藍染は立ち上がると、脱ぎ散らかした服をある程度整え部屋を出て行った。

「明日気まずいとか無しやぞー。メガネは自分で店に取りにいきや〜」

残された平子は布団に倒れ込むと、先程までの事を思い出しながら呟く。

「バレんくて良かったァ」

その言葉を聞いた者は、誰もいなかった。

平子の脚には、未だ2人分の分泌液と平子から流れた赤い血が残されている。



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