酒は飲んでも飲まれるな

  酒は飲んでも飲まれるな


 アオオモ注意

 R-15くらい?

 





 自分ではまず選ばないであろう豪奢なホテルのベッドの上、アオキは必死に昨夜の記憶を探っていた。


 昨夜はポケモンリーグの飲み会だった。アオキも折角のタダで美味い飯を食う機会を逃すつもりはなく、きっちり仕事を終わらせ参加していた。

 初めは盛り上がる同僚たちを尻目にひとり酒を飲み料理を食べていたはずだ。だが、ここ数日は久しぶりにチャンピオンテストの二次試験があったりジムの挑戦者が多かったりで忙しく疲れていたせいか、いつもより酔いの回りが早いと感じていた。

 普段であればそこで酒は控えて食事に集中するのだが、運悪くそのタイミングで酒癖の悪い同僚に絡まれ、逃げそびれて酒を注がれて、飲むことを強要されたことは覚えている。飲まずに延々絡まれるのも面倒だし、まぁこれくらいなら大丈夫だろう、とそのグラスを空にしたのだと思う。だが、自分の予想していた以上に酔いが回ってしまったのだろう。そこから先の記憶が朧げだ。


 その後のことは、途切れ途切れにしか覚えていない。飲み会の最中自分が何を話し何をしていたのかも、いつどうやって飲み会の会場を離れたのかも、自分で歩いてここまで来たのか否かも。

 薄暗い部屋でオモダカに水を渡され、それを飲んだような記憶はある。おそらくはオモダカが酔い潰れた部下をそのままには出来ず、ホテルに運んだのだろう。おそらく、その危険性を理解しないままに。


 夢の中のことかと思っていた。

 ホテルの部屋の中、ベッドの上に横たえられ、ネクタイを緩められた時に、ぷつりと何かが切れたような記憶がある。

 抵抗するオモダカを押し倒し、身体をまさぐり、好き勝手に弄んで。

 恐怖か生理的な涙かもわからないが濡れた彼女の瞳を見ながら、その中心を貫いて。そうしてそのまま、彼女の中に。


 こうして全裸のまま目覚めるまでは、それが現実のことだとは思っていなかった。

 若い頃は酒に飲まれてバカなことをしたことが全くなかったとは言わないが、精々勝手に友人宅の冷蔵庫の中にあった食い物を食いつくしたとか、そんな程度だ。本気で取り返しのつかないことをやらかしたことはない、はずだ。それなのにこんないい年になってこんなことをするなんて。上司を、このパルデアでもトップクラスの権力を握る彼女を、よりにもよって無理やり犯すなんて。


 何も身に着けていない自分も、行為の後の気だるさの残る身体も昨夜の記憶が現実のことだと主張していたが、とどめにシーツに溢れた、薄ピンク色の染みの存在に気付いて、くらりと意識が遠のきそうになる。

 まさか、あのオモダカが男性経験が無いなんてことはないだろう。きっとたまたまタイミング悪く生理が始まったとか。それだけだろう。そうだとすれば妊娠の可能性も低いはずだ。そう自分の都合のいい想像をしてみるが、それが最大限に楽観的な思考だということは理解している。

 オモダカに恋人や婚約者がいるという話は聞いたことはない。仕事に熱中し過ぎて婚期を逃しているじゃないかとかそんな中傷まがいのことを言っている者もいたが、実際普段の彼女の仕事ぶりを見ていると誰かと交際する時間なんてありそうにないというのはアオキも納得してしまう。それに元は良いところのお嬢様だとかいう噂も聞いたことはあるし、婚前交渉はご法度だと思っていて経験がなかった可能性も十分考えられる。

それを、酔った自分は、あっさりと奪い去ってしまったのだろうか。




 飲み会の、次の平日。ジムの方はすぐに呼び出されそうな状況ではないので、営業部に寄り、簡単に上司やら同僚に挨拶をしてからオモダカの執務室に行こうと思って廊下へと向かう。

 チェックアウトの時間ギリギリまで煩悶し、散々に悩んだアオキだが、結局はオモダカに誠心誠意謝る以外の解決法が思い浮かぶはずもなく。それならばせめて早いうちに謝ろう、と覚悟を決めて今日は朝からリーグ本部に出社していた。

 すると営業部を出たところで、同じく総務部から出てきたところらしいオモダカと鉢合わせる。突然の遭遇にきちんと覚悟を決めていたはずの心臓が跳ね、舌が喉に張り付いたように言葉が出なくなる。


 同じく驚いた表情を浮かべたオモダカは、すぐに気まずげに視線を逸らす。その彼女の反応だけで、あれは全て現実のことだと再確認させられる。


「お、お疲れ様です」

「……お疲れ様です」


 謝るべきだ。そう思ってアオキはおかしな音を立てる心臓を宥めながら何とか口を開く。


「トップ、あの、飲み会の時は」

「すみません、これから急いでアカデミーに行かねばならなくて。また、後程」


 けれど決死の思いで掛けた声は、そのまま流されてしまう。オモダカは形ばかり頭を下げてすぐに踵を返す。そしてアオキの顔もろくに見ないままに走り去ってしまった。


「そうですか。……すみません」


 忙しいところを呼び止めた謝罪と、あの夜の自分の行為に対する悔恨の気持ちを込めて、そう呟く。けれどそんなアオキの言葉は、オモダカには届いていないだろう。彼女の背はあっという間に見えなくなってしまった。

 明確に避けられたように感じられた。少なくともアオキにはそうとしか思えなかった。

 何よりオモダカは鉢合わせたほんの一瞬、今まで見たことのなかった表情を浮かべていた。怯えか、不信か。あんなことをしてしまったのだから当然なのだが、そんなオモダカの様子は思っていた以上にアオキを責め苛んだ。自分でも思ってもいなかったほどに。

 

 結局目的を果たすことが出来ないまま、アオキはチャンプルタウンに戻る。空からリーグを一瞥したところで、重い溜息が零れ落ちる。


 ポケモントレーナーの端くれとして相応のプライドはあるが、それはそれとして面倒なことは好んでしたくはない。最低限必要なだけ働いて、あとは美味いものでも食べてのんびり暮らしていたい。それがアオキの基本的なスタンスだ。その為に安定しているポケモンリーグの一般職員としての職を得て、目立たず文句を言われない程度の成績を保っていた頃から今まで、ずっと変わらずにそう思っている。

 それがうっかりオモダカにポケモントレーナーとしての腕を見出されてしまって、あれよあれよという間にチャンプルタウンのジムを任されることになって。更には四天王まで引き受けることになっていた。昔の自分からすれば、分不相応……とは思わないが、面倒なので謹んでご遠慮させて頂きたいような大役だ。

 今も最低限の仕事だけで、のんびり暮らしたいという願いを諦めたつもりはない。それなのに転職しようとか、そんなことを考えもせずに、自分の元には面倒なことしか持ってこない上司の元に留まり続けて。業務命令なら仕方ない、という顔をしながら一般的には無茶な兼務を引き受けてしまっているのか。

 パルデアでもジムリーダーや四天王を務められるだけの実力者はそうは転がっていないし、四天王に就任した1年半前は優秀な教師達が根こそぎ引退せざるを得なくなってオモダカが理事長として委員長として頭を悩ませていたのは知っている。

 それでも、引き受けるのは絶対に無理だと主張すれば残念がりはするだろうが他の人間を探しただろう。それなのに何とか調整して、粛々と彼女に頼まれた新たな業務を受け入れたのは何故なのか。


 こんな状況になって初めて、自分の気持ちに気がついていた。


 オモダカが貴方にしか頼めないのです、と言って自分を頼ってくることに、自尊心をくすぐられていたのもあるだろう。パルデアに君臨するトップチャンピオンが自分に頭を下げている。それに仄暗い喜びを感じていたことに、全く気付いていなかった訳ではない。

 けれどそれは、トップチャンピオンというこのパルデアの最高峰に頼まれたから、というだけではなかったのかもしれない。頼んできたのが他ならぬオモダカだから。彼女が自分を信頼してくれているのだという事実が、何よりアオキをこの立場に引き止めていたのだろう。

 多分オモダカはただ部下として、優秀なトレーナーとしてアオキのことを気に入ってだけだろう。だが、自分は。 


 彼女の信頼も、信用も、好意も……全て自分の手で壊した今更になって、それに気が付くなんて。



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