酒と飲み干す

酒と飲み干す



 --新世界の広大な海の上で、今宵も海賊たちは以下略


「……」


 賑やかな様子を眺めながら壁際に座り込む。

 ジョッキの中の酒を何口か飲むと、疲労が蓄積した身体にアルコールが染み渡っていく。酒はそれほど好んで飲む訳ではないが、今はその感覚が心地良く感じた。


 麦わらの連中と行動を共にするのをやめてから少し経つが、どういう因果かやたら奴らと鉢合わせることがある。その度にこうして宴だなんだと騒ぎ立てられこちらの予定を崩される。

 こちらのクルーも近頃奴らのノリに感化され、嬉々として飲み始めるから始末に負えない。


「(今回は全員心身共に疲れが溜まっていたから、ガス抜きには丁度良かったが)」


 手元のジョッキから視線を戻すと、麦わらの連中とうちのクルー達が入り交じり飲んで歌って大騒ぎしている。今更このノリに文句を言うつもりは無いが、進んで輪に加わりバカをやるような柄でもない。


 こういう時真っ先に絡んでくる麦わら屋とゾロ屋がなぜか今日は大人しい。おかげで1人離れて穏やかに過ごすことが出来た。


「ヤァヤァヤァ!!! トラ男くゥ~ん飲んでるゥ~~?!」


 …………さっきまでは。


「…………」


「アッ!! ジョッキ空だよ!? 注いであげる!」


「……いい」


「オッケー! あのねェ、これゾロとジンベエからおすすめしてもらったんだけどお米のお酒なんだって! おにぎり大好きトラ男くんにもおすすめ~」


「今の「いい」は「必要ない」って意味だ! 勝手に注ぐな!」


 おれの拒絶も無視して歌姫屋はその手に抱えた瓶から酒をジョッキの半分近く注ぐ。

 正直これ以上酔いたくないのだが、注がれてしまった以上仕方が無いので渋々口をつける。おれの味覚ではやや甘味が強く感じたが、あの酒飲み達が薦めるだけあってなかなか旨かった。


「おきにめした?」


 悪くない、というのが表情に出ていたのか、こちらを覗き込んでニヤけている。そのあまりにも腑抜けた顔に若干腹が立った。


「酔っ払いが……。あまりおれに絡むな。さっきはお前のせいでこっちにもナミ屋の雷が落ちてきたんだぞ」


 どうもこいつは酒の飲み方が下手なようだ。

 宴が始まって早々に顔を真っ赤に笑いだして、上機嫌でおれの元に来たかと思えば「オペオペの能力で片腕を取って」とせがんできた。

 あまりにもしつこく迫ってくるのが鬱陶しかったので、満足すれば黙るだろうと切り落としてやると、取れた左腕を握りしめナミ屋達の方へ走っていき--


『!!? おいバカ待て……!!』


『みんなァ~~見て見てェ~~!! オモチャの時の私の真似ェ~~!!!』


 当然歌姫屋はナミ屋に怒られ、(不本意だが)加担したおれまでとばっちりを食らった。


 聞けば以前も酒の飲み過ぎで醜態をさらしているらしい。仲間の教育はどうなってるんだと連中の方を見れば仁王立ちするナミ屋の前に萎れた様子の海峡屋とゾロ屋が座っている。その脇には珍しくグロッキー状態で、ジョッキを握り締めたままテーブルに突っ伏した麦わら屋の姿がある。


「すまなんだ……年上として加減を教えるべきじゃった……」


「もの珍しそうな目で見てくるからつい……悪ィ」


「2人はまだ良いとして、アンタもしっかりしなさいよ! ちょっと目を離した隙にムキになって……!」


「…………」


 経緯を察するに、ゾロ屋と海峡屋が何気無く薦めた酒で歌姫屋のエンジンが入る。

 その調子で麦わら屋と「どちらが多く飲めるか」など下らない対決を始め、麦わら屋は酔い潰れ、歌姫屋は歩く災害状態になった……ってところだろうか。


 ……長い間つるんでいたせいか、奴らの行動や心理を読めるようになっている自分にため息が出る。


「おやおやトラ男くん、ため息つくと幸せが逃げちゃいますゾ?」


「お前のせいだろうが。羽目を外しすぎだ」


「だってさァ、しょうがないじゃん! 皆と飲むお酒がこんっなに楽しいなんて知らなかったんだもん!」


「……飲み過ぎると喉に負担が掛かるぞ」


 呆れながらも「手前の武器は大事にしろ」と付け加えて忠告すると、歌姫屋は小さく笑い声を漏らした。


「トラ男くんは優しいなあ」


 そう言うなり歌姫屋は勢いよくおれの隣に座り込む。


「よっと……へへへ」


「おれが優しいだと? バカ言うな」


「優しいよ~ルフィのこと助けてくれたじゃん」


 あの戦争の時のことか、と再びため息をつく。その件については、一味の奴ら全員から耳にたこが出来るほど礼を言われた。


「何度も言っただろう、あれは気まぐれだ」


「そうだっけ? でも1回2回言っただけじゃ足りないくらい感謝してるんだよ。ルフィや……エースが辛かった時、私、傍に居られなかったから。ルフィの命だけでも、トラ男くんが救い上げてくれて本当に良かった」


 歌姫屋は先程までの異様に高いテンションから打って変わって静かな口調でそう語る。おれは黙ったままジョッキを傾けた。


「それに……私のことも」


「人間に戻った後の診察のことか」


「それもあるけど、戻るきっかけをくれたでしょ? 確かな知識や情報も無い、口も利けない私だけじゃ、ドレスローザまで辿り着けなかった」


「……それは……」


「トラ男くんがあそこまでルフィ達を導いてくれたから、私は今こうして人間に戻れて、トラ男くんと話せて、美味しいお酒を飲めるのですッ!!」


「また情緒がおかしくなってるぞ」


「んふふ……」


「……正直、ね、殆ど諦めてたんだ。大人の女性の身体に成長することも、ご飯とか睡眠とか小さな幸せを味わうことも、歌詞や言葉で自分の思いを誰かに伝えることも」


「……」


「なのに全部叶った。好きなこと好きなだけ出来る。今の私、すっごく自由! だから何回でも言うよ、ありがと!」


 今まであの壊れたオルゴールが声代わりだった故に、自身の考えを明確に伝えられることがよほど嬉しいらしい。

 白い歯を見せて笑うその表情は、麦わら屋によく似ていた。


「だから感謝の気持ちを込めてウタ歌います! ありがとお~~ありがとお~~♪」


「おいやめろ! よく分からないがその(グループの)歌は権利的にマズい!」



「……歌姫屋?」


 たった今まで陽気に歌っていたと思えば、突然くたりと体の力が抜け、後頭部の輪っかが垂れ下がり、マイク代わりに握っていた酒瓶を抱え込んで丸くなってしまった。

 すぅすぅと静かに呼吸をしているのを見るに、体力を使い果たして眠ってしまったのだろう。あれだけ騒げばまあ当然だ。


「まったく……揃いも揃って騒がしい奴らだ」


 片膝を立て、歌姫屋の方を見る。


 別におれはこいつらの恩人でもなんでもない。

 導くだのなんだの言っていたが、おれはあくまでコラさんの本懐を遂げるというたった1つの目的の為に動いていただけだ。そこに結果として色々おまけが付いてきたに過ぎない。


「(思えば麦わら屋には大分計画をかき乱された)」


 肝を冷やすことが幾度もあったが、それでもドフラミンゴを討つことが出来たのは、あいつのやけに鋭い勘と、自身がしたいことへ真っ直ぐ突き進む行動力が働いた故だろう。

 あまり認めたくないがおれ1人では、よくて相討ち、下手すれば何も成し得ず息絶えていたかもしれない。


「(……別に感謝なんざしていないが)」


「うちのクルーが迷惑を掛けちゃったわね」


 見上げれば、やけに機嫌が良さそうに笑みを浮かべる二コ屋と、心配そうに歌姫屋を見つめるトニー屋の姿があった。


「ウタ~、お前またこんなに飲んでえ……」


「……迎えに来るのが遅いんじゃねェのか」


「ごめんなさい。でもナミたちが貴方と話しているのを見て、貴方が面倒を見ていてくれるなら大丈夫だろうって」


「そんな信頼は要らねェ……」


「それに、飲み過ぎは良くないけど……お酒の力を借りないと伝えられないことも、世の中にはあるみたいだから」


 二コ屋の視線の先では、大柄な体格に姿を変えたトニー屋に抱えあげられた歌姫屋が寝息を立てている。


「それじゃあ、お願いねチョッパー」


「任せとけっ。トラ男ごめんな、おれからもまた注意しとくよ」


 そう言い残すと2人はサニー号に戻っていった。


『……正直、ね、殆ど諦めてたんだ』


『好きなこと好きなだけ出来る。今の私、すっごく自由!』


「……自由、か」


 歌姫屋の言葉を反芻する。


 無機物の身体を押し付けられ、おおよそ自由とはいえない人生を強いられてきた。長い年月の間に取り零したものも少なくないだろうあいつの心は、少しは報われたのだろうか。


 年齢にはやや不釣り合いの子供っぽい寝顔が脳裏に浮かぶ。


「(……ラミも、あんな風に成長出来る未来もあったんだろうか)」


 そう思いかけ、はっとする。


 歌姫屋を妹と重ねるなんて、何を馬鹿なことを考えているんだ。


「……くそっ」


 酒が回ると思考が鈍る。今日はやはり飲み過ぎた。うだうだした余計な考えを、残っている酒と共にぐいと腹の中に流し込んだ。


 歌姫屋に散々迷惑掛けられたのも、おかしなことばかり浮かぶのも、すべてアルコールのせいだ。


「…………やっぱり酒は好きじゃねェ」



 --翌日


「あのおトラ男さん……昨日は本当にすみませんでした……」(今回は記憶が残っている)


「……心配するな。おれに他人の痴態を広めて回る趣味はない」


「チタイって言われた~っ!!」

Report Page