都市伝説系男子の虎杖悠仁くん
「2年前くらいまでは日本人らしく無宗教で、神様はいないと思っていたんです。」
ロザリオを持った男性は語る。彼の額にはうっすらとだが大きな火傷のあとが痛々しく残っていた。
「でも、この火傷をおった火事で天使様が私を助けてくれたんです。」
曰く、純白の大きな翼とひかりの輪、桜の花弁が流れる川のような長い髪の女性だと言う。その姿を見た時、お迎えが来たのかと思いましたよと笑って彼は答えた。
「次に目覚めたのは病院で、医者や家族からは助かったのが奇跡だと言われました。私だけ逃げ遅れてしまって消防隊が着いた時にはもうほとんど焼けてしまていたんです。」
仙台ではここ10数年で『天使』の噂が流れており、彼以外にも目撃情報は多数ある。ある時は光輪に照らされる無垢な少年、ある時は勇ましい翼を持った男性、そして先程の彼が語ったような女性の姿。いずれも翼と光輪をもち桃色の髪をしているという。
このことから、『キリスト復活』、『ムハンマドの再臨』、『新たな神の預言者が誕生』の地に仙台が選ばれたのでは無いだろうか?
「信じるか信じないかはあなた次第、か……で結局預言者いたのか?ガブリエル様」
「もう少し目立たずに生きなさいよ。生きるの下手くそか?」
「もう仙台都市伝説特集の4分の5お前じゃね?」
「しゃけ」
「まだ見ぬ4分の1までもが俺のせいにされてるんだけど」
ここは呪術高専東京校、寮の共同スペースに若いながらも激しい戦いに身を置く呪術師達が珍しく大所帯で団らんしていた。あるものは疲れた学生をそのまま眠りに誘うバカみたいにでかいホットカーペットに沈み、あるものはいつからあるか分からない革のソファに深く座り、またあるものは我らが学長、夜蛾正道の最高傑作であるパンダに埋もれていた。
完全にだらけモードの彼らの視線はただ一つ、今の時代わざわざ見ることが少なくなったテレビ番組である。左上にギラギラした派手な文字で『今がホット!東北地方の都市伝説に迫る』と書いている。
ちなみに「東北なのにホットなのか……地球温暖化の話?」と呟いた伏黒恵は現在2徹目突入中である。まだ言語が通じるので彼はまた任務をこの後入れられるのだろう。労働基準法も青少年保護育成条例も彼らを守ってはくれないのだ。「サビ残無しを対価に命を削る縛りでも結んでいたっけな」そんな同級生を見て震えている、15の夜。
閑話休題
「悠仁、ポテチ」
「はいよ」
「悠仁、チョコ取って」
「ん……ちょっと思ったんだけどさ兄ちゃんたち食べれるよね?生得領域で」
「生で食べたいじゃん」
「いや兄ちゃん姉ちゃんたちが現実で食べた物のカロリーどこに行き着くか知ってる?俺なんよ。いつも言ってるじゃん、自分のカロリーは自分で消費してってさ。」
その時、禪院真希が吹き出しかけた。口に含んだ三ツ矢サイダーが犠牲にならなかったのはそのフィジカルギフテッドのお陰だろう。その隣で狗巻棘は全身で笑いをこらえたせいで膝をローテーブルにぶつけて痛みのあまり転げ回っているのに対し、パンダは静かに宇宙を背負っていた。中に兄ちゃん姉ちゃんがいる繋がりだからこそ余計に分からなくなることがたまにあるのだ。
2年生に多大な被害を与えている彼は虎杖悠仁、かの最強達を幼いながらに退け『呪巣図』『平安ひとり』『野性の特級』などの異名が付けられここ10数年呪術界に恐れらた、それこそ都市伝説のように語られた男である。
その男がやっと表に出たのはつい最近で、呪いの王『両面宿儺』を身に宿して堂々と特級呪術師デビューした。現在遠い地で人工の光がない空を見上げているであろう乙骨特級術師のこともあり仙台は黒き月でも埋まっているんじゃないかともっぱらの噂である。それ埋まってるの確か箱根じゃなかったっけ……とピッカピカの転入生吉野順平は思った。
「ねーーーそろそろ俺晒しあげられるの恥ずいからもう部屋戻っていいスっか?」
「おかかおかか」
「ワンチャンお前じゃなさそうなやつありそうだし最後まで残ってろ」
「いやん……パンダ先輩もそろそろ離してよぉー」
そんな堅気が素足で逃げ出す業界からとんでもないヤツ認定を貰っている虎杖自身はその身に宿す呪いの量の割にとても一般人寄りの感性を持っている。現に簡単に振り解けるパンダの拘束を振り払わずにされるがままだ、まぁ単に居心地が良いのかもしれないが。
彼がまっすぐ愛されるように育ったのは、男手一つで育て上げた祖父の手腕のおかげだろう。なんなら虎杖倭助は魑魅魍魎の時代を生き抜いてきた呪物すらも頭が上がらない存在なのだ、多分彼が今生きていたら確実にノーベル平和賞が贈られているし、五条家は次世代の六眼と無下限呪術の抱き合わせが産まれたら虎杖家にぶち込もうかと画策してる。呪術界のガンディー、それが虎杖倭助なのだ。
『続いての都市伝説はまたまた仙台、綿毛のスレンダーマンと黒い雪男』
「これってさ」
「頼む、言うな」
「お前は頑張ったよ、だから今はもう……おやすみ」
心当たりしかないワードに反応した虎杖を柔らかいカーキ色のyogiboの中心から悲痛な声で遮ったのは眠気とのデットヒートを繰り広げている伏黒恵だ。あいつはいい加減寝た方がいい、連続で出していいのは黒閃だけだ。即座にそう判断した虎杖はパンダから転げ落ちるように降り立った。
余談だが徹夜記録保持者はブッチギリの伊地知潔高で、その記録は脅威の6徹である。発見した七海が恐ろしく早い手刀を繰り出さなければ補助監督のエースは今頃儚く散っていただろう。「これだから……これだから現場を知らない上層部はクソです……!」呪符を巻いた鈍を素振りしながら彼は息荒く言葉を放った。
「伏黒〜運ぶぞ〜」
「すまん……」
「そう思うなら睡眠取れ、嫌だよ昔からの知り合いが呪い関係なく過労死するの」
「すまん……」
「閃いちゃったんだけど悠仁ってもしかして恵のオカン?」
「実はこんなでけぇ息子産んだ覚えないんだよね」
ケラケラと笑いながら虎杖はかなり愉快な話を語るテレビとただのクラスメイトや先輩の枠には収まりきらない仲間たちを後にした。呪術高専は今日も平和である。