邂逅、2つの退屈が1つの物語に昇華されし瞬間

邂逅、2つの退屈が1つの物語に昇華されし瞬間


虎杖悠仁は退屈していた。

「虎杖くん、かっこいい!すごい運動できるんだね!!」

同じことは何度も言われてきた。それこそ彼の記憶にある、彼がまだ幼稚園、小学校にいたときから。

「おぉ、ありがとな!お前こそすっげぇ頭いいよな!俺本当に成績悪くてさー」

だから今回も同じように定型で返す。顔には丁寧に貼り付けた、薄い感情の膜があるのみ。その奥には、退屈という毒で満たされた虚空しか存在しない。


最初の頃はまだ楽しかった。

彼は子供のときから、少し頭脳が抜けていた存在だった。

だから周りの子供に合わせるのが苦手で、相手が何をしようともその意図を理解し、最適解を返すだけだった。

そんな彼にとって、周りと一緒になることは一つの目標だった。

「すごいね」「かっこいい」「助かったよ」「流石だね」「ありがとう」「またね」

みんなが褒められたときにどう反応しているだろうか?

「ありがとう」「君こそ」「そんなことないよ〜」「でしょ〜?」「いやこんなの...」

じゃあ、どんな表情で?

じゃあ、どんな声色で?

じゃあ、どんな態度で?

じゃあ、どんな言葉で?

それを考えて人に好かれること。それは当時の彼にとっての唯一の好奇だった。


しかし、ゲームには必ず終わりがやってくる。

所詮彼の周りの人間は、彼の退屈を満たすに足りなかった。

どんな人間と当たっても、考える間もなくすぐに「答え」が導き出される。

そして、その後に残るのは何かというと、ただ一つ、「退屈」のみ。

親友と呼ばれるような人間関係、表面上の恋人を作ってみたこともある。

人を傷つけて、傷つけて、そこから本性を引き出したこともある。

...人を殺め、感情の発露を観たことさえもある。

だがどれも、彼の退屈を満たすには至らなかった。

周りから見て頭が悪いように見えること。

誰とでも分け隔てなく接すること。

どんな状況でも、積極的にリーダーシップを取ること。

彼は関わる人を増やそうとしていた。彼を退屈の海から救いだしてくれる人を、いつか見つけるために。まともな人間に、対等な存在に出会うために。


ある時だった。

自身が入っている高校。そしてその中にあるオカ研。

そこが、何か得体のしれないものを見つけたという。

別に彼は、オカルトに興味があるわけではない。

ただ単に楽だから入ったに過ぎない。たったそれだけの関係なのに。

「虎杖、あんた前歩きなさいよ」「そ、そうだ!先輩を立てると思って!」

「本当に先輩たち、なんで心霊スポット苦手なのにオカ研やってんだよ...」

こんな関係も、割と悪くない。ここにいる二人なら、ひょっとしたらいつか、自分のこれを受け入れてくれるかもしれない。

少しだけそう思って、満足しかけていた。

その矢先に、この知らせだ。

部室に行き、百葉箱から見つけたというそれを見せてもらう。

「あれ、なんだこれ...」

その箱の中に入ったものを見た瞬間、今までにないものを感じ取った。

わずかばかりの充足など、その瞬間に全て消し飛んだ。

今までの退屈すらも、一瞬で斬られたかと思えるほどの興奮。

その札を今すぐ剥がしたい。

そして、それを今すぐものにしたい、

やっと、なにかに出会えるかもしれない。

やっと、なにかになれるかもしれない。

やっと、なにかに満たされるかもしれない。

やっと、なにかに対して対等な感情をいだけるかもしれない。

やっと、やっと、やっと、やっと、やっと、やっと、やっと、やっと......。


次に気がついたときには、彼は一人部室の中に立っていた。

足元には、首筋に痣をつけた二人が転がっている。

しかし、彼はそれに気が付かない。

ただ、目の前の輝きを放つ指のみに。それのみに、彼は集中していた。


「おい!!何やってるん...だ.........」

「誰だ?アンタ」

突然、見慣れない制服を来た、特徴的な髪をした男が入ってきた。

「は?これは一体どういう...いや、とにかくその指をこちらに渡せ。」

「それは魔除けのためにこの学校に置かれていた呪物で........」

そんな話どうでもいい。一体、どうすれば「これ」に満たされることができる?

どうすれば、やっと手中におさめた「これ」を完全にものにできる?

矢先、目の前の男の真上の瓦礫が崩れ、何かが落ちてきた。

ぼんやりとした輪郭しか見えないが、それが既知の存在でないことは明らかだ。

「クソっ、宿儺の指に釣られた呪霊か...!!おい!!お前、それを早くこっちにわたして逃げろ!お前にこれが見えているかは知らんが、お前には何もできない!!」

へぇ。「これ」は「宿儺の指」って言うのか。なかなか悪くない名前だ。

「おい、言うことを聞け...!!でなければ..グハッ!!!」

異形が男を殴り飛ばす。そして、こちらに向かってくる。

そうだ。

こいつが欲しがっている宿儺の指。

今の仕草をみて確信した。

これは摂食するべきものなんだ。さらなる力を得るために。

あぁ、全て理解したよ...。


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「誰だ?小僧」

宿儺は不快だった。

千年ぶりに受肉した。己の体を持ち、自由を得た。それ自体は悪くない。

圧倒的な強者。それ故の孤独。

俺は指越しにこの時代を観ていた。だからわかる。俺と戦える奴はまだいない。


宿儺は、千年前に退屈していた。

自分が最強であるがゆえに、自分が果てであるが故に。

自分以外の全てが異形の怪物であるというようにさえも見えていた。

快楽を得ても、真に満たされることはない、。

楽しくはあれど、真に望むものではない。

だから彼は時代を超える決断をした。


...それだけならまだよかった。この受肉先の小僧が話しかけて来なければ。

「俺と対等な位置に立つな。頭を垂れろ。」

「...か。」

「......?」

「お前だったのか。俺を満たしてくれるのは。」

「何を言っている小僧。俺はお前に施す気は...」

瞬間、宿儺の魂に虎杖の記憶が流れ込む。

「......ケヒッ」

自身と同じような渇きを抱くもの。

心の底が常に虚空に満たされているもの。

そんな人間に受肉したこと。どうやら、相当な幸運に恵まれたようだ。

「これは...なかなか楽しめそうだ」

宿儺は確信した。この男と共にあれば、お互いを満たせると。

この男こそ。新時代の、退屈しない世界への鍵であると。

「そうだろ?宿儺。」

虎杖は無邪気に笑う。

本心から笑ったことなんて初めてだ。

それほどまでに、今はただ、この出会いが嬉しい。


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宿儺の体は開放されていた。久しぶりの自由だ。

目の前にいるゴミのような呪霊を片付ける。戦いの感覚が身体に充填される。

「クソっ...!!(最悪の万が一が出たか...!!)」「布瑠部由良由良...」

同じく切り刻もうとしていたゴミから、何かポテンシャルを感じた。

(ほう...強力な術式、そして俺への耐性か...)

(虎杖、変われ。いいか?こいつと友好を結び、呪術を学べ。そうすれば、面白いものが見れるぞ。いずれな。)

(...あぁ成程、そういうことね。理解したよ、宿儺。)


この瞬間、二人の物語は動き出した。

伏黒恵という道化を繰り、真に出会う。そして、混沌の世の中を作る。

共通の目的と、充足への果てなき渇望を抱いた二人は、同じ道を歩き出した。

それは違えようのない事実だが、同時にどこかから外れた道でもあった。


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