邂逅

邂逅


使い古した着物の袖を揺らし、彼は街を歩く

定期的に行っている城下の見廻りだ

名と身分を隠して街を歩くことでありのままの民の姿を見る、“生前”から変わらない“彼”の習慣であり務めだった


往来の真ん中、向かいから歩いてきた男と肩がぶつかる

「「失礼」」

二人は小声で言葉を交わし、歩き続ける

そこから少し歩いたところで彼は微かな違和感を覚える

違和感のまま懐に手を入れようとしたその時、

「ぐあっ!」

すぐ後ろでうめき声がした

振り返ると、先程ぶつかった男が若い男に腕を掴まれていた


「てめェ!どういうつもりだ!?」

男は腕を掴まれたまま睨む

しかし、若い男は少しも手の力を緩めない

それどころか切れ長の目を細め、男をキッと睨みつける

「どういうつもりはこっちの台詞だよ」

男の声は静かだが、確かな怒気を纏っている

「お前、今自分が盗(と)ろうとしたモンが何か、わかってるのか?」

そう言って掴んだ手に視線を移す

見ると、美しい藤の花が飾られた一本の簪が財布と共に握られていた

「何って、ただの簪だろ。それに財布。まっ、簪なんざどうでもいいがな」

笑い声と共に返ってきた言葉に若い男はため息をつくが、すぐに「聞いたおれが馬鹿だった」と呟いた

「それとよ、お前さっきそこのオッサンからも財布スったよな?」

その言葉に“彼”は懐に手をやる

先程感じた違和感の通り、財布がなかった

「立て続けのスリな上、ソイツに手を出すたァ…覚悟は出来てるんだよなァ?」

若い男はドスの効いた声でそう言うと、掴んでいた手をパッと離した

次の瞬間、スリの男の顔面に拳が叩き込まれた


渾身の一撃を受け、スリが往来の真ん中に倒れる

倒れる直前、握っていた財布と簪はスルリと抜き取られた

若い男はそのままスリの懐を探って財布を取り出すと、“彼”の方に歩いていった

「はい、これアンタのだろ」

「ああ、すまないな」

“彼”はそう言って財布を懐にしまう

「その簪、大切なのだな」

“彼”の言葉に男は「ん?まあな」と笑う

細やかで美しい藤の花が飾られた簪を愛おしげに見つめるその目に、“彼”はどこか懐かしい雰囲気を覚えた

「……………なァ、あん「あっ、おれまだ買うものあるんだった!」

そう言うと男は簪をしまいながら振り返り、

「じゃあな、もう財布スられんなよ!」

とだけ言ってどこかへと行ってしまった


「あ………」

“彼”は男の歩いて行った方を見つめ、言葉にならない声をあげる

せめて名前ぐらいは聞きたかったのだが、と思ったがすぐにかぶりを振って笑った

普段己も真の名を隠しているのに、自分だけ相手の名を知るのもおこがましい

いつか、また機会があった時に知れればいいだろう

そう思いながら、“彼”は見廻りを再開した


その数日後、二人はおもいがけず再会する

そして“彼”は、男が数十年前に出奔した姉の子である事を知るのだが、それはまた別の話である

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