邂逅
「凛、ピッグになったな?」
「凛は人間だし、俺は凛じゃない。」
ブルーロックに到着して、用意された部屋に私物や機材を置いた後、凑はブルーロックの中を歩き回っていた。
(ここが多分フランス棟……だよな)
似たような風景がずっと続く廊下を凑は歩いていた。最初に行くように指定されたドイツ棟への集合時間にはまだ余裕があったので、遠くから弟の顔を見ようと思ったのだ。
誰ともすれ違わず、自分が本当にフランス棟にいるのか不安になってきた頃、前からメガネを掛けた青年がやってきた。
そして最初に至る。
「……そうなのか?」
青年――斬鉄は首を傾げた。
「ああ、似てるとはよく言われるけどな。」
斬鉄は目の前にいる、カメラを持った男の頭から爪先まで眺めた後、質問をした。
「お前は凛に会いに来たのか?」
凑の目が少し大きく開いた。
「よく分かったな、仕事の前に顔を見に来たんだ。」
(流石ストライカーの原石を集めると言っただけあって、驚くほど観察力のあるヤツもいるんだな……)
凑が内心感心していると、斬鉄はメガネをくいっと上げて言った。
「だが、お前を凛に会わせるわけにはいかない……」
「……それは、どうしてだ?」
斬鉄のメガネがキラリと光った。
「それは、お前が凛のドップラー効果だからだ!」
二人の間に沈黙が落ちる。
「……ドップラー効果?」
「知らないのか?ドップラー効果に会うと死ぬんだぞ。」
「誰も道路に近づけないんじゃないか、それ。」
斬鉄と凑は顔を見合わせて首を傾げた。互いに互いのことを、なに言ってるんだコイツ、と思っていた。
「……自己紹介がまだだったな。俺は糸師凑。お前の名前を教えろ。」
「俺は剣城斬鉄だ。凑は凛のドップラー効果じゃないのか?」
「俺は凛の兄で、カメラマンだ。現象じゃねぇ。」
そうか、なら死なないな……と斬鉄は頷いていた。
「凑と凛は栗二つなんだな。」
「……?クリス立つ?」
再び二人は顔を見合わせて首を傾げた。悲しいことに、二人の会話にツッコミ役は存在していなかったし、誰もこの場所に来ることはなかった。
「……斬鉄はどんなプレーが得意なんだ?」
斬鉄は胸を張って言った。
「ボールをレンジでチンだ。」
「それボール爆発しねぇか?」
「爆発力があると思う。」
「それは……そうだろうな。」
コートの上でボールを爆発させるのは、ストライカーなのだろうか?
科学者とかその類いじゃないのか?
凑は内心疑問に思ったが、斬鉄が真っ直ぐな瞳をしていたので、多分そういうこともあるのだろうと流すことにした。
悲しいかな、凑は末の弟からのイタズラの数々を経て、受け流すことを習得していた。
「凑は、ブルーロックで撮りたい選手がいるから来たのか?」
今度は、斬鉄が質問をした。
「勿論、クリス・プリンスだ。」
「クリスのファンなのか?」
「ああ、そうだ。」
凑は無表情のまま頷いた。
「クリスのどこが好きなんだ?」
「どこが好きか……難しいが、良い質問だな。まず俺が思うクリスの最も素晴らしい所なんだが……」
目を輝かせてクリスの美点を語り始めた凑の話を斬鉄は真剣に聞いていた。が、長いクリス語りの途中から斬鉄は背後に宇宙を背負っていた。
「……つまり?」
「俺は、クリスは太陽のように輝いている選手だと思っている。」
なるほど……と斬鉄は頷いた。
「つまり凑にとってクリスは、Q.E.D.より輝く存在なんだな。」
「Q.E.D.?まあ、人間は努力をすれば理想像になれることを証明する存在ではあるよな。」
凑は、クリスの輝く姿を思い出していた。
「俺はエビダンスの話はしてない。」
「俺もしてない。」
凑の頭の中は、緑のコートを駆けるクリス・プリンスから、海中でニコニコ踊るエビになっていた。
(……話しすぎたな。今何時だ?)
凑が時計を見ると、集合時間の30分前になっていた。小さい頃から迷子になりがちだったのもあり、凑は自分の方向感覚に自信がない。
「おい、斬鉄。ドイツ棟どっちか分かるか?」
斬鉄はキリッとした顔で宣言した。
「分からない。だが、ノープランだ。」
「何もないな。」
「こういう時は、とりあえず来た道を戻ると良い。俺がついていこう。」
そう言って斬鉄は走り出した。
「心強……足速いな?」
置いていかれないように、凑もカメラを持って走り出した。
「ここら辺から来たが……どのドアから来たか……」
凑は先に行ってしまった斬鉄に声をかけた後、同じ形の無個性なドアの前で立ち止まっていた。
「……全部開けるか。」
ドアは、押しても引いても開かない。試しにスライドしてみると思ったより勢いよく開いて、凑は部屋に倒れ込んだ。
部屋の中には沢山のコードがあった。どうやら備品などを置いている場所だったようだ。
戻ってきた斬鉄が覗き込むと、コードがグルグルに巻き付いた凑の姿があった。
「……すまないが外すの手伝ってもらっても良いか?」
「分かった。」
斬鉄と凑、二人で巻き付いたコードを外そうとするが、何故か段々複雑に絡まっていった。
「……パリコレみたいになったな。」
10分後、そこには手も動かせなくなった配線の妖精と化した凑の姿があった。複雑に絡まった配線を見て、斬鉄はジャングルを思い出していた。
「……じゃあ、そろそろ行かないと不味いから。ありがとな、手伝ってくれて。試合するときはカッコ良く撮ってやるよ。」
「ああ……」
斬鉄と凑は互いに背を向けて歩きだした。
その後、凑は奇跡的にドイツ棟に辿り着くものの、脚にコードが引っ掛かり倒れ混んでしまった。
そこでブルーロックの申し子と出会うのはまた別の話……。