邂逅
G-5管轄内にある住む者もまばらな小さな島。平地が少なく海岸からすぐに鬱蒼とした森があり、そのまま高い山に続いている。身を隠すのにはうってつけの場所だ。
スモーカーは何か違和感を感じ、部隊から先行して島に上陸していた。今回本部からの指示はここに潜伏していると思われる犯罪者の捕縛だ。
しかし狭い海岸線には探るべくところもなく、手配書を手に山を見上げ単独で入るかどうか思案する。そこへ正面から何者かの気配が近づいてきた。
「おーーーい!!ケムリーーーン!!!」
「げっ!!!」
「ひっさしぶりだなァ!!元気だったかァ!!!?」
そう叫びながら、麦わらのルフィはゴムの両手を伸ばしスモーカーの体に巻きつけてくる。それを煙に変化し抜け出すと飛んできたルフィの首根っこを掴み砂浜にぶん投げた。
これか、違和感の原因。この島に向かう途中、遠くに同じ方角へ向かう船影を見たのだ。麦わらの一味の船だったとは。
「ぶえっ!何すんだ、ひでェな」ルフィが体中砂だらけにしながら言った。
「うるせェ!馴れ馴れしくしてんじゃねェぞこの海賊風情が!」言いざま巨大な十手を突きつける。
ルフィはひょいと後方によけると不満げにスモーカーを見上げた。
「なんだよ怖い顔すんなよ」
「元からこんな顔だ。これが今日じゃなきゃお前をとっ捕まえてやるところだ」
「ケムリン今日は忙しいのか?ん?それ……」
ルフィはひょいと回り込んでスモーカーが手にしている手配書を肩にくっつくようにしてのぞき込む。振り払おうと飛んできたスモーカーの裏拳をかわしてなおもまとわりつく。が、青筋を立てて本格的に十手を構えるのを見てさすがに距離をとった。
「おれ多分そいつ知ってるぞ」
「なんだと?」
「狩りしてたら獲物横取りしようとしたからぶっ飛ばした」
「本当か?…どうも当てにならねェな」
「ホントだって。まだ伸びてると思う」
「どこいにる?」
「言わねェ」
「……てめェ💢」
「おれがそこまで連れてってやるよ。だからさ」
「あ?」
「あれやってくれよ。ケムリのやつ。あれでおれ運んでくれ」
ルフィは開けっぴろげな笑顔で言った。スモーカーはそれを聞いてさらに青筋を際立たせる。
「ふざけるなバカ野郎!」
「いーじゃんか減るもんじゃねェし、ホラ、すぐそこだし」
スモーカーはイラつきながら天を仰ぐ。ルフィは両手を伸ばしホラホラとなおも催促してくる。
くそっ!とひとつ悪態をつく声の直後、乳白色の煙がルフィの身体を包みふわりと空中へ引き上げた。
「さっさと案内しろ!」
うほー!と歓声を上げてはしゃぐルフィにスモーカーは鋭く言い放つ。
全身を煙に変えている影響か、スモーカーの声は耳で聞くよりもルフィの肌を叩くように響く。その感触にケラケラと笑い煙の中で器用に身体を回転させながらあっちあっちとついでのように指をさす。
人を舐めくさった態度しやがってのこのガキが!と埒のあかない案内人にスモーカーのイライラが頂点に達し、思わず力を込めて締め上げる。
すると腕の中の海賊はあ、と小さく声を上げのけ反った咽を晒してまた楽しそうに身をよじり笑い続ける。落ち着きなくよく動く身体。年より幼く見える顔、細い手足にまるで女のように滑らかなゴムの肌……。
スモーカーにいわれようのない感情がよぎった。その時、体にぞわりとしたものが走る。
内臓を触られているような、肌の裏を擦られているような、形容しがたい感覚。
―――この野郎覇気使っておれの体撫でまわしてやがる!
スモーカーは空中で人型に戻ると着地と同時にルフィを弾き飛ばした。ルフィの体は勢いよく地面を転がり大きな木の根元にぶつかって止まった。
「だから投げ飛ばすのやめろよお前ェ」
「お前こそ気色悪いことすんじゃねェ!!!ここで叩き潰すぞ!」
薄暗い木陰ではわかりづらいが、スモーカーは色素の薄い肌を真っ赤にして怒っている。ルフィはそれを見てししし、と愉快そうに笑った。
「あんまうるさくすんな。あいつら起きちまう」
そう言ってルフィは藪の向こうを指さす。そこは少し開けた場所で、いかにもガラの悪そうな男たちが十数人倒れていた。
「こいつらか!おい、こんなに数が…!」
突然、ルフィがスモーカーの足をすくいざまラリアットをかましてくる。賊に気を取られていたスモーカーは背中から地面に落ちた。ルフィは十手をもぎ取りぽいと投げ捨てるとスモーカーの腹の上に馬乗りになった。
「へへへ。おれもケムリン転がしてやったぞ。仕返しだ」
「てめェおれに力比べで喧嘩売る気か」
スモーカーはルフィの肩と首を掴み身体を反転させると、難なくルフィを組み敷いた。
「つけあがるなよクソガキが」喉にかけた手に少し力を込める。
「……っ、わかった、わかったから。じゃあケムリンもおれに仕返ししていいぞ」
「は?」
ルフィは腕を伸ばしてスモーカーのはだけた胸に手のひらをぴたりとくっつけた。体温が高いのか、触れられている場所が熱い。
「ケムリンのナカ、ふわふわしてて触ったらすごく気持ちがいいんだ。おれゴムだけど触ってみたら気持ちいいかもしれねェぞ?」
「ば…バカかお前はっ!」
スモーカーは胸にあった腕をはたき勢いよくルフィの上から飛びのいた。
その様子にルフィは腹を抱えて大笑いする。
「あっひゃっひゃっひゃっ!ケムリンその顔!あっはっはあぅわああっと!」
笑い転げるルフィめがけて殺気のこもった十手が振り下ろされる。間一髪で避けたルフィはそのまま走り出す。
「あー面白かった!じゃあなケムリン!今度はゆっくり遊ぼうぜ!」
「今度なんぞあるかァ!!!次顔見たらぜったいとっ捕まえてやるからな!!!」
なおも笑いながら走り去るルフィを見ながらスモーカーは自分の腹をさする。
忌々しい海賊に触られた感触が、ずっと残ったまま身体の奥でくすぶっていた。