遺棄
離反から二、三年後のはなし「夏油さま」
幼い声に振り向くと、かわいい養い子たちがよく似た顔ではにかんでいた そのうちのひとり、美々子の手にはまんまるのクッキー缶 どうしたのかと問えばもうひとりの菜々子が元気よく答える
「タイムカプセル!」
ぱか、と蓋を開けたクッキー缶は彼女たちの宝箱のようだった キラキラシール、うさぎのヘアピン、香り付き消しゴム、ほんのり色付きのリップクリーム……お揃いにできるようふたつずつ、求められるがまま買い与えた嗜好品たちがやや乱雑に並べられている
「これをうめるの」
「おとなになったらあけるの!」
タイムカプセルだなんてどこで知ったのかと聞くと、少女たちは顔を見合わせナイショと笑う 大方ラルゥ辺りが吹き込んだのだろう 未だ人見知りの改善されないふたりだが、彼(いや彼女?)には不思議と懐いていたので
「何か夏油さまの物もちょうだい」
「いっしょにうめよ?」
「うーん……」
くすくすと楽しそうな双子の頭からは大事なことが抜け落ちているみたいだ クッキー缶に手を伸ばし、おもちゃの指輪を手に取る 宝石を模した飾りのついたそれは最近の彼女たちのお気に入りだった
「埋めてしまったら、明日からはこれで遊べないよ?」
にこりと笑いかけてやると、ふたりは揃って口を開けた やはり考えていなかったらしい、どうしようと宝物たちを見つめている
「タイムカプセルやーめた!」
しばらくの後、奈々子がそう言い放つと美々子が追従してこくこくと頷いた あまりに早い決断に少し笑ってしまう
「それがいいよ」
指輪を美々子の薬指に嵌めて返してやると、奈々子が私もやってと自らの指輪を差し出したので同じように嵌めてやった それだけのことで嬉しそうに声をあげるこどもたちを愛おしく思う
これでいい
見えない未来への期待も、切り捨てた過去への回顧も、今の自分には必要のないものだ……特に後者は
ある春の夜、夏油はカセットテープ片手に祈っていた 未来に願って、縋って、自らの写し身を作り出したのだ いつかこの手で地中から救い出すことを約束して、そして
夏油の目に映る世界は今日も変わらず醜悪だった
ひっそりと眠りについた少年を目覚めさせる日は永遠に来ないだろう 結果として夏油は彼を土の下へ置き去りにしてきたことになる
「あははっ」
今もなお、桜の木の下には青臭い理想を捨てきれずにいた男の屍体が埋まっている
殺して埋めて素知らぬ顔で踏みつけて 私は大人になった
……そういうことにしておこうじゃないか
「夏油さま、どうしたの」
「ううん、何でもないよ」
菜々子の柔らかな髪を撫でる 彼女の小さな薬指で澄んだ青が光っていた