選択

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閲覧注意、CP要素あり

以下注意書き

・キッドとキラー、ドレークが🥗ホーキンスに好意を寄せている前提で話が進みます。CP要素としてはキドホ🥗、キラホ🥗、少ないですがドレホ🥗です。ご注意ください。

・原作の周囲の関係やキラー戦を相当弄っていますのでご注意ください。

・勢いで書いております。誤字脱字、表現がよく分からない箇所があるかと思われます。

以上が大丈夫な方はお進み下さい↓↓




“北海の魔女 バジル・ホーキンス”。同盟相手として彼女を選んだのは、単に同じ“最悪の世代”と呼ばれる海賊でありかつ実力者だったからだ。懸賞金だって2年前はキッド、麦わらに続いて3番目に高かった。だからこそ選んだ。それだけの話である。

…正直まさか同盟を組むと言う話を持ちかけたら来るとは思わなかった。あまり声をかけたく無かったアプーと、キッドはやはり衝突した。そんな2人を見ながらホーキンスは盛大に溜息を吐いて席を立つ。

「下らない…。帰らせていただくわ」

割と気の短い所を見た。まぁ招いた人物を放っておいて小競り合いを始めたキッド側にも責はあるだろう。なんとかキラーが場を宥め、同盟を組むという話に持ち込む事が出来た。最初は気短で捉え所の無い女だと思っていた。だが実際交流してみると、意外な所が沢山ある女だった。

2年前、特に話題となった5人の1人として新聞を賑わせていた。当時のルーキーの女は2人だが、常に新聞を賑わせていた5人の中では唯一の女だった。その分注目も集まりやすかったようで、下世話な男達が彼女で抜けるか否か、という話題も耳にした事はある。長い金の髪はウェーブがかかりその髪をふわりと靡かせながら歩く姿はまさに絵画から出てきたと言っても可笑しくはない程綺麗だった。淑女の様な振る舞い方や、すらりと伸びた背丈、白い指でカードをめくるその姿は、とても現実の人間とは思えない程だった。しかも、確率ばかりを気にし、クールな性格な女と思いきや、意外にも中身は若干お転婆だという事を知り、キッドの心は強く乱れた。自身の海賊団の船員達の前では良く笑い、表情もころころ変わる。交流する内に、キッド達にも心を開いたのか、段々と素の表情を見せるようになった。ある時、キッドは背後から突然肩を叩かれた。何かと思い振り向くとつん、と頬を白い指先で突かれた。

「ふふっ、ひっかかったー」

そう言って楽しそうに彼女は長い金の髪を揺らしながら逃げて行く。キッドの中では揶揄われた怒りとか、恥ずかしさとかが一気にがぁっと込み上げて来て、「待てやごらぁ!!!」と大声を上げつつも照れて顔を赤くしながら追いかける。そして捕まえて逆にお返しと言わんばかりに彼女の両頬をつねるのだ。8歳も年上の女性に揶揄われて、キッドの内心も穏やかではいられない。

「てめぇ……!!」

「うぅ〜…」

「おいキッド…あまり女性にそういう事はするな」

「うるせぇ!!」

キラーもまた、キッドと交流する彼女のころころと変わる姿を見て、段々と惹かれていった。過去、キラーは彼と同じ少女を好きになった。その少女とは容姿も性格も違う。なのに何故、こんなにも惹かれるのだろう。キラーより4歳上の無邪気な女。しかも男を垂らしこむ為の計算でやっているのではなく素の姿なのだ。よく彼女の船員達はこんな彼女に邪な目を向けないでいられるな、と感心してしまう。逆に彼女に対して過保護過ぎる程だ。「てめぇウチの船長に変な気を起こすんじゃねェぞ…?」と彼等に言われたのも一度や二度では無い。“魔女”と恐ろしいとすら感じる異名からは想像が付かないほど、無邪気でお転婆で、魅力的な女性だった。キッドもキラーも、彼女と関わる穏やかな時間が好きだった。だがそんな時間は唐突に終わりを告げる。

空から怪物…カイドウが降って来た。アプーは最初からカイドウの手下で、この3船同盟の事をあらかじめ伝えていたのだ。キッドとキラーは傘下になれ、というカイドウに抗い続けた。動けなくなるまで。……ホーキンスは、怪物の傘下になる事を選んだ。何故どうして、と思いながら2人の意識は闇に沈んだ。その時のホーキンスの表情を、キッドとキラーは知らないのである。


ワノ国では散々な目にあったものの、キッド海賊団は麦わらの一味、ハートの海賊団と共に鬼ヶ島に乗り込んだ。大混乱の鬼ヶ島で、彼女は2人の前に立ち塞がった。あの頃の無邪気な姿からは想像がつかないほど、感情が読み取れない表情と光の無い冷徹な目で。

「ホーキンス…裏切り者がぁ!!てめぇ!!よくも俺らの前に姿を見せたなァ!?」

キッド自身、彼女が同盟を裏切った事は許せないとは思ってる。だが、それ以上に会いたく無かったという思いの方が強い。それはキラーも同様である。

「…アプーに裏切られたのは私も同じよ。カイドウさんに楯突いて、貴方達よく今まで生きていられたわね」

苛ついて、キッドの口から沢山の罵詈雑言が紡がれる。だがそれは意味の籠っていない言葉だ。頼むから喋るな、何も言わないでくれ、目の前から消えてくれ、これ以上嫌いになりたく無い…ずっと好きな女でいてくれ!!キッドの言葉の裏には、そのような意味が込められていた。

「……キッド、お前は先に行け。こいつは俺が…始末する」

キラーに促され、キッドは目の端にホーキンスの姿を捉えると、ビッグマムの所に向かった。嗚呼何故、何故こうなった。アプーが憎い。憎くて憎くて堪らない。こんな原因を作ったアイツが…殺してやりたい!!だがそれよりも優先すべきはビッグマムを討ち取る事。ビッグマムを倒した後、アプーを探し出して絶対に殺してやる。そう思いながらキッドは走った。

「……助かるわ。2対1じゃ、流石に勝てないもの」

「1対1なら、勝てると思ってンのか?」

「…1人なら、2人相手にするより勝算は上がるわよ。貴方の生存率は8%…。哀れね“人斬り鎌ぞう”。貴方達も、ローも、麦わらも…どんなに抗っても、怪物には勝てない」

冷たい声でホーキンスが言う。こんなに冷たい声で淡々と喋るような女では無かった筈だ。キラーの脳裏に焼き付いている、ころころと変わる表情がはきはきとした優しい声が、離れてくれない。嫌いになりきれたらどれほど楽だっただろうか。

ホーキンスが身体に藁を纏う。普段よりも何倍の背丈もある姿…綺麗な顔からは想像も出来ない程の呪いの権化となったような“降魔の相”に姿を変えた。

「…幸運を祈るわ。キラー」

自分の名を呼ばれ、どきりと心臓が跳ねる。どうして今自分の名を呼ぶんだ。これが戦いの場でなければどんなに良かったか。だがキラーとて、目の前の敵に背を向けるような人間では無い。

「……くたばれ。俺はテメェの幸運なんざ、一ミリも祈らねぇ」

“くたばれ”など、内心一ミリも思っていない。どちらかと言えば、その感情は元凶であるアプーに向いている。キラーもまた、なんの感情も籠もっていない言葉を吐いた。

大混乱の鬼ヶ島では何処もかしこで息つく間も無く戦いが繰り広げられている。キッドとホーキンスの戦いもその一つだ。

彼女とて最悪の世代に数えられる人間だ。一筋縄では勝てない。斬っても斬ってもライフが彼女の身体から落ちて来る。どれだけ用意したのだろうか。屋上で怪物2人と戦った後もあってか、流石に疲弊が出てくる。一方のホーキンスは淡々としているが、何処かおかしいと感じる。外野から見れば、明らかにホーキンスの方が優勢だろう。既に野次馬と化していた百獣海賊団の者達がホーキンスに対して称賛を送っていた。…その中に彼女の海賊団の船員は誰1人いなかった。

「うおー!流石ホーキンスさん!!」

「やっちまえー!!真打ちー!!」

「手ェ貸すぜぇ!!」

外野の声がうるさくて堪らない。一向に無くならないライフも相まって、流石のキラーも苛ついていた。

「…………五月蝿い」

何処からか声がした。盛り上がる彼等には全く聞こえていないようで、その声を聞いたのはキラーだけだった。その声の主がわかったのも、この場ではキラーだけだ。ホーキンスが突然、降魔の相から普段の姿に戻る。

「五月蝿い!!!」

ホーキンスが大声で怒鳴った。突然怒鳴られ、周りにいた部下達も静かになる。

「どいつもこいつも五月蝿い!!あんた達五月蝿いのよ!!邪魔なのよ!!消えてよ!!!私の前から!!!今すぐ消えて!!!」

周りの部下達を睨みつけ、金切り声で絶叫しながら言うホーキンスに、流石の彼等も驚いていた。というか、こんな大声が出るのかとキラーも驚いた。

「え、えぇ…?」

「で、ですが……」

「しつこい!!!殺すわよ!!??」

「ひぃ…!?」

「ら、ライフにするのだけは勘弁して下さい…!!」

弱音を吐いて、彼等はあっという間にその場から走って消えていった。百獣海賊団の下っ端共は誰も居なくなり、キラーとホーキンスの2人だけになった。慣れないような声を出したからか、ホーキンスは肩で大きく息をしていた。先程まで冷酷だったその表情は、何処か辛そうに見えた。

「…珍しいな。自分の部下に対して随分な対応じゃねぇか」

「……五月蝿いだけの人は嫌いなの。大体あいつらは私の船員じゃない」

「じゃあテメェの船員達は今何処に居るんだよ?」

ホーキンスはキラーを睨んだ。

「…何?随分余裕そうじゃない?目の前に居るのはあんた達を見限った敵よ?それとも何?私の事なんて、簡単に殺せると思ってるの?」

ホーキンスは悪役の様な残忍な笑みを浮かべた。童話に出てくる悪い魔女とはこんな顔をするだろう。だがその表情は何処かぎこちない。まるで無理して取り繕ったような表情だ。

「無理よ。あんたは私を殺せない。……ねぇ、あんたが私にして来た事、このダメージは誰に行ってると思う?」

「…は?」

どう言うことか。キラーの反応を見て、ホーキンスはにやりと笑った。その表情を見て、キラーは目を見開く。

「まさか……」

「あんたが私を攻撃するたびに、このダメージは全部キッドに行ってる…!言ったでしょ?貴方は私に勝てないって……!!」

こんな事を、ホーキンスが行うとは思ってもいなかった。キッドを盾にされた苛立ちと、離れてくれないホーキンスへの想いでごちゃごちゃになる。

「私の異名を忘れた訳じゃないでしょ!?こんな事、簡単にできちゃうんだから…!どうする!?…これを使い切ったらキッドはどうなっちゃうかしら……!?」

「お前……!!」

高らかに笑うその姿は、まさに魔女そのもの。無邪気に笑うあの姿は、もう何処にも無いのか。

「さぁ…興じましょうよ!!苦しゅうないぞ!!」

「…ファッファッファッ!!良い趣味してやがるなぁ!?“北海の魔女”!!」

キラーは彼女への想いを押し殺す。今目の前に居るのは相棒を盾にする卑き魔女だ。そう思う事にした。そうしないと、戦えなかった。運命とは何故こうも残酷なのだろうか。

ホーキンスは実に悪役らしい戦い方をした。こんなやり方、普段なら絶対にやらないはずだとだろう。なのに何故だ。自身にわざとダメージを与えて、キッドにあえて攻撃する。キラーの心を折砕く為だ、とキラー自身もわかっていた。今頃キッドは、ビッグマムに挑んでいる筈だ。こんな攻撃で、キッドが倒れる未来は我慢できない。そして頼むからもう、こんな振る舞いはやめて欲しかった。

一か八かの賭けに出る。キッドは左腕がない。キッドの左腕がない事をホーキンスが知っているか否かはわからない。だが欠損している部分のダメージは恐らく、変わる事はできないだろう、と。知らなきゃ女の腕は無くなる。知っていれば庇うだろう。

キラーはホーキンスの腕を躊躇いなく斬り落とした。斬り落とされた左腕を見て、彼女の目が大きく見開く。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!??」

痛みに悶える姿ははっきり言って見てられなかった。

「知らなかったのか…!?キッドには左腕がない……!!」

「……知ってるわよそんなこと!!」

「…は?」

ホーキンスは痛みに耐えながら左腕を押さえ、キラーを捉えていた。その双眼にはっきりと自分自身が映っているのが分かる。

「じゃあ何で…避けなかった!?相手が欠損してる場合のダメージは流せねぇんだろ!?知ってるなら避けれたハズだろう!?」

「五月蝿い!!!」

先程の悪い魔女の様な姿からうって変わって、何故だか知っているホーキンスの姿に戻っている様な気がした。

「キッドの左腕が無い事も…貴方がオロチにSMILEを食べる事を強要された事も…最初から知ってる!!腕が無くなったのは、単純に私があんたより実力が劣ってるから!!それだけ!!」

ボトリ、と腕から何かが落ちる。ストローマン人形だ。恐らくキッドの物だろう。

「…私の身代わりはそれで最後!!もう無いわよ!!」

そう言うと彼女の背後に不気味で巨大な藁人形が浮かび上がって来た。腕を抑えるその手はもう真っ赤な血で染まっている。

「まだ戦うのか!?もういいだろう!?早く腕を縛れ!!血を止めろ!!死ぬぞ!?」

「何敵の心配してるの!?馬鹿なの!?私は、あんた達を…同盟に誘ってくれた貴方達を簡単に見捨てた女よ!!死ぬ運命なんて…もうとっくに受け入れてる!!」

「テメェは死にたくねェからカイドウに付く事にしたんだろ!?」

「さっきから五月蝿い!!戦いなさいよ!!」

ホーキンスはカードをめくった。カードをめくるその指は雪の様に白かった。今は自分自身の赤黒い血で染まっている。何故こうまでして戦うのだろう。もはやヤケにでもなっているんじゃないか。

「“死神”のカード…!さっさと倒れなさいよ!!」

奇妙な声を上げた死神が、大鎌を持ってキラーに襲い掛かる。

「“斬首爪”!!」

だが死神の首はキラーのパニッシャーの刃により簡単に落ちた。流石のホーキンスも後ずさる。

「…もう辞めろ!!これ以上は無駄だろ!?」

「“藁人形ズ”は…死なないから…。カードの意味に従って…復活するから…!!」

ホーキンスはキラーの言葉に耳を貸さない。またカードをめくった。しかし、そのカードを見て大きく目を見開く。

「“塔”………」

「何でお前はそんなになるまで戦うんだ…!本当は戦いたくねェんだろ!?」

キラーの言葉に、ホーキンスの身体が大きく跳ねた。あからさまに動揺している姿を見せた。

「……本当は貴方達の事裏切りたく無かったわよ」

ホーキンスは思わずそう呟いたが、キラーの耳に彼女の本心は届かなかった。何か言ったのはわかったものの、その内容は聞き取れなかったのである。

ホーキンスは顔を上げる。その目には怒りと悲しみでごちゃごちゃになったような、複雑な色が混ざっている様に見えた。薄らと涙も浮かんでいる。

「でも…あんな怪物に勝てる訳ないじゃない!!実際貴方達、カイドウに挑んで負けたでしょ!?じゃああの場で従わなかったら、私の船員達はどうなるのよ!!キッドの船員達みたいに、オロチの奴隷にされてたかもしれない!!貴方みたいに、無理矢理SMILEを食べさせられてたかもしれない!!ファウストなんて、ミンク族ってだけで有無を言わさず殺されてかも知れない!!だから私はあいつの下に付く事を選んだ!!それは正しい選択だって…思うしかないじゃない!!」

今にも泣きそうな顔だった。胸が痛い。あの日、あの時、カイドウが空から落ちて来なければ…アプーを誘わなければ…こんな未来にはなっていなかったかも知れない。

しかし、いくら“たられば”を考えた所でこの現実は変わらない。自分はこの海を統べる四皇の一角に挑む者。方やホーキンスはどんな理由があれ四皇に屈した者。ならば戦うしか無い。それしか道は無いのだ。

「お前は悔いているんだろ?あの日の選択を。だが……幾ら悔いた所で何も、変わらねェんだよ!!」

キラーは覚悟を決めた。ホーキンスが反応出来ない速度で彼女に接近する。最後に、彼女と目が合った気がした。そのまま飛び上がり彼女の真正面から縦に斬り込んだ。

「……“刃音撃”!!」

ホーキンスの身体から、鮮血が噴き出る。血が舞うのは、さながら花弁が舞うかの様に錯覚した。キラーは硬い仮面の奥で、唇を強く噛んでいた。

ホーキンスが身体から舞う血を見ながらにっこりと微笑んだのを、キラーは見逃さなかった。

「……ありがとう」

今度の言葉はキラーの耳にもはっきりと聞こえた。キラーが彼女の方に目を向けると、彼女の身体は地面に倒れ、既に身体から流れ出る血の海に沈んでいた。自分で一撃を入れたのに、全ての覚悟を持ってやったのに、何故彼女は、礼を言ったのか。キラーは気付けば血の海から彼女の身体を掬い上げていた。

「おい!ホーキンス!!おい!!!」

声を掛けても彼女は反応しなかった。斬り落とした腕から、縦に刻まれた傷から、血が止めどなく溢れている。綺麗な金の髪だって、所々赤く染まっていた。自分でやっておいて、何故こんなにも悔いているのか。辛い、辛い、苦しい。嫌だ。辞めろ。何処にも行くな。死ぬな……。そんな言葉が出かかっては出せずにいた。こんなに苦しいのに、仮面の下は笑顔なのだ。自分が今、どんな顔を…どんな醜い顔をしているのか分からない。

こつん、と小さな音がした。音と同時に仮面が僅かにずれた。

「ふふっ……ひっかかったぁ……」

彼女が散々キッドにやっていた事を、キラーは初めてやられた。ホーキンスの顔は、久しぶりに見る腫れ物の取れた穏やかで優しい表情だった。

「……裏切って…ごめんなさい。…キッドにも、伝えてくれる……?」

「おい…もう…!!」

ホーキンスの目から何か光る物が流れる。そして、キラーの仮面越しに頬を突いていた手が力無く地面に落ちた。

「ホーキンス……?!」

何度も声をかけるが、彼女がまた目を開ける事は無かった。その口からまた言葉が紡がれる事は無かった。

キラーはこれまで、誰かに手をかけて悔いた事などない。しかし今は、今だけは…あの時の行動を、酷く悔いていた。彼女の身体を何も言わずに抱き寄せる。

“好きだよ”という一言を、キラーは伝える事が出来なかった。


ビッグマムをキッドとローが倒した。そして暫く時間が経ち、カイドウを麦わらのルフィが倒した。打ち入った海賊と侍達とミンク族が、勝利した。鬼ヶ島内は彼等の勝利の喜びの声で満ちていた。そして、光月モモの助がカイドウ、オロチに代わり新たにワノ国を統治すると国民に宣言した。20年にも渡る支配から解放された国民達も、喜びで満ちていた。そんな中、重い身体を引きずって、キッドはホーキンスを探していた。行く途中にローから何処へ行く?と尋ねられたが無視した。

「……キッド」

聞き慣れた相棒の声がして横を向くと、キッドの目が大きく見開かれた。相棒の、キラーの腕の中に、血だらけで物言わなくなっている彼女の姿があったからだ。

「……おい!?ホーキンス!!おい!!」

キッドもキラー同様に声をかけるが、彼女の反応は無かった。

「俺が…やった……」

キッドは彼女の頬に触れてみる。その温度にまた目を大きく開いた。

「…お前はこいつと戦った結果だろ?こいつだって…覚悟の上だったはずだ」

「そうだな…そうなんだ…でもな…キッド…俺は…何で、こんなことしちまったんだって……思っちまってる………」

言葉を詰まらせながら言う相棒にかける言葉が見つからなかった。顔は笑っているのだろう。だが心は酷く泣いている筈だ。

「……綺麗な顔だよな」

改めてホーキンスの顔を見る。元々は均等の取れた彫刻のような綺麗な顔立ちなのだ。こんな綺麗な顔が、想像も付かないくらいころころと変わるのだ。もう変わる事も無いかも知れないがようやく、彼女の顔を見れた。最後に見たのがあの冷たい女王のような表情じゃなくて良かった。

足音がしてその方向に顔を向ける。そこに立っていたのは、逆立った髪が特徴的で、胸に大きな“X”の刺青が入った大柄な男だった。だが、彼もぼろぼろな姿であり、喉元からも血が出ていた。こんな身体を引きずって、ここまで来たのだ。

「……胸騒ぎがしてみたら…」

「X・ドレーク……何故テメェが…!?」

「“ある人物が明日まで生きている確率は1%”。こいつは、俺にそう言った。それはずっと俺の事だと思っていた。だが途中で…違うんじゃ無いかって、思ったんだ」

ドレークは想起する。あの時、彼女が占っていたのは…自分自身だったのだ。自分自身こそ、明日までに生きている確率が1%であったのだと。早く気付いていれば、何か出来たかも知れない。彼女とはワノ国で共に行動する事が多かった。笑わなかった。彼女は淡々と言われるがままに仕事をこなしていた。でも、時々見せる笑顔が素敵だと思った。ジェルマ66のステルスブラックを見つけた時、彼女は大興奮していた。きっと本当はもっと沢山笑う人だったのだろう。この理不尽な現実が、怪物達が彼女を笑わなくさせていたのだと思った。

「…傘下に下ってもホーキンスは、お前達の事を一度も蔑んだりする事はなかった。多分ずっと…お前達の事を気にしていたと思う…」

彼女がキッド達の行方を気にしているような素振りを多々見てきた。きっと彼女なりの罪滅ぼしの形だったのだろう。その結果が、今物言わなくなった姿の筈だ。

「……俺が言うのも変な話だとは思う。だが…ホーキンスの事を……あまり……」

「五月蝿え…。てめぇなんかに言われなくても俺の気持ちは変わんねェ……」

キッドは右手で、彼女の頬を撫でた。

「こいつの事が、俺はずっと好きだからよ…」

「……そうか」

この4人が居る空間だけは、外の賑やかな声は聞こえなかった。だが、そんな空気をぶち壊す人間が現れた。

「アッパッパ〜!!おいお前らぁ!!なぁに辛気臭ェ面してんだよ!!」

海鳴りアプー。キッド、ホーキンス、アプーの海賊団の情報をカイドウ側に売った…全ての元凶。キッドとキラーが今、一番憎くて憎くて堪らない相手だった。感情が一気に沸騰して、爆発した。そんなアプーは何も知らない様子で茶化しに来たんだろうが、キラーの腕の中で眠るホーキンスの姿を見て、目を見開いた。だが、時既に遅かった。

「アプーテメェェェェェェ!!!!!」

キッドが凄まじい形相でアプーとの距離を詰める。既に腕には大量の金属を纏っていた。そのまま彼の顔面を、勢いよく殴りつける。

「げぇ…!!」

「テメェの……テメェのせいで!!テメェのせいで…!!全部テメェのせいだ!!!ふざっけんじゃねぇ!!!」

まだ傷も癒えないアプーに対して、キッドは渾身の一撃を浴びせまくる。殺す、殺す、殺す、こいつを絶対ぶっ殺す!!殺意だけが今、キッドの頭を占めていた。

「…ドレーク、ホーキンスを頼めないか?俺も……あいつをズタズタに斬り刻まないと…気が済まねェ……!!」

キラーもまた、アプーに対して激しい殺意を抱いていた。

「…アプーが気に入らねぇのは俺も一緒だ。だがそんな事して何になる…難しいとは思うが、冷静になれ。…ホーキンスの為にも」

「……クソ…!」

キラーはまた仮面の下で唇を強く噛んだ。

「てめ゛ぇ!!いい加減にしろや!!!」

アプーが怒鳴った。その声に思わずキッドも攻撃の手を止める。

「確かにオラっちは情報を渡した!!だがカイドウの傘下になる事を選んだのはホーキンス自身だ!!どんな形であろうとな!!」

そう、この道を選択したのはホーキンス自身なのだ。原因は何であれ、今を選んだのは彼女。アプーの言っている事は正しい。

「テメェら全員そいつに惚れてたのは知ってんだよ!つーか、そんなに好きだったら、どんな手使ってでもどっかに閉じ込めるか何なりすりゃあ良かっただろうが!!オラっちがやったのは情報を渡すまで!!その後は全部テメェらがやっただろ!!コイツを見捨てたのはお前ら3人全員だ!!こいつを信じきれなかったのは誰だ!?裏切り者っつったのは誰だ!?トドメを刺したのは誰だ!!全部お前ら3人だろうが!!!」

そうだ。彼女を信じきれなかったのは3人全員が共通している点だ。色々な因果が重なって複雑に絡み合って…結局こんな結果になったのだ。アプーは確かに原因の一つ。しかし筋違いとも言える。彼等彼女らの選択した全ての結果が、この未来なのだから。

キッドの腕から、くっついていた金属片が落ちていく。どうしてこう、上手く生きれないのだろうか。やり場のないこの怒りを何処にぶつければいいのか。

長い支配から解放され、喜びに満ち溢れるワノ国で、この場だけが冷たく凍り付いていた時の止まった空間になっていた。

「おい、ここは葬儀場か?勝手に怪我人殺してんじゃねェぞ」

突然の声に耳を疑った。4人は一斉に声の方を見る。

「トラファルガー…!?」

「…ユースタス屋の様子が変だと思って追ってみりゃあ、案の定コレか。…おい、そいつまだ生きてるぞ?どうする?」

どうする?と言われ皆が凍りついた。キラーは思わず心臓の辺りに手を当ててみた。…微かだが確かに心臓は動いていた。

「…テメェらの話はおおよそ把握した。ほっときゃそいつはあと数時間もしないうちに確実に死ぬ。だが今ならギリギリ間に合う可能性が高い。…正直賭けだがな。おい、どうする。生かすか、殺すか…」

ローは医者だ。本来なら、患者の思いを最優先させる立場。しかしローも、大切な人と二度と会えない経験をした身。そんな彼からしたら、関係は複雑であってもこの3人が好意を寄せる女性を簡単に見殺しにするのは気分が乗らなかったのだ。

「…今ならまだ…間に合うか?」

最初に口を開いたのはキッドだった。

「さっきも言ったが…賭けだ。そいつが耐えられるだけの体力が残ってれば助かる。無けりゃ死ぬ」

「…賭けかよ。だが……可能性は0じゃねぇんだよな?」

キッドはようやくアプーから離れる。すると、キラーの元に行った。そのままもはや殆ど死にかけている彼女をキラーから預かる。まだ生きているのなら…せめて、悔いのない選択をしたかった。

「頼んでいいか?…トラファルガー」

ローは躊躇いなく頷いた。ありがとう、と呟きキッドは大切な人を“死の外科医”と呼ばれるトラファルガー・ローに託した。


鬼ヶ島の決戦から2日程たった。麦わらの一味を始め、あの日討ち入りに参加した侍や海賊達は療養する事になった。ドレークは最終的には百獣海賊団と対峙した事で温情、という形で治療を受けている。一方のホーキンスは最後まで百獣海賊団の側の人間だった。見つかったら殺さねかねない。皆で事情を話した所、光月モモの助が計らってくれ、城内の人気の無い小さな部屋、と言っても療養するには十分なスペースが確保されている部屋に彼女が運び込まれた。部屋の付近や中に通すのも、事情を知る僅かな腹心だけで、人払いもしてくれるとの事だった。そして治療には、麦わらの一味のチョッパーも加わってくれた。

「なぁ…ホーキンスはどうだ?」

「トラ男の応急処置のお陰でなんとか一命は取り留めたけど…大分危険な状態だ。傷も深いし、血も流れ過ぎてる。急変する可能性は十分高い」

チョッパー自身もまだ傷は癒えておらず、しかも麦わらのルフィや海賊狩りのゾロは未だ眠り続けているらしい。そんな状況であっても、どんな理由であれ怪我人を放って置けないと治療に加わってくれたのだ。そんな彼に無理な要望は頼めない。開いた障子戸からは、未だ微動だにしないホーキンスが横になっているのが見えた。

「でも俺は医者だ!ギザ男達の大事な人なんだろ?絶対助ける!!」

チョッパーはそう高らかに宣言してくれた。ギザ男は余計だが、彼の思いには感謝しかない。

「…ありがとうな。たぬき」

「たぬきじゃねぇよ!!」

「おーい!」

突然、カイドウの息子でありこの討ち入りにも将軍側として参加したヤマトがやって来た。ヤマトもまた、ホーキンスが治療を受けている事を知っている1人である。

「ねぇ…城の辺りで怪しい人達がコソコソしてるから声をかけたんだけど…彼ら、彼女の海賊団の船員達って本当?」

ヤマトがそう言うと、その背後には黒ローブを纏う者達や、猫や後ろで三つ編みにした男達…ホーキンス海賊団の船員達がいた。

「おめえら……!!」

「ホーキンス船長の、命が危ないって本当かよ!?」

「お前ら今まで何処に居たんだ!?」

「ホーキンス船長に言われたんだ…金色神楽の日までに絶対全員ワノ国から出ろって!!しかも命令って形で…。あの人、今までそんな事言わなかったから、絶対死ぬ気だって思った。だから俺達はずっと、この国で留まってた。そしたら船長のビブルカードが一気に燃えて……今も燃え続けてる。なぁ!?何があったんだ!!俺らが聞く義理もねェのはわかってる!!でも教えてくれ!!」

彼女の腹心でもある頭髪の一部を伸ばして三つ編みにした男が叫んだ。皆目の下にくまが出来ている。余程眠れない夜を過ごしたのだろう。彼等の中にはミンク族もいた。確かに彼女の選択次第では殺されていたかも知れない。彼女の選択は、結果として船員の命を救っていたんだと改めて思い知らされた。

「ホーキンスに…致命傷を与えたのは俺だ…。左腕を落とした…体も刻んだ…恨みたきゃ、恨んでくれ…」

「キラー…お前…何でだよぉ!!」

彼はキラーに縋り付く。そのまま拳で何度も叩いた。

「お前も…キッドも…!ホーキンス船長の事好きだったんだろ!?なのに何でだよ!!あんなに船長と仲良かったのに…なんで!!なんで…!!なんでぇ…!!!」

叩き過ぎて流石にチョッパーも止めようとする。だがキラーは何も言わずにその攻撃を受け止めていた。

「船長…笑わなくなっちまったんだ…!あんなに笑う人だったのに!ずっと後悔してたんだよ!お前らを裏切る形になったの!!自分がどんなに罵られようとも、お前らの無事を願ってた!!そんな人をなんで!!返してくれよ!!俺達の大事な人…返してくれ!!」

「船長があの時カイドウの部下にならなかったら、俺は死んでた!!今があるのは船長のおかげなんだ!!」

「船長にもしもの事があってみろ!!お前らのこと、死んでも許さねぇ!!!」

ホーキンスを心から慕う彼らが泣きながら訴えていた。キッドもキラーも何も言えなかった。傍でこのやりとりを見ているチョッパーも何も言えずただ見ているだけだった。

「…今こんな事をしてても、彼女は目覚めないよ」

すると突然、ヤマトが口を開いた。

「僕は彼女の事はあまり知らないから口を出す権利はないと思う。でも、彼女を生かす為に、最善を尽くしてくれた人達がいる。あとは彼女自身だよ。…だからさ、みんなで彼女を信じようよ。きっとその方がいい筈だよ」

ヤマトはそう言って笑った。そうだ、今言い合った所で何も無いんだ。だから今は、ホーキンスが無事に目を覚ます事だけを考えよう。確執を埋めるのはその後だ。

「…悪かった、キラー…」

「…俺の方こそ…」

「ちなみに今僕はルフィが無事に目覚めるように願掛けしてるんだけど……って、誰も聞いてない…」

そのままホーキンス海賊団の船員達も匿われる事になった。


一週間程経過すると、ルフィとゾロは目を覚ました。だがホーキンスは目覚めない。チョッパー曰く、峠は越えたそうだが、目覚めるかどうかはやはりわからないらしい。

港では、麦わらの一味、ハートの海賊団、キッド海賊団の修理が終わった。

「うっし!コレで終了だぁ〜!」

ウソップが高らかに宣言した。

「やっぱメカかっこいいなぁ!!」

「おー!!」

3船の男達はそんな風にはしゃいでいたが、キッドとキラーの様子を見ると場が一気に凍った。特にキラーなんて、割と男のロマンという奴に反応するタイプだが、今は反応してなかった。

「ねぇ…暗く無い?」

「しょうがねぇだろ…察してくれ!」

「頭もキラーさんもわかりやすかったしなぁ…色々あったとは言え好きな女を手にかけた、となると…」

「それなに?」

「ベポお前黙ってろ」

と、ひそひそと話していた。キッドは舌打ちしながらその様子を眺めていた。

「なぁ…キラー」

「どうした?」

「また…同じ女を好きになっちまったな…」

「……そうだな」

心境はキラーの方が複雑だろう。彼の与えた傷が、結果致命傷に繋がったのだから。あの日以降、キッドもキラーも、ドレークも休みなく彼女の顔を覗きに来ていた。だが目覚める気配はなかった。ホーキンスの船員達は、ヤマトが言っていた願掛けを行っており、今も続けているらしい。

「頭ぁ〜!!今日麦わらが目ェ覚ましたから、祭りが開かれるらしいですよ!!参加しましょうや!!」

「興味ねぇ…パス」

「気晴らしに!そんな胡散臭い顔で惚れた女に会いに行くのもどうかと思いますよ!!」

「うるっせぇなテメェら!!」

そう言われ、キッド達は無理矢理祭りに参加する羽目になってしまった。いつまでも、彼等の心には彼女の事が引っ掛かっていた。


ワノ国が長年の支配から解放され、盛大な祭りが開かれた。そんな中心で大騒ぎしているのは、今回の立役者である麦わらのルフィだった。

「おいギザ男ー!お前全然食ってねぇだろ!!なんか食え!!」

両手いっぱいに食べ物を抱えるルフィ。普段なら大食漢のキッドだが、今はそんな気も起きなかった。しかも、自身の懸賞金が30億ベリーに跳ね上がった事もアプーから伝えられた。普段なら大喜びする所。確かに上がったのは嬉しいが…はしゃぐ気にはなれなかった。それはキラーも同じであった。

「お前元気ねぇな」

「テメェがタフなんだよバカ猿!!」

「おーーい!!ギザ男ーー!!!」

チョッパーがキッドのあだ名を呼びながら走って来た。キラーも共にいた。

「チョッパー!仮面のヤツも、どーしたんだ?そんなに慌てて」

「すぐに城に来てくれ!!ホーキンスが…ホーキンスが……!!」

チョッパーの言葉を聞いて、キッドの目は大きく見開かれた。

祭囃子も人々の笑顔も、笑い声も全て無視して、キッドとキラーは城に急いだ。後方にいるチョッパーは置き去りにして、ただ走った。急いで城に入り、ホーキンスの居る部屋に向かう。近づくにつれて、嗚咽が大きく聞こえて来た。

「おい待てキッド!キラー」

「まだ今は俺らに譲ってくれー!!」

そんな嘆願を無視し、時にしがみついてくる彼等を跳ね除け、キッドは彼女の居る部屋の障子戸を思いっきり開けた。その勢いで障子戸が外れた。

包帯はまだ取れていない。長く眠っていたにも関わらず、彼女はその身を起こしていた。ファウストが彼女の頬に擦り寄る、ミンク族のガルチューという挨拶を泣きながら行っていた。少しやつれた気もするが、その顔にはあの頃の、ころころと変わる表情が、誰もが魅力的だと思う笑顔が戻っていた。勢いよく戸が開いた、というより外れたので流石のホーキンスもその方向を見た。キッドとキラーの姿を捉えると、彼女は大きく目を開いた。

遅れて来たドレークを無視し、止めようとする彼女の船員達を払い除け、キッドとキラーは大切な人の身体を強く抱きしめた。

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