遣る瀬無き
「...この子に、術式を...?」
夜。暗い灯りが照らす部屋で女が呟く。対になるように座り、胡座をかいて頬杖を付いているのは1人の男。黒い長髪に右耳にぶら下げた青の飾り。着慣れた青の和装で身を包み、畳を睨み付けている。
「そうだ。...そうでもしなければ、その赤子の身体は持たん。」
「ですが...変えてしまう方が、返って毒になる。」
「だが、既に景親が馬鹿をした後だ。...この子の体の構造から変えねば、すぐに死ぬぞ。」
深刻な表情で話す男と女。女は眼を震わせて、抱いている赤子を見る。女より少し明るい髪色で、この家の誰も持たない青い眼を持つ赤子。名付けた名前も今は似合わぬ、哀れで不憫な自身の娘。強靭な体を持たず、発熱している子供を、細くなった女の腕が強くか細く、抱き締める。
女は分かっているのだ。既に変えられてしまったこの赤子の運命を引き延ばすには、どうしようもないこの家の相伝を使う他ないのだと。例えそれの代償を支払うのが目の前の男でも、自分の子供が変えられてしまう様は見たくはない。信じたくはない。
何故、と嘆く女の言葉を男は聞き漏らさず、低い声色で返した。
「見定められたからだ。魂の性質が似通った、と。もう、俺たちにはどうにも出来ん。」
「...何を以て、その様な。」
「...分からん。だが...変えられるのは、この子だけだろう。」
男が静かに手を伸ばし、頬を赤くしながら眠る赤子の頭を撫ぜる。優しく撫ぜられた手に気付いたのか赤子が眼を開き、男を見る。それを見て、静かに微笑んだ。
「...名前は、何とつける予定だった?」
静かに問うた。女は答えず、腕の中にいる子供の未来を案じて涙を流した。
「...言いません。もう、この子の名前は違うのですから。」
その答えにそうか、と男が呟いた。何も知らぬ赤子は眠いのか、半目で寝息を立て始める。その様子にまた女が涙を流し、男が額に触れた。
「...代償なぞ、寿命で事足りるだろうか。」
「ならば、私も...!」
「いいや、それは俺がさせない。...ただでさえ虚弱なお前に、そんな事させられる訳ないだろう?」
気遣う男の声が木霊して、再び静寂が訪れた。扉の隙間から漏れる声は啜り泣く音と寝息。何も知らぬ子供だけがすーすーと眠っている。
どうせ、どうしようもない話なのだ。
この男女に変えられるものでも無ければ、子供が変えられるかも確かでは無い。
唯一判る事とすれば、この結末は悲惨でも無ければ喜劇ですら無い。
それくらいしか、判る事は無いのだ。