遠き地からの子守唄

遠き地からの子守唄

おやつおいしい(14)


「あー、ダル重……」

自室のベッドに寝転がりながら少年はため息混じりにぼやいた。昨日の夕暮れ時、探検の帰りに近道だからとうっかり人気の無い道を選んでしまったのがよくなかったらしい。なにやら"よくないもの"をくっつけてきてしまったのは明白だった。

物心ついた時からこういう体質だったので慣れてはいるが、タイミングがよくない。明日はアカデミーへ初めて登校する日なのでできるだけ万全の体調でいたかったのに。

ごろりと寝返りをうったところで不意に身体が軽くなった。もしやと思い顔を上げる。

「おうふ」

「息災でしたか。小さき子」

そう言ったのは窓に腰掛ける一人の青年だった。髪から肌、服装に至るまで白く、一対の瞳だけが赤く存在感を放っている。淡く金色に光る輪を背負っているが、あれは少年を含めた一部の者にしか視えない代物である。

「カミサマ、おひさおひさー。とりあえずさ、その姿は目立つから元に戻ろっか」

「む」

余所の人間に見られたら不審者扱いで通報待ったなしだ。起き上がりながらやんわりと伝えると、青年は理解しているのかいないのか、素直に頷いて白い発光と共に小さな白いポケモンの姿になった。


アルセウス…シンオウ地方に伝わる神とも呼ばれるポケモン。その分身体。

本来はもっと大きな姿らしいのだが、今はホシガリスより一回り小さい程度の大きさしかない。本人曰くこのサイズが一番落ち着くらしい。

『これならよいでしょう』

「ありがと。やー、改めて久しぶりだね。またどっか行ってたの?この前はガラルに世界の危機見学に行ってたよね?」

『こんかいはシンオウちほうへ。またせかいのききがありましたので』

「世界の危機起こりすぎじゃない?えー、でもいいなあシンオウ地方。俺もアカデミー卒業したら絶対行くもんね」

『アカデミー?』

「うん。勉強したりバトル教わったりすんの。たぶんシンオウ…ヒスイのことも教えてもらえるんじゃないかな?」

『なるほど。では、ひとのこがマルマインのことのバトルではじまりのはまのちけいをかえたことも…?』

「何それ初耳なんだけど。すげえ盛られて伝わってそう」

当時を知る者の話と歴史として今の時代に伝わっている話とでは、どうしても齟齬や尾ひれが避けられないらしい。以前たまたまテレビで観たシンオウ特集で、盛りに盛られた『英雄の少女と三柱の神の降臨伝説』が紹介されていて腹を抱えて笑ったことは記憶に新しい。ちなみに目の前の当事者の証言によると『神たちが暇すぎて畑仕事を手伝いたいと言い出したのでその二柱を崇めている団体に許可を取りに行った』というのが真実らしい。事実は小説より奇なりとはまさにこのことだろう。


「まー面白そうな話習ったらカミサマにも教えてあげるよ。授業ずっと出れるほど体調よければだけど」

『あいかわらずですか。…めにはめを、ゴーストにはゴーストを。ポケモンをつかまえるきょかをえたら、ゴーストタイプのなかでしんらいできるものをみつけるとよいでしょう』

俺おばけ苦手なんだけどなあ、とぼやきつつ、少年はベッドの下へと手を伸ばす。

「ヒスイで思い出したんだけどさ。この前ぼんぐりコーヒーを作ってみたら意外とうまくできたんだ。よかったら飲んでってよ」

『ぼんぐりコーヒー…ですか』

「これも"フキナ"ちゃんが作ってたやつなんでしょ?なんか面白エピソードある?」

赤い瞳に懐かしげな感情が宿ったのを見逃さず、少年は促す。

遥か遠い地方の昔話。落ち着いた語り口で神が紡ぐ一人の少女の時に波瀾万丈で時に優しく穏やかな物語が、幼い頃より少年にとっての子守唄だった。


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