遠い日のユメ 2
《な…いつの間にこの距離まで…ぐああ!》
《隊長ー!…ちくしょう、隊長のか…》
《い、嫌だ!死にたくな…ぎゃー!》
相対してきた機動兵器達の断末魔が絶えず聞こえてくる。とはいえ通常部隊時代から散々聞いた声だ。こんなものはワタシにとって単なる環境音でしかない。
「…N.XIナルコレプシー、任務完了致しました。これより帰投します」
ワタシは愛機『ディストピア』のブースターを吹かし帰還していく。───グリフォンとのコンペ争いに負けた機体のパーツを組み込んでいるが、ワタシのような強化人間にとってはその無茶な負荷が寧ろ心地良いくらいだ。
《や、やったね、N.XI》
スピーカーから聞き慣れた声が聞こえてくる。レム…いやクライネレビンだ。
「…N.XIIIもお疲れ様。貴方が突撃して敵を引き付けてくれたお陰でスムーズな作戦遂行が出来たわ」
《そ、そんな…倒したのはユメちゃ…N.XIだし…》
「謙遜も過ぎれば傲慢よ。貴方はワタシと同じくらい優秀なんだから相手にどう思われるか分かったものじゃないわ」
《むー、そう言うけど…実際に結果を出してるのはユメちゃんの方じゃん、いよいよ階級に差が空いちゃったし…》
「N部隊まで上り詰めた時点で五十歩百歩の差しかないわよ。それにワタシの一つ上は万年N.Xのアルツハイマー殿…おそらく次の昇進先はX.IXになるわ。気にする方が負けよ」
《でもぉ…》
「……分かった分かった、ワタシの負けです。次の任務はワタシが補佐に回るわ、それでいい?」
《え、い、いいの!?わ、わーい!私頑張るよユメちゃん!!》
「………先にゴネたのは貴方の方じゃない、レム…」
N部隊はハイコープスの精鋭部隊だ。誰も彼もが一騎当千の力を持つが故に部隊間に統率というものは無い。
だからこそ、その中でもよく連携して作戦遂行に挑む「ナルコレプシー」と「クライネレビン」は部隊間でも異端であり、よく噂されていた。
…レムの悩みは痛いほど分かるものだった。かくいうワタシも「クライネレビンにおんぶに抱っこの無能」と何度詰られたことか…
けど、そいつらの誤認はすぐにもひっくり返される事となるだろう。
ワタシ達はハイコープス最高傑作の強化人間。すぐにでもN部隊上位ナンバーに上りつめ、馬鹿にしてきた連中を顎でこき使う立場になれる力があるのだから─────
──────
「ギャンブルとはどういうものか教えてくれるかしら」
「は?…拒否します」
「冷たいわね」
ワタシはテーブルの前の人物────『N.X アルツハイマー』にかねてより聞きたかった事について問いかけてみたが、あっさりと袖にされてしまった。
ならば手は一つ。
「なら改めて、ハイコープスN(ニューロン)部隊第3位、ナルコレプシーとして命令するわ。ワタシにギャンブルについて教えなさい」
「いやどんな命令だ…」
どうもこうも無い。知ってそうだからこうして聞いているのだ。
「また上層部に嫌がらせされても私は知りませんよ」
「仕方ないじゃない。こっちだって貴方がそこまで怠惰でなければ強引な手を使う必要も無かったのよ?恨むならその性根を恨むことね」
それに彼はハイコープスの傘下の一つにして鉄砲玉として重用されている『ティルマン・インドゥストゥリー』────かつてハイコープスと敵対した事のあった企業のCEOとしての側面が強い。同じN部隊でも彼を上司だと思っているメンバーは居ないだろうし、多少ぞんざいに扱ったところで上層部も何も言わないだろう。
「…そんな事なら言われずともやってるさ…」
「何か言った?」
「…いえ、ギャンブルとは賭博、賭け事を指す言葉で金銭や品物を賭けて勝負を行う行為で、一般的には社会悪と…」
「そんな用語辞典を調べれば出てくるような回答を望んでる訳じゃないわ、もっとこう…脳汁が出るとか、宇宙の絶対原則みたいな感じのを求めてるのよ。貴方怠け者だしそういうの詳しそうでしょう?」
「いやどんな偏見だ…とりあえず命令された事には答えたのでこれ以上付き合う義理はありません。私は帰って寝ます」
そう言ってN.Xは席を立とうとする。
「…これは1本取られたわね。次は貴方が逃げられないよう更なる策を講じる必要がありそうだわ」
「勘弁してくれ…」
その言葉を最後にそそくさと席を離れていってしまった。
ワタシがN部隊へ転属した時…もっと言えば通常部隊時代から彼の事は知ってはいるが、こうして上司となった今でもワタシ自身彼には手を焼いているのが実情だ。怠惰ではあると同時に強かで掴みどころが無い。
「品物を賭けて勝負を行う、ね…」
ふと言葉が漏れた。
見方を変えれば、ワタシも十分「ギャンブラー」なのでは無いか、と思い至ったのだ。自分の身体を賭け、強化手術という博打に勝ち続け、実戦にも勝ち続け、こうして今N.IIIにまで上り詰めるに至る。
だんだんあの傭兵が口走った事の意味が分かりかけてきた気がする。
「…だったら、レムは負けたと言うことになるのかしら。…どちらが片方しか成り上がれないと…そう決まっていたのかしら」
そう思わずにはいられなかったのだ。