違えた「甘味」1

違えた「甘味」1

非認可自警団「アビドスイーツ団」

【違えた「甘味」2】

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「砂漠の砂糖」がキヴォトスに蔓延して以来…アビドスには大勢の砂糖(塩)を求める生徒や市民達が押し寄せ、その結果アビドスは三大校にも負けず劣らずの規模を誇る勢力へと力をつけた。

しかし規模が大きくなり栄えると、治安の問題は顕著になるもの…それが「砂」による中毒者達の巣窟ともなれば、満たされている間は良いかもしれないがそれが切れた時は非常に悪化するというものである。

もちろんアビドスカルテルはそういった問題解決のために、ヒナを委員長とする「アビドス風紀委員会」を組織し度々起こる治安の悪化を沈静化させてはいる。しかし中には、自ら“秩序”側になることで恩恵を貰おうとする非認可の組織…いわゆる“自警団”を組織する者達もいた。


不良A「おいお前!今アメ隠したろ?全部出せっつったよな!?痛い目遭いてぇのか!?」

市民「ひっ!も、持ってません!今渡した分で手持ち全部です…!」

不良B「ほぉ?ならこのポケットにある膨らみはなんだよ?取り出せば分かる話だぜ?」

市民「そっ、それは…うぅっ…」

不良B「いいからさっさと出せっつってんだよオラッ!(バキュン)」

市民「ぎゃあっ!そ、そんな距離で撃たないで…!渡します、からぁ…!」

不良A「最初っから大人しく出してりゃ痛い目見ずに済んだんだよバーカ。……っし、まあそれなりの収穫か。早速帰ってキメるぜ…あん?」

不良グループが市民を恐喝や暴行することで“砂糖”の入った菓子類をカツアゲする光景は、そこまで珍しくもないものだ。現場に風紀委員が駆けつけることもあれば、駆けつけないこともある。…しかしこの不良グループが対峙したのは、風紀委員ではなかった。


??「ふむふむ、秩序が乱れる雰囲気を察して来てみたらよもやこのような場所があったなんて、ねぇ?」

???「あとで地図を更新する?人気が少ない場所は溜まり場になりやすいから良いスポットになるかも!」

???「そうしとこ…ていうか秩序が乱れる雰囲気って何よナツ!?ただ騒がしいから来ただけでしょ!」

ナツ「ああそうとも言うね。」


まるで漫才トリオみたいなやりとりをしながら現れたのは…

“小柄な金髪の気が強い少女”

“小柄な桃髪の独特な雰囲気を纏う少女”

“少し背の高い黒髪の大人しそうな少女”

そのふざけたような雰囲気に不良達と被害者の市民は「?」マークを浮かべながら硬直するが…そのうち一人の不良が、誰だかようやく思い出し口を開いた。


不良C「あぁっ!?お、お前らはまさか最近この辺を騒がせている…!」

不良B「お前知ってんの?」

不良C「ああ間違いない!アビドス非認可の自警団で、泣く子も甘味を譲るという…その名も“アビドスイーツ団”!」

不良A「アビドスイーツ団…?なにそれだっさ…」

ナツ「む、説明の手間が省けたのは良いが、この名前の崇高さを理解できないとは…君たちのセンスが窺い知れるというものだね。この名前は多数の意味を持っているのだよ。まず」

ヨシミ「あーもう!んなこと話してる場合じゃないでしょ!とっととぶちのめすわよ!」

アイリ「えへへへ…カツアゲっていうのは…こうやるものですっ!」


それは確かに、構図だけ見れば悪の集団を倒すために奮闘する正義の味方のような感じではあった。

自警団と呼ばれるだけあって、この“アビドスイーツ団”なる3人組は助けに来てくれたのだと被害者の市民は安堵し、次々と不良を倒していく“勇姿”を見守る。そして数分ほどで不良達は完膚なきまでに叩きのめされた。市民は不良を縛る3人に駆け寄ってお礼を言いに行くが…

市民「あ、ありがとうございました…!もし全部奪われたらもう明日には大変なことになっていたかもしれません!」

ヨシミ「んぇ?ああ気にしないで。こいつら風紀委員に差し出したら“報酬”貰えるからやってるだけ。」

アイリ「そうですそうです!それに、救助代としてこのお菓子のうち“8割ほど”いただきますので!」

市民「…えっ?」

自分を助けに来たのに、まるで追い剥ぎのような…いやそれよりタチの悪いゆすりのような言葉をかけられてしまい思考が追いつかなくなる被害者。聞き間違いかと思って尋ねてみるが…


市民「き、聞き間違いですよね!?私を助けてくれたのに何故…!」

ヨシミ「はぁ?私たちアビドスイーツ団が?たかが一市民を助けに?あっはははは!何寝ぼけたこと言ってんのよ!私たちがあんたを無償で助ける正義のヒーローとでも思った!?」

ナツ「ふぅ…この不良達も大概だったけれども、君は頭の中が砂糖畑みたいだ。私たちも大して変わらないが、そんな甘っちょろい考えは通用しないと思わなきゃいけないねぇ。良いかい?一度だけ大事なことを教えようじゃないか。私たちアビドスイーツ団は、確かに秩序を守っている。しかしそれはヨシミが言ったように問題児を上層部へ届けて報酬を貰うため、そして“助けた相手から救助代をいただくため”にやっているだけさ。分かったかな?分かったならば早く8割分の菓子をこっちへ寄越したまえ。」

市民「そ、そんなっ…!」

アイリ「ああ、厳しいなら特別に7割でも良いですよ?それなら良いですよね!ほら、早く出してください。それとも…」

「君はもしや、まだ痛い目に遭いたいと言う被虐主義者だったりするかな?」

そう言いながら、すっかりデザインがアビドスカラーとなった彼女の新しい武器「アビドス・ザ・ルミネーション」の銃口を向けるナツ。アイリは恐怖を感じる笑みを浮かべ「甘々アビドスシュガー」と名付けた銃の激鉄を起こし、ヨシミは舌打ちして睨みながら「シュガードライバー」なるARを向ける…

下手すれば今の不良なんかより何百倍も恐ろしい相手に捕まってしまった自分の不運を恨みながら、哀れな市民は言われた通り7割ほどの菓子をアビドスイーツ団へと差し出し3割を手に抱えながら路地の向こうへと消えていった。




ヨシミ「くぅ〜っ!さいっこう!こんな量のお菓子初めてじゃない!?」

アイリ「そうだね!それに砂糖自体もかなり貰(うば)えたからいつでもキメれるし、今日は素敵な日だね!」

ナツ「嗚呼、この高揚を言葉で表すのが難しい…砂漠の砂糖を超える甘味はこの世に無い。それがこんなに手元にあるだなんて、一時のユメのようだ。」

「良いからさっさと食べるわよ!もう欲しくて堪んない…!はぁはぁっ…!アハハハハッ!」
「エヘヘヘヘヘッ!」
「ニヒヒヒッ…!」

「「「いただきまーっす!」」」

そう言うと彼女らは、群れで獲物を食い漁る獣のように菓子へ飛びつき次々と口に入れていく。かつての面影はどこへやら…品も無く、理性も無く、ただひたすらに“砂糖”を体内に取り込んでいく。1人足りない3人の狂宴は、常人からすればあまりにも悍ましい光景であった…











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柚鳥ナツ、伊原木ヨシミ、栗村アイリは、トリニティの「放課後スイーツ部」として様々なスイーツの食べ歩きを楽しむ仲間だった。それ故砂漠の砂糖に魅せられてしまうのもそう遠い話ではなく、案の定砂糖の魔の手に絡め取られてしまった。当時幸運にも…いや不運にも3人と予定が合わず単独行動しがちになっていた杏山カズサただ1人を除いて。


ヨシミ「アイリ、カズサからの返信まだ来ないの?」

アイリ「うーん…モモトークで話しかけてみたけど、まだ既読つかないね…忙しいのかな?」

ナツ「まあいいさ、後々カズサに店を紹介してタイミングが合えばその時一緒にしようじゃないか。さあ、いざ欲望渦巻く甘味の楽園へ…!」

「ただ最近話題の新しいスイーツ屋開拓するだけでしょうが!」

「つれないねぇ…見たまえあの客の様子を。欲望に忠実、一刻も早く食べたいという心情が表に出ているじゃないか…!ほら、あそこの生徒なんてよだれが垂れていることに気づいてない。」

「おいコラ!失礼でしょ!何が欲望に忠実よ!どうせただオープンしたてでハマったとかそういうクチに決まってる!」

「あ、あははは…あんまり大声で騒いじゃダメだよヨシミちゃん…」


そんな日常的一幕。カズサを除くスイーツ部は、この日トリニティ生徒の間で話題の新しいスイーツ屋へと足を運んだ。ナツは普段から哲学的、誇張した表現を多用しがちなのでこの時はヨシミもアイリも気づかなかったが、実際並んでいる客の多くは「砂漠の砂糖」への依存効果により狂気を孕む“欲望に忠実”な姿を。ナツが指差した生徒は、実際に口からよだれを垂らしたまま上の空で列に並んでいた。

しかしその異常とも言える様子に不審感を抱けなかった3人は、店内へと通されてしまう。その入り口が地獄への入り口だとも気づかないまま…


店員「お待たせしました!こちら山盛り生クリームパフェでございます!」

「「「おおおおお〜…!」」」

「なに!?なにこのキラキラしたクリーム!ヤバくない!?」

「量もたくさんだし、中もぎっしり詰まってるよ!」

「これは…言うなれば生クリームのヒノム火山と言ったところか…圧巻の見た目だねぇ、にひひ。」

「じゃあ早速…いただきまーす!」

ヨシミ、ナツ、アイリは細長いスプーンを手に取り、高々と聳え立つ生クリームの山を掬うとそれを口の中に入れた。


──突如広がった脳が覚醒する感覚
甘い。甘すぎる。これは一体なんだ。
今まで食べた中でトップクラス…いやトップの味だ。
甘すぎるのに全くしつこくない。
むしろ幾らでも食べられる。


スプーンが進む
あっという間に上層部分を喰い尽くした
3本のスプーンがパフェグラスの中に突っ込まれる
感想を言う暇なんて無い
聴覚が置き去りにされた
味覚は人生最高の幸せを迎えている
視覚は残ったパフェしか見ていない
呼吸をする度に嗅覚が冴え渡る
美味しい
美味しい

美味しい

オイシイ




(バリーンッ!)

ヨシミ「はっ!?」

突如響き渡った割れる音。3人が我に帰り前を見る。そこにはグニャグニャに歪んだ長スプーンを持つ手と、粉々に砕けたパフェグラスの残骸という異様な光景が広がっていた。

店員「お、お客様!大丈夫ですか!?」

「え…あ…んっと…は、はい。すみません、壊しちゃって…」

店員「いえいえ、当店では割とよくある事なので。怪我がなくて良かったです」

「ご、ごめん。弁償代が必要なら用意するけど?」

店員「どうかお気になさらず!それほど当店のパフェを気に入ってくださったのですから、寧ろ嬉しいです!」

「んんぅ…申し訳ない…と、とりあえず支払いを…」



「ねえナツ、食べてる間のこと思い出せる?私なんか全然覚えてなくて。」

「そうだね…一口食べた時から先、砕け散る音が響くまでのことは、殆ど記憶にない…」

「ヨシミちゃんもナツちゃんもなんだ。実は私も…」

「…ただ一つだけ、ハッキリ覚えていることがある。恐らく2人も同じだと思うんだ。」

「そうね、私も確かに覚えてる。」

「じゃ、じゃあいっせーので言ってみよう!いっせーの…!」


──あのパフェ最高に美味しかった





翌日、彼女らは放課後再び同じ店を訪れていた。あの甘さの正体が知りたい…そう思いながら並び、また同じパフェを注文すると今度は平静をなるべく保ちながら食べていく。今度はスプーンが歪むことなく、グラスも割れないまま完食することに成功した。

「今度はちゃんと…っ、壊さずに食べれたね…はぁ、ふぅ…」

「そ、そうね…!でも、なんか、身体暑くない?」

「パフェを食べて火照るなど、奇妙な話だねぇ…でも確かに、今すごくあつい…あぁ、あぁぁぁぁもう我慢ならない!この熱を放出したい!ゆくぞアイリ!ヨシミ!あの川へ飛び込みこの熱を消し去ろう!その果てには最高の開放感が待っているはずだーっ!」

「それサイコーッ!」

「私も涼しくなりたーい!」

しかし強まっていく昂りによって高揚や興奮から来る熱を抑えることが出来ず、代金を払うや否や彼女らは近くの遊歩道へ走っていき、なんとスマートフォンと銃を土手に放り投げると木の柵を踏み越え3人で手を繋ぎながら川へ飛び込んだ。


「はぁ゛〜…こんなバカなことすんの、なんか青春っぽいかも…ははっ」

「うん…私服着たまま川に飛び込むなんて初めて…えへへっ」

「そう、これぞ私たちの青春…素晴らしきかな…にひ。」


普段から楽しそうにしている3人ではあったが、こんな思い切った行動をすることは無かった。銃と携帯をほっぽって服のまま川に飛び込み浮かび上がるスイーツ部の姿を通行人が稀有の眼差しで見てきても、ハイになった彼女らは気にも留めなかった…




それから彼女達は、カズサに連絡を入れることもせず同じ店に行くと同じパフェを注文し呆気なく完食するという日々を過ごし…5日目の食後、退店し帰路の途中ナツは突然口を開いた。

「ヨシミ、アイリ、ふと思ったんだが…あのスイーツは“何か違う”と思わないかね?」

「は?何よ急に…ただ最高のスイーツってだけでしょうが。格は違うと思うけど何か違うってどういうことよ?」

“舌触りからしても、製法からしても…今まで食べてきたものと変わりはないのに、飽きないのはおかしい”

「えっ?そうかな…?」

「今日私は厨房を見ることができる席になったから、待っている間何度か厨房を覗いた。生クリームを作っている従業員の手元を何度も見たけれど、製法は普通の生クリームとなんら変わらないようだった。」

「ど、どういうことよ…?だったらその人が天才的なパティシエかなんかじゃないの?ロイヤル2000の店主さんみたいなさ?」

「…その従業員は敏腕パティシエとは呼べない動きを何度も繰り返していた。チーフと思しき従業員がその生クリームを作っている従業員に、生クリームのみならず色んなスイーツを作る指示を下したところも見た。なのにあれほどの味を引き出せると言うのは…」

「っ!?ナ、ナツちゃんそれって…」

「ちょっとナツ、あんたさっきから何言ってんの!?それならただその生クリームを作るのに必要なクリームとか砂糖がいいヤツだってだけでしょ!それ言って私たちをどうしたいの!?行く気無くすようなこと言ってんじゃないわよっ!」

「うくっ…!?」

突然激昂したヨシミは、ナツの胸ぐらを掴み持ち上げた。突然の行動に驚いたアイリは急いでヨシミの手を離そうと近づき振り解く。

「ちょ、ちょっとヨシミちゃん!どうしたの急に!?ナツちゃんを離してっ!」

「…え、あ…ご、ごめん…どうしたんだろ私急にカッとなって…」

「けほっ、けほっ…!いいや、私こそ悪かった…変な邪推で動揺させてしまったかもしれない…今のは忘れてくれ…」


ナツはこの時、クリームの中に含まれている悪夢の正体に気づきかけていた。しかしすでに摂取したがため正常な判断が出来なくなり、「本当かどうか分からない疑い如きであのパフェを食べれなくなるのは嫌だ」という思いが勝った結果2人を説得できず、自分も抑えられずより悪夢の深みにハマっていく…3人とカズサの仲を引き裂く、見るに堪えない悪夢へと…



彼女達が異変に気づいたのは、最初にパフェを食べてから2週間後のことだった。しかしあまりにも遅すぎる。身体の中に溜まっていった“砂糖”は、もう彼女たちの身も心も支配して戻れぬところまで引き摺り込んでいて…

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