絶望と展望
“偉大なる航路”にエレジアという島がある。かつて音楽の都として栄えていたその島に一隻の船が漂着した。
乗っているのは2人の男女。モンキー・D・ルフィ元大佐とウタ元准将である。
あてもない、目的もない、ただ自分と相手の命を長引かせるための逃避行を続ける2人は海を島を超えてこの地に流れついたのだった。
「……ルフィ、私…来たことあるよ、この島。エレジアだ…」
「…それって昔シャンクスたちが滅ぼしたって言ってた島か?」
「うん。……前はあんなに賑やかだったのに…あんなに歓迎してくれた人たちを…どうして…」
「…シャンクス本人に聞かなきゃ分かんねェと思うぞ」
「…街の中を見てみよう」
「…分かった」
かつては栄華を誇っていたであろう文明の跡を歩く。
破壊されても人が消えても未だに荘厳さを残す音楽の都の残骸を見た2人の胸中は複雑だった。
廃墟と化した街の一角で、小さいが頑丈そうな宝箱を見つけた。
昔シャンクスがゴムゴムの実を入れていた宝箱によく似た物で、2人の目を引いたのだ。
鍵は付いておらず中には貝殻が一つ入っているだけだった。
しかし、2人にはよく見覚えのある貝殻だった。
「トーンダイアルだ」
「昔のエレジアの音楽が入ってるのか?」
「だといいな…聴いてみよう」
そして音声が再生される。
『〇〇年〇月〇日……後世に、伝わるよう、このメッセージを……残す……』
『昨日来た、赤髪海賊団の仕業なのかは、わからない……今も、奴らはあの怪物と交戦中だ……だが、赤髪の娘、ウタは……危険だ…』
『……彼女の声で魔王が、トットムジカが召喚された。エレジアは……壊滅した……』
現在わかっている被害状況を、彼女の歌声で何が現れて、この国がどのような状況になったのかが述べられていく。
『……ウタという少女は危険だ!彼女の歌声は世界を滅ぼす……!この記録が、誰かの手に渡り……、これ以上の犠牲を出さないための、措置を講ずることを……願う……』
「……トット…ムジカ…」
ウタにエレジアの悲劇の記憶が呼び起こされた。
髑髏を侍らせ龍の意匠の帽子を被るピエロのような顔と鍵盤の腕を持つ異形の怪物。
目から放たれる赤い光線が街を焼き、蹂躙の限りを尽くす阿鼻叫喚の地獄絵図。
エレジアを滅ぼしたのは、赤髪海賊団ではなく、魔王だった。
そして、その魔王を喚び出したのは…ウタだった。
シャンクスたちは娘を庇い、濡れ衣を被ったのだ。
自分の手が、ルフィと共に誓った“新時代のマーク”が、血で赤黒く染まって見えた。
「嫌…うそ……イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
かつて“世界の歌姫”とまで言われた少女の喉が張り裂けんばかりの絶叫がエレジアに響き渡った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
ウタは泣きながら、壊れたようにただ繰り返し謝っている。
エレジアの犠牲者たちと、罪を被ってもらっておいて今まで恨んでいたシャンクスたちに。
ルフィにはただウタを抱きしめ、頭を撫でて宥める事しか出来ない。
トーンダイアルの音声からある程度の事情は察せても具体的な事までは分からない。かける言葉を見つけられないままでいた。
ふとウタが静かになり、ルフィの手を解いて身を起こす。
泣き疲れたか…と思った矢先、普段の彼女の顔とは程遠い、暗く鬱屈した、全てに絶望したかのような顔を浮かべた幼馴染を見てルフィが戦慄した、
瞬間、
ウタは腰に差していたナイフを抜き、自分の胸に…心臓に突き立てるように刃を向けた。
「ごめんなさい」
ルフィはすぐ抑え込み、ナイフを取り上げて遠くに投げ捨てた。
「ウタ…やめてくれ…」
「………死にたい……」
「…おれは死んで欲しくねぇ。生きてくれ」
「……お願い…死なせて…国が滅ぶほど人を殺して…都合よく忘れて…庇ってくれたシャンクスたちを恨んで……ルフィも…英雄なんて呼ばれてたのに…私のせいで…もう私なんて…死んだ方が…」
ルフィはウタの両肩を掴み、怒鳴った。
「死ぬことは罪滅ぼしじゃねえぞ!!!」
後悔と自責の闇に飲み込まれている幼馴染に声が届くように強く声を張り上げた。
「もう何も見えねぇのかお前には!!!
失った物ばかり数えるな!!!
無いものは無い!!!
確認しろ!!!
お前にまだ残ってるものは何だ!!!」
しばらく間をおいて、か細い泣き声でウタが応えた。
「…………………………ルフィがいるよ」
“世界の歌姫”、“海軍本部准将”そんな肩書きからはとても想像出来ない弱々しい姿。
「シャンクス…会いたいよぉ…」
まるで迷子になって泣きながら親を探す9歳の子供の様だった。
「ベック…ルウ…ヤソップ…パンチ…モンスター…ライムジュース…ホンゴウ…スネイク…ガブ…みんなに…会いたい…」
「…そうか……そうだな。
じゃあシャンクスたちに会いに行こう。
謝るなら直接会って謝る方が良い。
シャンクスたちは生きてるんだ」
「…ゔん」
世界中が敵になり、過去の罪に苛まれ、自らの死を願うほどに憔悴してしまった幼馴染。
ルフィはウタをシャンクスに…彼女の父親に会わせる事を決意した。
会いに行くという目的が…生きる理由があれば生きようとしてくれると信じて。
エレジアから一隻の船が出航した。海軍から追われる身としてはいつまでも滞在するのはリスクが高い。…なにより流れ着いたときとは違って今の2人には目的がある。
「よし!シャンクスたちのいる“新世界”目指して!行くぞ!ウタ!」
「でもルフィ?“新世界”を目指すのって大変だよ?
シャボンティまで戻らないといけないし、船をコーティングしないといけないし、他にも請け負ってくれる人を探したりとか…依頼するお金とか…色々…
とにかく、私たちには足りてないものが多すぎるよ。今まで以上に過酷な旅になるよ?」
これから更に立ち塞がるであろう困難を並べ立てられても尚、ルフィはニカッと太陽のように笑って見せた。
まるで、やるべきことを見つけたと言わんばかりに。
「望むところだァー!!!」